EP8:検証
音声はないが、まるで爆発音が聞こえてきそうな光景。それを見て、寒太と太地は呆然とするだけだったが、麻衣はあまりの衝撃に口を押えて顔が引きつっていた。そして気分が悪くなったのか、事務所から店の方へと出て行ってしまった。知美に至っては、顔を背けて画面すら見ていない。
「……とりあえず、これが今日起こったこと。見ての通りさ」
真玄は出来るだけ冷静に、寒太たちに言った。
「……なるほど」
「これは目の前で見たらきついね」
寒太と太地はそういうと、事務所にあったパイプいすに座った。真玄も、事務所机の椅子に座る。
「リア充になると爆発する、という前提なら、あの強盗は何らかの形でリア充になったはずだ。まあ、見た通り、おそらくは金だろうがな」
「ひえぇ、大金を持つのも怖いじゃないか」
「あくまであいつが、大金に目がくらみやすい、安っぽい男だったというだけだ。もっとも、この世界での大金に、どんな意味があるのか知らんがな」
「寒太君、お金は大事だよ。無いと誰かと出会った時に、まともなデートもできないじゃないか」
「この世界で、と言っただろ。桜宮はここでもデートする気満々なのか」
「もちろん」
寒太と太地が言い争っていると、麻衣が事務所へ戻ってきた。まだ少し、気分が悪そうだ。
「十条、大丈夫か?」
「う、うん、なんとか」
寒太に「とりあえず座れ」と促され、麻衣は差し出されたパイプいすに座った。知美からも、「大丈夫ですか?」と声を掛けられたが、「うん、大丈夫」と返した。
「とりあえず、今わかることは、本当にリア充になると爆発するってことくらいだ。リア充になる、というのがどういうことなのかわかれば、最悪な事態を避けられるはず……」
そう言いながら真玄がビデオを止めようとしたとき、
「ちょっと待て」
と寒太が声をあげた。その声で、真玄は停止ボタンを押そうとする手を止めた。
「この続きも見せてくれ」
「え、この先って言っても、多分俺が戸締りをしているところと、誰も来ない店の中が映し出されるだけだと思うけど?」
「知りたいのはそこだ。誰かがあの強盗の遺体を片付けたなら、その様子が映ってるはずだろ」
「あ、そうか。もしかしたら、この世界のことが何かわかるかも」
真玄はそう言うと、関係なさそうなシーンを飛ばすため、早送りをした。しばらくは真玄が写真を撮ったり、戸締りをしたりする場面が続く。そして、真玄が事務所に引っ込んでしばらくした頃、映像が薄暗くなった。照明が落とされたためだろう。
「よし、そこで止めてくれ」
薄暗くなって数秒後、寒太が真玄に声を掛けた。それを聞き、真玄は再生ボタンを押す。
「ここから? この後何時間かあるんだぞ?」
「あんまり変化がなければ、また早送りをしてもらう。ひとまず様子見だ」
しばらく、薄暗い店内が映し出される。遺体もそのままで、特に変化なく時間だけが過ぎていく。
あまりに変化がないので、「少し早送りをしてみるか」と、真玄が早送りボタンに手をかけようとしたときだった。
画面が突然途切れ、ザーっという砂嵐状態になった。
「え、何だよこれ?」
「テープが切れた?」
数秒間砂嵐が続いたと思っていると、再びカメラの映像は薄暗い店内を映し出した。
しかし、先ほどと違い、既に強盗の遺体は消えており、いつも通りの店内の様子が映し出されていた。
「白崎、戸締りをするときは、防犯カメラの電源も落としているのか?」
「いや、それはないよ。防犯の都合上、防犯システムはすべて入れたままにしている……はずなんだけど……」
おかしいな、と真玄がつぶやいていると、事務所の入口から誰かが入ってきた。真玄たちが視線を入り口に移すと、そこには両手を頭の後ろに組んで立っているアマミヤの姿が見えた。
「ああ、ごめんごめん、そこは秘密事項だから、防犯カメラは止めさせてもらったよ」
「な……そんな」
「大体、そんな片付けのシーンなんて見てもしょうがないでしょ。何がしたいのかわからないけど」
アマミヤはそう言うと、両手を広げてはぁ、とため息をついた。
「どちらにしろ、君たちは僕たちの実験に付き合うしか生き残る道はないんだから、変なことをせずにのんびり過ごした方が得策だと思うけどなぁ。まあ、せいぜい頑張ってよ」
そう言ってどこかに行こうとするアマミヤに、真玄は「待て」と声を掛けた。
「アマミヤ、お前たちの目的は何だ? リア充を爆発させる実験なんてして、何をたくらんでいるんだ?」
真玄の問いかけに、アマミヤは振り向かずに不気味な笑みを浮かべた。
「何度もしつこいね。そんなことは、マスターに聞いてよ。もっとも、マスターがどこにいるのかすら、わからないだろうけど」
そう言うと、アマミヤは事務所から出ていった。
「おい、ちょっと待てよ!」
真玄が後を追って事務所を出たが、出口からつながる店内には既に誰もいない。ただ、店内放送のJ-POPが流れているだけだった。
「さて、一つ分かったことがあるんだが」
真玄が事務所に戻ってくるなり、寒太が声を上げた。
「さっきアマミヤは、『マスター』という言葉を使っていた。つまり、そいつが黒幕である可能性は非常に高い」
「あ、じゃあそのマスターって奴を見つければ、この世界から出る手段が見つかるかもしれないってこと?」
太地が納得したように言うが、寒太は首を振った。
「可能性が高い、と言っただけだ。足がかりにはなるだろうが、そのマスターとやらのさらに上がいるかもしれんからな。それに、部下に監視させてるような奴だ。そう簡単に見つけられるとも思えん」
「そんな、じゃあ結局手がかりはなしってこと?」
「簡単には見つけられないだろう……が、『実験』をしている以上、どこかで尻尾を出すかもしれん。とにかく僕は、そのマスターとやらを追うことにしよう」
そういうと、寒太は「先に失礼する」と事務所から外に出ていった。
「じゃあ僕は、ネットで何か情報がないか探して来るよ」
寒太に次いで、太地も「じゃあね」と外に出ようとしたが、麻衣が「え、ちょっと待ってよ」と後を追ったので、真玄と知美も事務所から出ることにした。
先ほどまで明るかった空はすでに暗く、遠くにいくつかの星が見える。
本当なら、真上にはもっとたくさんの星が見えるのだろうが、残念ながら街灯や店の明かりできれいに見えない。
真夏で外の気温はまだ高いが、吹き抜ける風が一気に体感温度を下げ、半そででは身震いすらしてしまう。
すでに寒太はかなり先に行ってしまったのか、姿は見えない。太地と麻衣が先に行き、その後ろを真玄と知美が歩いた。
「あの、さっきの話なんですけど、大丈夫、ですよね。ここが変なところだっていうことはなんとなく感じていましたけど、ちゃんと元の世界に戻れるんですよね」
知美の質問に、真玄は思わず立ち止まった。それにつられて知美も立ち止ると、夏にしては冷たい風が、二人の髪を揺らす。
今は確信が持てないし、どうなるのかはわからない。しかし、真玄は知美にこう言うしかなかった。
「大丈夫、戻れるよ。必ず」
真玄がふと見上げた空は、先ほどとは打って変わってきれいな星空へと変わっていた。きっと大丈夫、そんな根拠を、この美しい空が示しているように思えた。
「おーい、早く帰らないと誘拐されるぞ」
遠くから太地の声がして、真玄は止まっていた足を早足で進めた。その後を、不安そうに知美が追う。
「大丈夫だよ、こんなところに誘拐する奴なんていないから」
今日強盗が入ったことから説得力はなかったが、知美はそれを聞いてほっとしたような柔らかい表情になった。
夜の歩道から響き渡る四人の足音、それを追いかけるように、流れ星が一つ流れた。




