EP5:後始末
真玄は知美を事務所に連れていくと、パイプいすに座らせ、店で買った缶コーヒーを手渡した。
念のため警察や消防には電話を掛けたが、つながらなかった。
仕方なく、真玄自身もひとまず落ち着くために、いすに座って缶コーヒーを開けた。しかし、一口飲んだだけでそれ以上口に入らなかった。
「少しは落ち着いた?」
「……」
よほどショックだったのか、知美は缶コーヒーを開けることなく、ただ俯いていた。
BGMを切ると、物音だけが目立って聞こえてしまう。
真玄は、しばらく黙っている知美を見ながら、この世界について話すことにした。
「実はこの世界は、リア充になると爆発する世界なんだ」
事実ながらも信じられないような言葉とわかっていながら、真玄は知美に言った。だが、知美からは何も反応がない。
「リア充、つまりリアルが充実していると、本当に爆発して死んでしまう。そういう世界なんだ」
真玄は続けたが、やはり知美は静かに聞いているだけだ。
無理もないか、と真玄が缶コーヒーを置いて立ち上がろうとした時だった。
「……幸せになっちゃいけない、ってことですか?」
突然の知美のつぶやきに、真玄は思わず「え?」と返した。
「幸せになっちゃいけないって、どういうことですか?」
「それは……」
缶コーヒーを握る手を震わせながら、知美はつぶやいた。真玄は何とか声をかけようとしたが、言葉が出ない。
「小学校からいじめられ続けて、高校生で少しはマシになって、大学生になって、仲のいい友達もたくさんできたのに。これから、楽しいことがたくさんあるって、幸せになれるって思ったのに……」
知美はかすれるような声で言うと、両手を強く握って涙を流し始めた。
そんな知美を見て、真玄はしばらく声を掛けられずにいる。しかし、残っている缶コーヒーを飲み干すと、空き缶をテーブルの上に置いて立ち上がった。
「諦めるのは、まだ早いよ」
「え?」
そういうと、真玄は知美の肩にそっと手を置いた。知美はその感触に一瞬驚きながら、涙でぬれた顔をあげた。
「今、俺たち非リア充が同盟を作って、この世界の現状を調べているところなんだ。何故こんなことになっているのか、誰がやっているのか、目的は何なのか。それを、みんなで突き止めようとしているんだ」
「同盟……?」
「そう。人間が爆発する原因が、何かあるはずなんだ。それさえ突き止めれば、何をしようが爆発なんてしないはずだ」
「原因って……そんなの、わかるの?」
再び大粒の涙が流れそうな目で見つめる知美に、真玄は小さく首を横に振った。
「まだわからない。でも、こんなところにいつまでもいられないし、こんな状態でいつまでもいたくない。まだ何人もこの世界に来ているみたいだけど、俺たちが動かないと、多分この世界は変えられないんだ」
そう言うと、真玄は知美の肩からそっと手を離した。
「だから、一緒に調べようよ、この世界のこと」
「……それって、私も仲間に入れてくれるってことですか?」
「もちろん。こんな変な世界なんだ。仲間は沢山いた方がいい。それに……」
真玄はおもむろに、知美のぬれた手を取って言った。
「いざとなったら、俺が知美を守るから」
****
店内のこの悲惨な状況では、客を迎えることはできない。幸い、事務所にいる間、監視カメラの映像では誰も客は来ていないようだ。もっとも、近くに来たところで、惨状を見た客は入ることがないだろう。
真玄はひとまず、店内のブラインドを全て下げ、閉店の表示を行った。
非常時に閉店する際の方法はマニュアルに書いてあったし、一度だけ、災害で閉店作業を行うことがあったので、特に問題なく作業は進んだ。
顔が爆発した強盗男の遺体は写真を撮った後、事務所の裏にあったビニールシートをかぶせておき、人目にはつかないようにしている。どこか別の場所に移動したいのだが、さすがに一人では気が進まない。
残る問題は、血液のかかった商品と、店内に充満する臭い。仕方なく、真玄は戸締りをし、換気扇をつけて事務所に戻った。
「とりあえず、ここで知り合った奴に連絡を取って合流しよう。ちょうど夕食の時間に集まれるはずだから」
真玄はスマートフォンを取り出すと、まずは芹井寒太に電話をかけ、今の状況を簡単に説明した。
続いて桜宮太地、十条麻衣にも連絡を取る。全員すぐにつながり、集合場所を伝えると、真玄はスマートフォンの通話を切り、ポケットにしまった。
「今から三十分後、ここから一番近いファミレスに集まることになった。知美のことは伝えてあるから、大丈夫だよ」
真玄はそういって知美を安心させようとするが、知美の表情は浮かない。
「……その方たちは、信頼できるのでしょうか」
「俺も、つい最近会ったばかりだから何とも言えないけど、少なくとも、あの強盗みたいに、急に襲いかかってくることはないよ」
「そう、ですか。白崎さんがそう言うなら……」
知美はそういうといすから立ち上がり、両手で真玄の右手をつかんだ。
「白崎……真玄先輩、本当に、私のことを守ってくれますか?」
不意に触れられた手の感触にどきりとしながら、真玄は心を落ち着けて言った。
「うん、約束する。それにしても……」
そういうと、真玄は視線を知美の顔から握られている手へと移した。
「もう、男に触れても大丈夫なの?」
「えっ?」
知美は思わずつかんでいた真玄の手を放し、顔を赤くして後ずさった。
「あ、はい、多分、真玄先輩だから、大丈夫、だと思います」
「そ、そう? まあいいや。とりあえず、少し早いけど、ここを出ようか。長居していてもしょうがないし」
そういうと、真玄はタイムカードを押して私服に着替えた。
事務所にあった店の鍵を持ち出すと、戸締り忘れがないことを確認し、裏口に鍵をかけて店を後にした。
「この二人が爆発すればいいのに」とか思わないでください。




