EP4:強盗
店内の様子とは場違いに、流行りのJ-POPが鳴り響く。
突然「金を出せ」とナイフを取り出した強盗は、知美にナイフを突きつけ、人質にした。
声を荒げる強盗に対し立ち尽くしていた真玄は、対応マニュアルを思い出した。
このコンビニで強盗に襲われたとき、まず大切なのは人命。要求されたものに対して、可能な限りその要求を実行する。
そして、各所にある警報スイッチを押し、店外や警察に助けを求めることだ。
ただ、このコンビニに現金は置かれていない。知美を脅しながらレジカウンターへ向かってくる強盗の様子を見ながら、一応、レジを開いた。
「あ、あの、この店には、あいにく現金が無くて……」
強盗を刺激しないように、言葉を選びながら真玄は言った。と同時に、レジ下にある警報スイッチを、さりげなく押した。
助けがあるかどうかはともかく、これで店の外に異常を知らせるランプが点き、警察に連絡が行っているはずである。
「は? 金がない? 何を言ってるんだ?」
「えっと、レジの中はこの通りでして……」
真玄がレジを全開にすると、強盗は知美を突き飛ばしてレジにいた真玄にナイフを向けた。そして、身を乗り出してレジの中を見た。
その中身が空だと言うことを確認すると、強盗はさらに真玄にナイフを近づけた。
「なら金庫を開けろ! それくらいあるだろう」
ナイフを突きつけながら、カウンターの中に入ってくる強盗。レジに現金がないのに、金庫に現金があるはずがない。
それはわかっているが、強盗にそれを言ったところで何も解決しない。真玄は手を挙げ、ゆっくりと事務所の方へと向かった。
ちょうど真玄がレジカウンターから事務所に入ろうとしたときだった。
突然、ビービーと警報音があたりに鳴り響く。真玄と強盗は、何事かと驚き、あたりを見回した。
「おい、お前、何かやっただろ!」
「い、いえ、これは……」
警報スイッチのせいだろうか、それにしては遅い気もする、と思いながら、真玄は言葉を濁す。
「何もしてないのにこんなの鳴る訳ないだろ! ちくしょう!」
そういうと、強盗は真玄の首筋にナイフを当て、カウンターまで戻った。おそらく、警察が来るのだと踏んだのだろう。
裏口から逃げるという手もあったのだが、どうやらこの強盗はそこまで頭が回っていなかったのだろう。
店内に戻ると、逃げずに立ちすくんでいる知美の姿があった。
スマートフォンを片手に持っているが、誰かに電話をしていたのだろうか。
「おい、お前でもそこの女でもいい。さっさと金をだせ!」
鳴り響く警報音にパニック状態なのか、強盗は真玄を人質に取りつつ、とうとう知美にまで金銭を要求してきた。
知美は訳が分からず、バッグから財布を取りだそうとするが、真玄は「やめろ」と手を振る。
知美が財布を取りだした瞬間、店の奥の扉が開き、一メートル半くらいのドラム缶に手と車輪と顔を付けたような一体のロボットがレジカウンターに向かってきた。
「な、何だ? 何の真似だ!?」
強盗は真玄にナイフを当てたまま、そのロボットを見つめる。ロボットはカウンターの前で止まると、ちょうど腹にあたる部分にあるシャッターが上がった。
そのシャッター部分から、札束が出てきた。一万円札の束が、十個ほど見える。
「ほ、ほう、これを持って行けというのか?」
積まれている札束を目の前に、強盗はナイフを持った手でその中の一つを手に取ろうとした。が、途中で手を止め、カウンターにあったレジ袋を一枚引き破り、レジカウンターに置いた。
「おい、そこの女、そのへんてこなロボットの中にある金を、この袋に詰めろ!」
強盗は知美を指さすと、レジ袋をを手に取って振り回した。
「え、わ、私!?」
「何か仕掛けがあるかもしれねえからな。早くしろ!」
強盗はそういうと、再び真玄にナイフを突きつけて知美を脅した。
知美は怯えながらも、レジカウンターに置かれた袋を広げ、ロボットの中の札束を入れていく。
札束を握る手は震えていたが、数が少なかったため、十個の札束はすぐに袋の中に収まった。
「こ、これで全部です」
知美が言うが早いか、強盗は札束の入ったレジ袋を手に取ると、真玄を事務所のほうへ突き飛ばし、すぐさまカウンターから飛び出した。
そして、何を思ったのか、出口の前でレジ袋の中をみて、突然笑い出した。
「ぐふ……ぐふふ……これだけあれば……」
強盗の不気味な笑いが響く中、真玄は何とか立ち上がって、怯えている知美のそばに駆け寄った。
「知美、大丈夫か?」
「わ、私は大丈夫ですけど、白崎先輩、何度も突き飛ばされていたみたいですけど」
「俺は大丈夫。それより……」
真玄は心配する知美をよそに、高笑いしている強盗の方を見た。まだナイフを持っているため、うかつには近づけない。
「いくつか気になる点があるけど、強盗に手渡す現金にしては、一千万円は多すぎないか?」
「そ、それもそうですよね。大体、コンビニなんだから、何十万かでも十分だと思いますけど……」
「それにロボット、対強盗用なんだろうけど、それにしてはあっさり現金渡してるよな。無人の店内なら、積極的に捕まえるくらいしても良さそうなんだけど……」
反撃のチャンスを伺いながら、真玄はいくつか思い浮かんだ疑問点を口にする。
ふと、真玄は強盗の様子がおかしいことに気が付いた。
いつの間にか笑い声が消え、動かなくなってしまった。
かと思えば、突然ゆっくりとこちらを振り向く。顔を見ると、先ほどよりも赤くなっている気がした。
「な、なんだこれは! あ、熱い! 顔が熱い!」
レジ袋とナイフを落とし、強盗は両手で顔に触れようとする。しかし、しばらくしてすぐにその手を離した。
真玄は、どこかで見たこの光景を思い出した。体育館に集められた時に見た、動画の男と同じ状態だ。
「ま、まさか……! 知美、奥に逃げよう!」
「え、な、何ですか、あれ!?」
知美が何か言うのも構わず、真玄は知美の手を引き、店の奥へと引っ張り込んだ。
その後を、「助けてくれ!」と言いながら強盗の男はゆっくりと追いかけてくる。
真玄が奥に逃げながら様子を見ていると、顔の赤さは徐々に強くなっていき、光っているようにも見える。
「あ、熱い! た、助けてくれぇぇぇ!」
強盗は必死に真玄たちに助けを求めるが、歩く足も徐々にスピードが落ちていく。最後には、その場で倒れこんでしまった。
「お、お願いだ、か、金は返す……から……」
助けを求める声も、徐々に小さく、やがて何を言っているのかわからなくなった。
「う、うわぁぁぁぁぁ!」
悲鳴が聞こえたかと思うと、続けてボンッ、という破裂音。強盗男の頭は、無残にも砕け散り、あたりに肉片や骨片、血しぶきが舞い散った。
真玄はその様子を知美に見せまいと、知美の頭を胸へと押さえつける。
「本当に……爆発した……。人間が……」
血しぶきに染まり、嫌な鉄の臭いが漂う店内には、場違いなJ-POPの和やかな音楽が流れている。
真玄が先ほどまで抱きかかえていた知美の顔を見ると、現場を見ていないながらも異様な雰囲気で察したのか、目には涙を浮かべていた。
「ねえ、一体何があったのですか? なんで、こんなことが起こったんですか?」
真玄は一度は説明しようと試みたが、うまく声が出せなかった。一度知美を落ち着かせるべく、知美に現場を見せないように事務所に連れて行った。




