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EP3:買い物客

 翌日の昼間の空は相変わらず青く澄み渡り、太陽がまぶしく光る。

 相変わらず焼けたアスファルトから発せられる熱が、体中へとまとわりつく。しかし、自転車に乗っていれば、その熱もぬるい風に奪い去られて幾分かマシになっていた。

 真玄はバイト先のコンビニに着くと、いつもの場所に自転車を止め、裏口から事務所に入った。

 中はクーラーが効いており、外との温度差が激しい。あふれていた汗が、一気に引いていく感じがした。

 持ってきたタオルで汗をぬぐうと、真玄は制服に着替えてタイムカードを押す。そして、いつも通りカウンターへ。

 やはり店内には誰もいない。今はやりのJ-POPが、店内に鳴り響いているだけだった。

 商品の在庫チェックや消費期限チェックをしても、特に問題はない。昨日同様、仕事でできそうなことはあまりなさそうだった。


「しかし、安いとはいえこれでバイト代入るんだったら楽だよな」


 そう思いながら、真玄は掃除用具入れからモップを取り出し、床の掃除をし始めた。特に目立って汚れていたわけではないが、何かしていなければ落ち着かなかったのだ。

 一通り掃除を終えると、台拭きでレジ前のカウンターも拭き上げる。ちょうど拭き終り、台拭きを洗っていた時に、来店を知らせるチャイムが鳴った。


 真玄はいつも通り「いらっしゃいませ」と声をかけ、台拭きを干してカウンターに向かった。

 入口には、黒髪ショートヘアの女性がいた。昨日と着ている服が少し違うが、風野知美に間違いない。


「あ、白崎先輩、こんにちは。今日もお仕事ですか?」


「うん。とはいっても、やることはほとんどないんだけど」


 真玄がそういうと、知美はフフッと笑った。


「でも、偉いと思いますよ。私なんて、周りに友達も誰もいなくなったから、家でゴロゴロしているだけですし」


「家にいても、何もすることが無いからさ。テレビは映らないし、ネットやってても、ほとんど更新されてないし」


「そうですか。でも、こうも暑いと、外に出るのも大変ですよね」


 知美はそういうと、バックからハンカチを取り出し、額の汗を拭いた。昨日とは違う、レースのついた白いハンカチだ。


「家でゴロゴロするって、何をやってるの?」


 汗を拭く知美の姿を見ながら、真玄はカウンターから身を乗り出して聞いてみた。


「えっと、本を読んだり、絵を描いたり……ですね。私、絵を描くのが好きなんです」


 そういうと、知美は持っていたハンドバックから一冊の小さなノートを取り出し、ページをめくった。

 そして、その中の一ページを開くと、真玄に差し出した。


「へぇ……」


 ノートには、金髪の男性と女性が、お互い向き合って手を取り合っている絵が描かれていた。顔立ちからすると、ヨーロッパ系の人物のようだ。

 鉛筆かシャーペンかの下書きの線に、色鉛筆の淡い色彩。マンガの一つのシーンだと思われるその絵は、どこか透き通った印象がある。


「すごいね、こんな絵、俺には描けないよ」


「あまり上手じゃないですけどね」


「そう? 俺は好きだけどな、この絵」

 

 真玄がノートを返すと、知美は少し赤くなりながらノートを受け取った。


「将来は、マンガ家か画家を目指すの?」


 ノートをしまう知美は、不意に真玄に話しかけられ、「え?」と声を上げた。


「いえ、私、話作りとかできませんし、画家っていっても、そこまでうまくなろうとは思ってませんから」


「別に話はできなくても、原作を他の人に書いてもらうとかさ」


「あの、そういう問題でしょうか……」


 知美が少し困ったような顔をすると、思わず真玄は吹き出してしまった。つられて、知美も笑い出す。

 店内の音楽が消え、笑い声だけが響いた。



「でも、そういう特技があるって、うらやましいなって思うよ」


 真玄は、空っぽのレジを開けながら、知美に言った。


「別に、特技というほどのものでも」


「でも、とてもうまかったよ。特技って言ってもいいんじゃないかな」


「昔から絵を描くのが好きだっただけですよ」


 そういうと、知美は俯いてしまった。


「私、小中学生の頃、体が弱くて男の子からいじめられてたんです。だからあまり目立ちたくなくて、休み時間はずっと絵を描いていました。その頃は女の子の友達はいましたし、高校に入ってからはいじめはなくなりましたけど、男の子から触れられると、あの時を思い出して……」


「ああ、それであの時……」


「え、ええ。フォークダンスの時なんか大変でしたよ。何とか、男子の時にはあまり触れないようにして、倒れそうになりながら踊りましたから」


 知美がそういうと、その姿を想像した思わず吹き出してしまった。


「な、何がおかしいのですか!?」


「いやいや、知美が倒れながら踊ってるのを想像したら」


 笑い続けている真玄に対して、知美はむっとした表情を見せた。


「大変だったんですからね! 最初なんて、保健室に駆け込んだくらいなんですから!」


「ほ、保健室って、そんなにひどかったの?」


「ひどいって言っても、一年の頃くらいですよ。フォークダンスは毎年ありますから、さすがに少しは慣れました」


 そういうと、知美はむっとした顔からまた寂しそうな顔に戻る。


「……まだ、完全には無理なんですけどね」


 知美がつぶやくと、店内に静寂が訪れた。かかっていたJ-POPの音楽がちょうど途切れたところのようだ。

 しばらく沈黙が続いていたが、ピンポン、という入店音が、その沈黙を破った。


「いらっしゃいませ」


 真玄が入り口を見ると、四十代くらいの、小太りの男性が店内を見回していた。

 徐々にカウンターに近づいてくる。カウンターの商品でも探しているのだろうか、と真玄がレジに向かうと、男性は突然バッグから何かを取り出した。

 そして、取り出したものの正体に気が付くと、真玄はカウンターを飛び出そうとした。

 しかし、それよりも早く、男性は取り出したものを片手に、知美の腕をつかみ、それを首筋に当てた。


「おい、おとなしく金を出せ! この女がどうなってもいいのか!」


 知美の首筋に突き付けられたナイフ、怯える知美。真玄は、ようやくその男がコンビニ強盗であることに気が付いた。

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