入学
チー宿外伝 1話目です。
どうぞ。
「行ってらっしゃいませ」
軽やかな声とは裏腹に沈んだ気持ちで『カーラ・グライス』は宿屋を後にした。
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沈んだようにとぼとぼと歩く美しい女性『カーラ・グライス』
彼女は『元・男の異世界トリッパー』なのである!!!
トリップ前の名は『高橋 竜太』、
名前からも分かるように現代日本に住んでいた社会人としてそこそこ生きた28歳の男性だった。
その彼が最高神である『サイコ・ウシン』の力により異世界に送られ今に至ったのである。
だが、彼(彼女?)が沈んでいる理由は何も女になったからではない。
ましてや、竜太は自分から女にして欲しいと頼んだのであるから当然だろう……。
彼女の落ち込む理由は別にあった。
まばゆいほどの美貌に少しのかげりを作りながら彼女はとぼとぼと目的地に向かったのである。
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「……はぁ」
宿屋『歓喜の庭園亭』を出たカーラの口からはため息ばかりがこぼれていた。
しかし、ため息もこぼれると言ったものだろう。何が悲しくてもう一度学生などしなければならないのだろうか。
考えてもみて欲しい。学校も卒業し、社会人としての生活も中々に板についてきた28歳でいきなり死んで、なぜか神からチートな能力を貰い、しかし送り込まれた先は平和な世界で、じゃあ平和な世界で『のほほんと生活をしよう』『宿でもやってみよう』と思いたったら、冒険者にならなければ宿を始めることも出来ず、冒険者になろうとすれば最低限の資格を得るため学生になれと言われる……。
たらい回しもいいところである。
(いつになれば宿でのほほんと女将が出来るんだろう?)
流石のカーラもこのたらい回し状態には嫌気がさしていた。
「まぁちゃきちゃき学生でもやって、試験に合格しますかね。
この身体、チートだし大丈夫だろう」
カーラの気持ちの切り替えの早さは天下一品だった。
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王都クランクランで王城を中心にギルドからちょうど反対側に当たる位置、養成区に入ってすぐの建物が人材育成学校だというのは昨日の間に『歓喜の庭園亭』の主人からは聞いていたので、迷わずにたどり着くことが出来たカーラであったが、肝心の学校を前に途方に暮れていた。
別に『入学受付がやっていなかった』と言う訳ではない、入学受付に来ている人数である。
軽く三百は超えるであろうと思われる人が受け付け前に殺到していた。
(これ全部が入学希望者か? 人数が多すぎるだろ)
まさに人の壁と言った風情のその先端、受付カウンターと思われる場所で事務員であろうおばちゃんと取っ手に目盛りの付いた計測器の様なものを必死に握る入学希望者が見えた。
(なんだ? ……握力計?)
(……と言うか、この距離でここまで鮮明に見えるとはかなり目も良くなってるみたいだな)
今計測をしている男の目盛りは左端から一つ分しか動いていない。あの目盛りが何を表しているのかは知らないが、余り良い数値ではないのであろう。
その証拠に、顔を真っ赤に染め上げるほど計測器を強く握っていた男は、事務員のおばちゃんから何かを言われしょんぼりと帰っていった。
「……あれは何をしてるんだ?」
「あぁ、あれは現状の強さを測定してんねん。あれで一定以上の数値が出せへんかったらあのおっさんみたいにすごすご帰る羽目になんで」
別に誰とも無く呟いた一言だったが、横の男には拾われてしまったらしい。
(なんで関西弁やねん! ……って、移ってしまった)
「そうか……。詳しいな常連なのか?」
「ちゃうわ!! 去年受けて落ちただけや! あのおっさんはもう8年も受けとるらしいけどな。
あぁ、わいの名前はロッド。お姉さん受かったらよろしゅうしたってや!」
「そうか、私はカーラ。受かればよろしくだな」
(おいおい、入学のためにも試験があるじゃねーか! 説明はきちんとしろよな)
今この場にはいない自分をここまで導いた二人の人間に悪態を付きながらも横のロッドと話続けた。
ロッドと話しながらすごしていたので時間はわりと早く過ぎた気がする。
気がつけば回りに誰も入学希望者がおらず、私だけとなっていた。
「はい次の人、リラックスして、力まないでいいから計測器を握ってくれる?」
(現状の力と言っていたな、私は神チートであるからどうなるのだろうか?)
一度の深呼吸でリラックスし、ゆっくりと計測器に手を近づけていく、
――ちょん。
――ズギャゴォォォォォォォォォン。
(え………………?)
計測器が吹き飛んだ。
(何だ今の!? やっべぇ~弁償かなぁ?)
計測器が爆発したことよりも弁償の有無を心配するカーラ、その彼女に事務員のおばちゃんはやんわり話しかけてきた。
「あらあらあら、壊れちゃいましたねぇ~。片付けは私がやっておきますので、貴方は合格者待合教室に行ってくださるかしら」
ニコニコととても良い笑顔で事務員のおばちゃんは告げた。
「え? 合格ですか? 計測器壊しただけですよ?」
「はい、合格です」
「あ、……ありがとうございまし、た?」
「いえいえ、教室は案内板にしたがっていけばすぐに分かりますよ」
急な合格判定により戸惑う私に的確に指示を出し、先を促す事務員のおばちゃん。
なんだかかなりなれた対応だ。もしかしたらカーラの様なケースは以外に多いのかも知れない。
私は礼を言いつつその場を離れた。
向かうは合格者待合教室、
そこではどんな出会いが生まれるのであろうか。
いかがでしたでしょうか。
学生編開始です。
時間的には本編の三章最後から一日開けたところになっています。
本編ともども書いていきますのでよろしくお願いいたします。