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第8話 その日の誠一と真



 誠一は、医者かカウンセラーのどちらを呼ぶべきか、と真剣に悩んでいた。

 なんだってこの幼馴染は、冬空の下で汗だくになって我が家の玄関先で息を切らしているのだろう。


「せ、誠一……、は、は、は……」

「お前は変態か。それとも迷子か。ここは俺んちだ」

「知っている……は、は」

 真はフーっと大きく息をつくと、シャツの袖で額をぬぐった。

「話があるんだが、その前にシャワーかしてくれ」

「自分ちの使えばいいだろうが」

「雪緒がいる」

 雪緒の名前を出されては引き下がるしかない。一応コイツにも恥じらいというものがあったのか、としぶしぶと真を家に上げた。

 湯気をたてている真を風呂場につっこむと、誠一は台所へ戻る。明日の弁当の仕込みをしている最中だったのだ。誠一はじゃがいもの皮をむきながら、真がここへ来た理由について考えていた。

 予想は付いている。

 最近どうにも機嫌が悪い雪緒のことだ。

 そしてなぜ機嫌が悪いかも、なんとなくわかっている。

 誠一は雪緒に対してどんな思いを抱いたらいいのか測りかねていた。

 嬉しい? 照れくさい?  

 しかし、誠一の目元は緩むどころか険しさを増した。


『宮田センパイとユッキーって付き合ってるの!?』

『お似合いだと思ったのに』


 やはり、これは後悔?

 

 いずれにしても前々からわかっていたことだ。向き合う時が訪れた、ということなのだろう。誠一は静かに包丁を置いて、重箱を棚に仕舞い込んだ。じゃがいもは明日何かに使うことにしよう。



 整然とはしているもののトレーニング機器が場所をとっている真の部屋に比べ、誠一の部屋は机と本棚以外にモノがなく殺風景だ。本棚にはまばらにしか本がなく、持ち主の嗜好はうかがえない。

 真は迷うことなく椅子に向かい、ベッドに腰を下ろした誠一を見下ろした。勝手知ったるなんとやら、真は誠一のジャージを借りて我が物顔で部屋に居座っている。

「率直に言うぞ」

「ああ」

 真はきっぱりと言った。雪緒には「偵察」と言ったが、そんな回りくどいマネは真にはできない。

「あの1年女子、どうするつもりなんだ」

「……どうするって」

 予想通りの質問に、誠一は笑いをこらえるのに苦労した。どうせ真は1年女子の名前すらよく覚えていないに違いない。勉強はできる男だが、必要がないと思ったことに対してはとことん無頓着だ。大橋愛梨は完全に真の中でいらない人間と選別されている。

 雪緒はそれをわかっている。

「お前がとられやしないかと、雪緒が不安がっている。ここ最近ずっと機嫌が悪いことは気づいてるだろう」

「そうか」

「そうか、じゃない。ハッキリした態度を見せてもらわないと、俺も困る」

 真は誠一の煮え切らない答えが気に入らない、とばかりに眉をひそめてみせた。答えなんて決まっているだろう。そんな声が聞こえてきそうだ。自信に満ちて揺らがない真のその態度。

 それが、誠一の心に大きな波をたてた。


「うるせぇな」

「何?」

「なんでイチイチお前にンなこと言わなきゃいけねーんだよ」

 誠一は怪訝な顔をする真に問いかけた。地の底からはい出してきたような声音である。

「お前らはそうやってなんでもかんでも自分たちの言うとおりにさせてーのか。いい加減うっとうしいんだよ」

「誠一」

「毎度毎度ソレだ。誠一、セイイチ。俺はお前らの保護者でもなんでもねー」

 誠一はこれ見よがしに大きなため息をついた。

「そもそも今までがおかしかったんだ。なんとか我慢して付き合ってやってたが、人の色恋沙汰にまで口つっこむようなら終わりだな。お前らの束縛ももうこりごりだ」

「色恋? そんなモノにするつもりなのか、お前」

 誠一の発言でも何よりそのことに驚いた、と言わんばかりの真の反応にいささか拍子抜けしながら、誠一は続けた。

「いいか、真。俺はもうお前と雪緒には干渉しねぇ。お前らもそうしろ。幼馴染とも思うな。2人で好き勝手やってろ。俺に二度と面倒かけるなよ」

 話は終わりだ、と誠一はベッドに横たわって手を払った。出ていけ、のサインだ。

 しかし真は出ていかない。

「誠一」

「なんだよ」

「お前、あの1年女子とどうするんだ」

 真はもう一度ゆっくりと誠一に尋ねた。誠一は寝転がったままジットリと真を睨む。相手が真でなかったら、恐怖にひきつりながら逃げていくであろう眼光だ。

「お前らには関係ない。雪緒にもそう言っとけ」

「ふむ」

 眼鏡をかけなおし、真はまじまじと誠一を見据えた。憤りや困惑、あせり、怒り。誠一の予想に反して、真の目からそういった激情はまったくのぞけなかった。「何を言ってるんだ誠一、正気に戻れ!」とつかみかかってくることを想定していた誠一は、落ち着いている真に逆に不安を覚える。 

「いいだろう。しばらく放っておいてやる」

「はァ?」

「俺も思うところがあったからな」

 あまりに傲岸な物言いに、誠一は本気で額に青筋をたてた。

 何考えてんだ、コイツ。どこまで上から目線なんだ。

 真は立ちあがって先ほど脱いだ自分の服をつかむと、素直に部屋を出る。そしてドアを閉める前に振りむいて言った。

「誠一、俺は予言する」

「……ンだよ」

 真の眼鏡は蛍光灯の光を反射して白く光った。


「お前は今以上に後悔する」


 真の静謐な声が、せまい部屋の中でゆっくりと広がっていった。

 それはまるで誠一に死を宣告する死神のような音だった。



 



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