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第6話 3人組と乱入者



 


 絶妙なバランスを保っていた正三角形。

 それをいまさら打ち崩そうとする人間が入り込むとは、雪緒にも真にも誠一にも、思いもつかないことだった。



「季節外れではあるが、ご両親の都合で急きょ転入してきた大橋愛梨さんだ」

「大橋愛梨です、よろしくお願いします! 仲良くしてください!!」

 クラス中の注目を受け、彼女は満面の笑みを浮かべてポニーテールを揺らした。

 なんだか少女マンガの主人公のようだ、と雪緒は思った。

「空いている席に座りなさい」

「はい!」

 大きな目はきらきらと輝き、細い手足はバネ仕掛けのように跳ねながら動く。愛梨は担任教師が指さした席、つまり雪緒の隣へとまっすぐに向かってきた。

「よろしく! 仲良くしてね」

 愛梨は茶目っけたっぷりに言った。堂々としたものだ、と雪緒は感心してしまう。

「よろしく」

 雪緒が返事をすると、愛梨はきょとんと首をかしげた。

「具合悪いの? 大丈夫?」

「……元気だけど」

 いきなり何を言うのか、と雪緒まで首をかしげると、愛梨はにっこりと笑った。

「よかった! 表情が暗いから病気かと思って心配しちゃった!」

「……そう」

 仲良くなれないかも。雪緒は心の中でこっそりつぶやいた。


「ユッキーって呼んでいい? 雪緒ちゃんもいいけど、もっと砕けたカンジがほしいし。あ、あたしは愛梨でいいよ!」

「ねぇ、トイレ一緒に行こうよ!」

「ユッキーまた顔暗くなってるよー、もう!」

 愛梨に悪気はない。彼女は心からの好意をもって雪緒と仲良くしようとしていた。転校先で最初に話した相手なら、そうするのは至極当然といえる。雪緒もそれは理解していた。

 それでも、なぜ自分は彼女を素直に受け入れる気になれないのか。

「大橋さん、私のことは有辺でいいよ」

「トイレなら教室を出て右に行けば、階段そばにあるよ」

「この顔はもともとだから」

 雪緒のあまりに無愛想な返答に、教室中はひやひやしながら、しかし多大なる好奇心をもって2人を見守っていた。

 雪緒はもともとこの1‐Aでは浮いていた。謎の3人組の1人ということもあるが、整いすぎて温度を感じさせない容貌がそれに拍車をかけていた。クラスメートと交流を持たないわけではないが、雪緒はいつもある程度の距離を置いた付き合いしかしていない。いや、許さないといったほうがいいかもしれない。

 今年度の1‐Aが成立してからすでに9カ月がたとうとしている。だから多くのクラスメートたちは雪緒との付き合い方も慣れてきたところではあるが、愛梨のようにいきなりズカズカと踏み込んでいった人間はいなかった。さて、雪緒はどうでるのか。そして愛梨はどう反応するのか。

 愛梨がバッサリと斬られることは予想済みだったが、ギャラリーの期待に応えるように、彼女はきょとんと大きな目をさらに大きく丸くした後でまた笑った。パッと太陽のように明るい笑顔だ。

「ユッキーってクールだね。顔も声もすっごくかわいいのに、中身はかっこいいんだー! うらやましいな!」

 おお、とひそやかにざわめく教室。これには雪緒のほうが驚いた。

 この子、全然めげない。

「ねぇユッキー、お昼いつもどうしてるの? 一緒に食べよ!」

 しかし、この愛梨の発言にはさすがに教室が凍りついた。雪緒が真や誠一と昼食を共にしていることは周知の事実だったからだ。転校初日に誠一のような人間と顔を合わせるのは強烈すぎる。

「ごめんね、私、いつも一緒に食べている人たちがいるから」

 雪緒はやんわりと言うが、愛梨は雪緒の手をぎゅっと握って離さない。触れられた箇所から鳥肌が立ちそうだった。

「あたしも入れてもらえないかなー、なんて?」

 こてん、と小首をかしげて上目づかいに雪緒を見る愛梨。愛梨は格別美少女とは言えないが、小動物じみた愛きょうがあった。口角がきゅっと上がった口元が愛らしい。見るものを引き付け、おねだりを聞いてあげたくなるような魅力だ。

 これが庇護欲というものか、と雪緒は冷静に愛梨を観察した。

「ねぇ大橋さん、わたしたちと食べようよ」

「うん、有辺さんはこの通り、静かなのが好きな人だからさ」

 思わぬところで救いの手。

 興味は尽きないが雪緒が困っているとみて、クラスの女子が助け舟を出してくれた。雪緒が感謝の視線を向けると、彼女たちは恥ずかしげに頬を染めて雪緒に笑いかける。

 妙なところでほのかな友情を感じた雪緒だったが、愛梨は一筋縄でいく相手ではなかった。

「えー? なにそれ、変だよ! なんだかそう言って距離置いてるほうがさみしいって」

 愛梨は驚いたように目をぱちぱちとまたたかせる。

「いや、校内にはちょっと危ない人とかもいるからさ……」

 その危ない人のもとへ行こうとしている雪緒は、誰にもわからない苦笑いをもらす。

「危ない人? 会ってみないとわかんないよ。大丈夫、大丈夫!」

 忠告もむなしく、愛梨は雪緒の手をぎゅっと握り直すと、もう片方の手で弁当を掲げて見せた。

「ね、ユッキー行こ?」

「………」

 雪緒のほんのりとあたたまった心が急速に冷えていく。


 4階の階段そばは冬場は寒い。最近は空き教室にもぐりこんで弁当を広げている。

 先に来ていた真と誠一は、ぽかんと口を開けて愛梨を見つめた。

「こんにちは、今日転入してきた大橋愛梨です! お邪魔します」

「そういうコトです」

 雪緒はもうどうとでもなれ、と愛梨を真と誠一に任せることにした。

「わァー、センパイ、ですか?」

 制服の襟元についた学年を示すバッジを見て、愛梨は尋ねた。臆した様子もなく愛梨は2人に歩み寄る。

 真もどうしていいのかわからないようで、雪緒と愛梨を交互に見ては戸惑っていた。誠一に至っては何も言わず、弁当を並べている。一種の現実逃避だ。

 今までこの3人の集まりに他人を入れたことはなかった。たいていの人間は誠一に恐れをなして近寄ってこないからだ。

 誠一がだんまりを決め込んだことを察した真は、とりあえず、と口を開いた。

「あ、あ―――、そうだ。2年の宮田真」

「よろしくお願いします!」

「ああ」

 それだけ言うと、真は素早くそっぽを向いてしまう。

 愛梨は頬を赤く染め、小さく雪緒に「すっごくかっこいいセンパイだね!」と耳打ちした。素直でわかりやすい子だ、と雪緒は思う。

 さてもう1人はどうでるか、と雪緒が誠一をうかがっていた横で、愛梨は朗らかに声をかけた。

「あの、そちらのセンパイのお名前は?」

「あァ?」

 無視していた存在にまさか話しかけられるとは思っていなかったらしい誠一は、思い切り顔をしかめてみせた。怒っているわけではない、驚いているのだ。

「お伺いしてもいいですか」

 にこっと誠一に笑いかける愛梨に、真と雪緒は目をむいた。

 

 誠一の、あの顔を見て。

 ひるむでもなく、おびえるでもなく。

 笑いかけるなど。


「あ、ああ……。2年の坂上だ」

「坂上センパイ! よろしくお願いしますね。わ、すっごい豪華なお弁当! センパイのお母さんが作ったんですか!?」

「……俺だ」

 愛梨はわあ!と歓声をあげて重箱をのぞきこむ。

「すごーい! お料理上手なんですね。あたし全然ダメだ! うらやましいなァ、ユッキーいつもこんなおいしそうなお弁当食べてるの!?」

「ゆ、ゆっきー!?」

「あ、ユッキーって呼んでるんです。ね!」

 そう言って雪緒を振り返る愛梨は、寒空にはあまりに不釣り合いだった。

 



「うっそ、愛梨ちゃん、あのサカガミセイイチとご飯食べたの!?」

「うん! すっごく優しい人だったよ! ご飯もおいしいかったし。へへ、ちょっと分けてもらっちゃんたんだー。宮田センパイはかっこいいし、ユッキーはかわいいし、なんだか豪華なお昼休みだった」

 放課後、他の生徒と楽しげに話しこむ愛梨の姿は、雪緒よりもよっぽどクラスに溶け込んでいた。

 明るくて前向き、ちょっとおしゃべり。素直で、元気がよくて、人を色眼鏡で見ずに自分で見極めようとする。

 自分に自信がある証拠だ。

 雪緒にはとてもマネできない、春の太陽に似た笑顔。


 雪緒は戦慄した。

 そして同時に、大橋愛梨を絶対に許してはいけない敵と認識した。


 雪緒にとって、何よりも完璧であった正三角形に訪れた変化を自覚した瞬間だった。

 

 



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