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第5話 帰り道の3人組



 さむいさむい、と身をすくめながらも、放課後の解放感に生徒たちは浮かれながら校門を出ていく。そんな中、注目を集めながら歩いてくる雪緒と真の姿があった。

 雪緒と真は2人で帰宅の途についていた。誠一は用事がある、と足早に先に帰ってしまったのだ。強面の誠一が抜けると2人はまさに美男美女の組み合わせ、いつもとは違った意味で人目を引くのである。


「うう、寒い……。 なんだって女子高生はナマ足という苦行に耐えなければならないのか」

「なんで耐える必要があるんだ。女子制服の規定ではタイツとかあるだろう」

「そうもいかないのが女子高生の悲しいサダメ」

「腹巻はいいのにか」

「ボディウォーマーって言って。おなかは見えないからいいの」

「女子高生というのはわからんな……」

 高校生らしからぬ落ち着きをもって真剣な顔をして話しこんでいる2人だが、内容はいつも中身のないものばかりだ。雪緒は誠一お手製の真っ白なマフラーで口元まで覆い、ふるっと体をふるわせた。

「う~……」

「できれば俺のズボンをはかせてやりたいが……」

「絶対やめてください」

「当たり前だ。俺も路上で下半身パンツのみになる気はない」

 雪緒は大真面目な真をじっとりと睨みつけた。正気を疑う発言だが、真ならば冗談になりかねないから怖いのだ。  

「だが、寒いなら我慢するんじゃない。風邪をひくと誠一が怒るぞ」

 そう諭され、雪緒の脳裏に強面の顔をよりすさまじいものにしながら怒る誠一の姿がうかんだ。きっとたまご粥を作るための菜箸を片手に「体調管理もできねーのか!」と怒鳴ることだろう。

「気をつけようっと……。あ、ところでなんで今日は誠一さんいないの?」

「誠一なら、呼び出しを受けたようだ」

「ああ……」

 雪緒は目を伏せ、手袋(これも誠一お手製である)の毛糸のボンボンをいじった。その仕草を見て、真は雪緒の頭を自分の胸元に引きよせた。


 驚くべきことではあるが、この地域ではいまだに「○○高校の××ってヤツが強いらしいぞ」「負けてらんねぇ、アイサツしに行ってやろうぜ」という会話が成立している。城山学園は比較的おとなしい学校ではあるが、その分誠一の存在は際立ってしまっていた。おかげで時折、他の高校の柄の悪い連中から「呼び出し」を受けてしまうのだ。

「大丈夫だ。あいつは負けない」

「それでも、万が一ってことがあるでしょ」

「その万が一のために俺がいるんだ」

「終わってからしか行かないくせに」

「俺が行くのはあいつが負けないようにするためじゃない。あいつの敵討のためだ」

「負けるの待ってるワケ?」

「負けない。だから俺の出番はない」

「意味わかんない」

 まったく顔色を変えないが、雪緒がへそを曲げたことをすぐさま察知した真は苦笑いを浮かべた。

「雪緒。そうすねるな。誠一がまた困るぞ」

「すねてないよ」

「嘘をつけ。俺にはすぐわかるぞ」

 真は深緑色の手袋をした手で雪緒のほほをくすぐった。

「そろそろ終わっただろう。お土産を買って、迎えに行こう」

「……うん」


 誠一はポリバケツの上に置いておいたカバンとコートを取り上げた。隣の怪しげな店の通気口から流れる臭いが移ってしまっていないかが気がかりだった。

 吐く息は白いものの、暴れたおかげで体は熱い。誠一はうめき声をあげて地面に這いつくばっている少年たちを一瞥し、その場をあとにした。鼻筋を狙って鼻血を出させるだけで、大抵の連中の戦意は喪失する。今回も同じで、ここに倒れている人数よりも逃げて行った人数のほうが多かった。

 案外早く終わったな、と誠一は首の骨を鳴らした。怪我はない。悲しいことにケンカダコができた右拳は、多少の衝撃では痛みも感じない。

 夜にこそ華やぐ店が並ぶ裏通りのパーキングエリア。狭いうえに両側からのしかかるように生えたビルのおかげで日が当らない。昼間に通りかかる人間はほとんどいないし、城山学園からも適度に離れている。誠一は「呼び出し」に応える際にはいつも必ずこの場所を指名した。

 細い道を大股で歩き、大通りに一歩踏み出したところで誠一は足をとめた。

 幼馴染2人が並んで立っていたからだ。しかも、片方は大きな瞳に不満の色をにじませている。

「よう。今回もあっさり終わったみたいだな」

「……おう」

 誠一は軽くうなずくが、あっさり終わるのはここまでだな、と心の中で嘆息した。拳で片付く問題のなんと簡単なことか!

「誠一さん」

「なんだよ」

 誠一は雪緒と視線を合わせない。

「肉まん。まだ温かいよ」

「……おう」

 誠一は瞠目しながら、雪緒が差し出した紙袋を受け取った。開けたとたんに湯気がたちのぼり、なんとも食欲をそそる香りが鼻をくすぐった。

「雪緒。俺にもくれ。食べながら帰ろう」

 真が雪緒の背中を押す。そして誠一に向け、どうだと言わんばかりの得意げな笑みを向けてきた。

 誠一はけっと口元をゆがめる。


 誠一が丁寧に「呼び出し」に応えるのは、校門前で待ち伏せされるのが嫌だからだ。高くもない評判をさらに落とすことになるし、一方的に殴られるのも我慢できない。だったら素直に迎え撃ったほうが楽というものだ。

 それに、と誠一は隣で自分の顔ほどもある肉まんをほおばる雪緒を見下ろした。

 誠一には、何よりも守らなくてはいけないものがある。うかつに学園近くでからまれて、むざむざとソレを危険にさらすことはできなかった。そして自分がその場を離れても、ソレのそばには信頼できる男がついている。だからこそ誠一は安心してあの場所で「呼び出し」を受けるのだ。

 いつしか減るだろうと思っていた「呼び出し」の回数が一向に減らないことが誤算であったが、そんなことはもういい。諦めた。

 毎回毎回誠一を悩ませるのは、別のことだったのだが。


 今回は真がうまくやってくれたようだな。

 誠一は内心ほっとしながら肉まんの最後のひとかけらを飲み込んだ。

 そんな誠一の心を見透かしたようなタイミングで、雪緒はすかさず

「誠一さん、なんか脂っぽい変なニオイがするー」

と露骨にそっぽを向いて見せた。ご機嫌は完全にはなおっていないらしい。

「……悪かったな」

 雪緒は肉まんから顔を離し、じっと誠一を見つめた。

「あとで全身消臭スプレーかけてあげる」

「そりゃどーも」

 真は肉まんの湯気でくもった眼鏡を拭きながら、素直ではない2人の幼馴染を見守っていた。


 

 

 




次回は新たな登場人物が加わり、お話が動いていく予定です。


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