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第4話 生徒会室での3人組 




「大変だね! こんな仕事、放課後にやらなくちゃいけないなんて……」

 やわらかい響きの女の子の声。少し震えているのがかわいらしい。しかし、それに答える男の声はなんとも無愛想である。

「たいした作業ではない。それぞれの書類に署名して生徒会印を押すだけだからな」

「あの……手伝おうか?」

「この仕事は生徒会の人間しかやってはいけないことになっている。君は違うだろう」

「そっか、ごめん……。でも、書類を分けたりとか渡すとかできるし! 効率あがるよ?」

「今やっているのが俺が一番やりやすい方法だから、余計なことはしなくていい」

「そ、そっか……。ごめんなさい」

 女の子はしゅんとしおれたように黙り込み、猛烈なスピードで紙の束をめくる音だけが聞こえてきた。



「真さんってバカですね」

「真はバカだな」

 雪緒と誠一は、給湯室の扉のそばにうずくまって耳をコップに押し当てていた。そんなことをしなくても十分に隣の会話は聞こえるのだが、これは気分を出すための小道具だ。扉をはさんだ隣の部屋は生徒会室であるが、今そこは生徒会副会長である真と、彼と同学年らしい女生徒の2人きり。

 人気のない生徒会室は、対真用の定番の告白スポットである。常識こそないが根は真面目な真は、誰もやりたがらない事務作業を一手に引き受け、時折こうして1人で居残っている。そのときこそ、真に想いを伝える絶好の機会なのだそうだ。

「真さん、顔は綺麗だから」

「成績はトップクラス、運動神経も抜群だしな」

 こそこそと耳打ちしあいながら、2人はやれやれと肩をすくめた。

 

 生徒会室には隣接して給湯室があり、そこにはちょっとしたお茶菓子と飲み物が常備されている。3人組の数少ない理解者の1人である城山学園の女傑・生徒会長の二本松清香は、真の仕事に対する報酬として空いている時間に限り生徒会室を開放してくれていた。

 今日も真をからかいつつも2人でティータイムを楽しもうとしていたのだが、予期せぬお客様が訪れたというわけだ。「宮田くん、ちょっといいかな?」という控えめなノックを合図に給湯室に隠れることにはもう慣れた。

 今まで幾度となく同じシチュエーションで、取り付く島もない真に撃沈していった女生徒達を目に(正確には耳だが)してきた。これでまた真なんかに泣かされる女性が増えるのか、と雪緒は嘆かずにはいられない。

 しかし座って紅茶を飲みたいのではやく諦めてくれないか、とも思ってしまうのが正直なところである。

「あの野郎がとんでもないバカだってことにどうして気付かねーんだか」

「パッと見ただけじゃ伝わらないんだね」 

 真は鼻筋の通った優しい顔立ちをしている。線が細い割に筋肉質な体格はボクサーのそれにも似て、腹が割れているというのが本人の自慢である。勉学も毎日の予習復習は学生として当然のこと、と真顔で言ってのける。

 見た目はまさに眼鏡をかけた王子様だ。

 だが中身は王子には程遠く、真面目も行き過ぎれば短所にしかならないことを証明してしまっている悲しい男だ。

 彼女たちが何のためにわざわざ用もない生徒会室に訪れているのかいい加減わかってほしいが、真にはまったく通じていない。だから「俺たちがいることは絶対に言うな」と毎回言い含めなくてはいけなかった。これだけ鈍感な男、どこがいいのだろうか。

 誠一と雪緒はため息をつきそうになったが、気を取り直したような女の子の

「じゃあ、お茶でも淹れてあげる!」

という華やいだ声にビクリと体がはねた。

 せまい給湯室だ、流しの下に雪緒は隠れられても、誠一が入るようなスペースがあるはずはない。窓から飛び降りようにもここは3階だ。

 どこへ身を隠そう、とあわてる2人を安心させるかのように、落ち着いた真の声が響いた。

「いや、結構だ。それより申し訳ないが、君の左隣にある棚から青いファイルをとってもらえないか」

「うん、わかった!」

 頼まれたことがよほど嬉しかったのか、女の子がパタパタと足取り軽く動く気配が伝わってくる。

 真にしてはうまいアドリブだ、と雪緒はほっと息をついた。窓のサンに足をかけていた誠一もこそこそと戻ってくる。

「あ、これ花山先生の字だね」

「そうだな」

「花山先生って字は汚いけど、生物の授業わかりやすくておもしろいよね」

「ああ、俺もそう思う。この前の人体については特に……」

 急に話がはずんだ扉の向こう側に、今度は呆れではなく驚きで2人は顔を見合わせた。

「すごい。真さんが楽しそう」

「まァ、アレは筋肉の話題だからかもしれねーが……」

 話の内容はイマイチだが、チョイスはまさに真好みだといえる。思わぬ真の好反応に、誠一と雪緒はコップを放りだして直接扉に耳をあてた。

「ふふ、そういえば飯田先生も字は特徴的だよねー」

「言えてるな。俺もノートをとるのに苦労する」

「えー、宮田君が!? でもすっごくキレイで見やすいノートだって評判だよ?」

「そうだろうか」

「うん、今度テスト前に見せてもらおうかな」

 しおれかけたところで水を与えられた花は、再び咲きほころんだ。色恋というのは複雑であるが、他人のを見ているとこれほど滑稽なものはない、と誠一は舌打ちしたい気持ちになった。

 雪緒は誠一とは違い、立ち直りの早さに素直に感心している。

「ねえ、誠一さん。恋する女の子って強いね」

「ああ。あれだけの会話であそこまではしゃぐんだからな」

 とはいえ、実際真に対してこれだけ会話が続いた例はマレである。今までにないことが起きるかもしれない、と野次馬根性が騒ぎだしてきた。


 だが、しかし。

「教わっている教師が同じなようだな。君はどこのクラスだ?」

「……あたし、宮田君と同じクラスだけど」

 春のようにぽわぽわと温かかった空気が、一瞬で凍りつく。

「あ、すまない、目に入っていなかったようで……」

「もういい。あたし、帰るね」

 冷え切った声音がしたかと思うと、いくらも経たぬうちにビシャン!と大きな音を立てて扉が閉められた。


「なんだったんだ、一体。おい、誠一、雪緒。なんだかわからんが彼女はもう帰った。出てきて平気だぞ」

 給湯室の扉を開けて2人を呼ぶ真の顔には、罪悪感も後悔も反省も、なにもない。

「………」

「………」

 誠一と雪緒は、今度こそ大きなため息をついた。

「やっぱり真さんって」

「バカだな……」

「な、なんだいきなりお前ら!」

 


  


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