第2話 ある朝の3人組
冬の空は薄い青だ。
天気はいいが、まだ空気があたたまっていない。朝の7時を過ぎて、閑静な住宅街はようやく動き出そうとしていた。
せまい土地を最大限に利用しようと考えられた造りの家は、三つ子のように三軒ちょこんと並んでいた。そのうちの一軒から出てきた真は、ぴんぽーん、と隣の家のチャイムを鳴らし、返事が聞こえる前にさらに隣の家の前に移動した。またチャイムを鳴らす。
これが真の朝の日課だ。
「おはよう、誠一!」
「……おう」
のっそりと出てきたのは誠一だ。眠りの浅い誠一にとって、朝日は天敵だ。目元の筋肉がひきつり、凶悪な顔がより凄みを増していた。
「相変わらずのひどい顔だな!」
「うるせぇよ、お前は相変わらずムカつくほどイイ笑顔だな」
「当たり前だ、早寝早起きは基本だからな」
嫌味も通じず胸をはる真に、誠一は重い頭が余計に重くなるのを感じた。思わずうなだれたとき、誠一のわき腹に何かがトスンとぶつかった。
「お、はようございまプス――――……」
眠りは深いが何時間でも眠っていたい雪緒だ。なんとか玄関を出てきたのはいいが、誠一にぶつかったまま寝息を立て始めた。その目は完全に閉じられている。
「おはよう。起きろ、雪緒。朝食は食べたか」
真の問いかけにも答えない。
雪緒の首根っこをつかんで立たせながら、誠一は髪の乱れを整えてやった。やわらかく癖のない雪緒の髪は、手櫛ですいてやるだけで素直にまとまる。
「ん―――……」
雪緒が右手に持っていたゼリー飲料を真に見せると、のろのろとした動きでそれを自分の口にあてがった。
「いい加減ブドウ味飽きた……」
「ゼリーではなく米を食べればいいだろう」
まさに正論であるが、真の言葉に雪緒は首を横に振る。
「食べる時間があるなら寝ていたい……」
雪緒のいぎたなさは筋がね入りだ。雪緒の部屋には目覚まし時計3個が常備されているが、雪緒を完全に目覚めさせることはできずにいる。
「まったく、しかたないヤツだな」
真は苦笑を洩らすと、雪緒の左腕をとった。誠一はもの言いたげな視線を真に向けるが、何も言わずに雪緒の右腕を同じようにつかむ。そしてそのまま雪緒をずるずるとひきずって道を歩き出した。
小柄な雪緒が背の高い2人に連れて行かれる様は、まさに「宇宙人捕獲絵図」である。
だが、近所の奥様方や犬の散歩をしているご老人方から不審な目で見られることはない。
これも毎朝の風景の一部となっていたからだ。
「相変わらず起きないな、雪緒」
真は感心したように言った。そして眼鏡を光らせながら少しだけ上にある誠一の顔を見た。それに気付き、誠一は口元をひくつかせる。
「誠一、俺は思ったんだが」
「言うな。聞きたくない」
「朝、俺がコイツをランニングに誘うのはどうだろう」
「やめろ」
真の提案を、誠一は間髪いれずたたき落とした。
「なんでだ! 健康にもいいし、雪緒は朝食をしっかり食べられる。いいじゃないか」
「……お前、朝何時に起きて何キロ走ってる?」
「4時に起きて15キロ走っている」
「付き合えるか!」
勉強もできるしスポーツも得意な真は、校内では文武両道を地でいっているように評価されている。しかし真実は、己を鍛えるということに妄執ともいえる情熱をそそいでいる体力バカだ。
「そうか? 雪緒も案外体力があるから、少しずつ慣らせば……」
「慣れる前に倒れるぞ」
「それは困るな」
真はしぶしぶと言った様子で引き下がった。だが、またすぐに立ち直る。
「なら、こういうのはどうだろう」
「お前のアイディアは何一つ聞きたくねぇんだよ!」
「雪緒は正攻法では起きないことは証明済みだ。なら、起こすことではなく運搬法を考えよう」
真の耳は器用に誠一の訴えをスルーする。真は雪緒の腰をがっしりとつかむと、犬猫を扱うかの如くひょいと持ち上げ、肩に担いだ。
「こうやって運ぶというのは」
「ぶっ……」
雪緒の顔面が勢いよく真の背中にぶつかる。
「ん?」
「鼻つぶれんだろ! せめて抱っこか背負うかにしろ! っていうか運搬って言うな!」
誠一はあわてて考えなしの幼馴染から雪緒を取り返す。
「甘やかしすぎるのはどうかと思うが」
「てめぇのは虐待なんだよ!」
悲しいことであるが、やはりコイツは頭のネジが何本かぶっ飛んでいる。誠一はそう思わずにはいられない。
「ん、ん―――」
「お、効果があったじゃないか。雪緒が起きたぞ、誠一」
「さっきのは運搬手段つってただろうがっ。おい雪緒、平気か」
さすがの騒ぎに雪緒はむずがって声を上げた。誠一は真に変わり、雪緒をあやすようにゆすりながら胸に抱いてやる。
小さな鼻先が少しだけ赤くなっているような気がするのは、やはり顔面に受けた衝撃のせいか。こんなんでも一応女の子、と誠一が青くなっていると、雪緒はまつげを震わせてまぶたを開けた。
「……うるさくて眠れないんですけど……」
「………」
誠一は無言で雪緒を下ろすと、右手で雪緒の首根っこをひっつかみ、左手で真の頭蓋を握りしめながら歩き出した。
「あ、ちょ、誠一さん? 私起きました、起きましたよー」
「ぐあああああ、待て、誠一! これは痛い、かなり痛いぞ!」
「もういい。お前らに付き合ってたらいつまで経っても学校につかねー。このまま行く」
誠一は宣言通り、城山学園高等部の校門をくぐるまで2人から手を離さなかった。真と雪緒の悲鳴がBGMだ。
毎朝こんなことをやっているから『謎の3人組』扱いされていることに、本人たちは気づいているのかいないのか。
第2話を読んでいただき、ありがとうございます!
3人組はいかがでしょうか?
淡々と過ごしながら変化を迎える彼らを、どうか見守ってやってください。
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