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第17話  ひさびさの3人組 




 ピンポーン。


 間抜けなチャイムの音が、誠一の上にのしかかる。

「俺が出よう」

 そう言って部屋を出る真を見送ることもできず、誠一はベッドにつっぷして倒れこんだ。

 もう、こうなってはどうしようもない。

 とんとん、という軽快に階段を上る音が2つ重なって聞こえてくる。


「こんにちは」

「……よう」

 正面から向き合うことができず、誠一はうつぶせになったまま返事をした。

「起きてる?」

「起きてる」

 耳の傍で聞こえる澄んだ声音に、誠一は動けなくなってしまった。

「せぇーいーちさーん」

「ぐぇ」

 ぽす、と背中にまたがってきた重み。

「おーきーて」

「起きてるって言ってんだろ……」

「真さん、こんなこと言ってるけど」

「往生際が悪いぞ、誠一」

 誠一はしっしっと背中にへばりついているモノをどかし、ようやく身を起こした。

 そしてベッドの横に立つ彼女をようやく視界に入れた。思った通り、ご機嫌斜めのようだ。

「お久しぶり、誠一さん」

「ああ」

 さっそくチクリとトゲをきかせてきた雪緒を前に、誠一は深く深くうなだれるのだった。


 誠一は真以上に雪緒との接触を断った。絶縁宣言すら真を通して伝えただけだ。それには大きな理由があった。

「ったく、やっぱりカサカサになってるじゃねーか。クリーム塗れって言ってんだろ!」

「だって、ごはん食べて洗ってトイレ行って洗ってってやってたら忘れちゃうよ」

 ベッドに並んで座った雪緒は、さっそく誠一から怒られていた。

「めんどうくさがって手ぇぼろぼろにしてりゃ世話ねーよ。真、机の上に缶あるだろ、それ取れ」

「これか? ビーズが入ったこんなでかい缶、何に使うんだ」

「バカ野郎、それじゃねーよ! 察しろ! 右端のだよ、ハンドクリームって書いてあんだろが」

「ああ、これか」

 誠一は真が放った小さな丸い缶を受け取ると、黄色がかったクリームを少しだけとり、雪緒の手にすりつけていった。無骨な手が器用に動き、雪緒の小さな手をつつむ。

「ありがとう、誠一さん」

「次からは自分でやれよ」

「もうそのセリフ耳にタコー」

「お前がやんねぇからだろが!」

 誠一がかみつくと、雪緒は目元をわずかにゆるめ、ようやく笑って見せた。

「そう、私はやらない。だから誠一さんのそばにいるの」

 ぐっと言葉につまる誠一を見て、真が楽しそうに笑った。

 それぞれがくすぶった気持ちを抱えていたというのに、3人そろってみればたった一瞬でいつも通りだ。


 誠一は弱い。とにかく弱い。何にとは言うまでもない。

 雪緒にだ。

 もしも雪緒がそばにいたら、遠ざけるどころか自分から世話を焼きに近寄って行ってしまう。もしも機嫌が悪いようなら、どうにかしてあやさなくてはならないような気がしてくる。

 絶交だと言い放ったところで、「なんでそんなこと言うの、誠一さん」とまっすぐ見つめられたらもうダメだ。その上ぺたーっとひっつかれたら、誠一に拒否権はない。

 そして恐ろしいことに、雪緒は誠一が自分に逆らえないことを知っている。

 だからこそ雪緒を遠ざけた。

 雪緒も、誠一が納得しないまま絆されるのを良しとせず、誠一の気持ちをくんだのだ。しかしもう限界だった。


「やっぱりこれが一番落ち着く」

 真は満足げに言った。

 誠一と雪緒も同意見だった。今となってはあの2週間がばからしくてしかたがない。だが、問題は何も解決していなかった。

「ところで真さん、誠一さん。私、なんでいきなり呼ばれたの」

 雪緒は2人の顔を順番に見た。

「ああ。俺たちだけで話し合っていたんでは、何も解決しないんでな。雪緒にも来てもらったんだ」

「何を解決するって?」

 首をかしげた雪緒の顔をのぞきこむようにして真は言った。

「雪緒。俺は幼馴染としてではなく、女としてお前が好きだ」

「な」

 ど真ん中の剛速球に、雪緒は白い頬を一瞬で赤く染めた。

 横でそんなやり取りをされた誠一はたまったものではない。いきなり何を言い出すんだコイツは! と今まで何度突っ込んだかわからないセリフを復唱する。だが、真はさらにとんでもないことを言ってのけた。

「おい、誠一。次はお前だ」

「はあ!?」

「こうしないことには話が進まない」

 真は至極当然、とあごで雪緒をさした。先ほど告白した相手にとるような態度ではない。

 雪緒は目を丸くさせ、いつもの無表情をどこにやったものかおろおろとしている。

 真の言いたいことはわからなくはない。ここでハッキリさせようというのだろう。そのためにはまず自分の気持ちを伝えろ、ということらしい。

 だからってなんだってこんな……。

 ゴクリ、と自分が喉を鳴らす音がやけに大きく聞こえた。雪緒にも伝わってしまったらしく、こちらを見上げてくる。

 誠一は口の端がひきつるのを感じた。

「早くしろ」

「うるせー、真! 誰もがお前みたいだとは思うなよ!」

 ああ、ちくしょう! 文句ならばいくらでも言えるのに! 誠一はののしったが、雪緒の不安と期待の入り混じった顔から目をそらすことができなかった。

「あー……。その、だな。雪緒」

「うん」

「……まあ、そういうことだ」

「なんのことだ」

「真、お前は黙ってろ!」

「真さん、ちょっと口閉じて」

「なんだお前ら、人をなんだと思ってるんだ」

 真があからさまにふてくされるが、もう構っていられない。とにかく目の前の問題をさっさと終わらせねば、と誠一は呼吸を落ち着けた。

「えー、俺は、だな」

「うん」

 雪緒の瞳に、自分の情けない姿が映っていることに気付いた誠一は大きく息をついた。

「……はァ。もうだめだ」

「なんでダメなの! あとひと押し! 誠一さん!」

「ああ……」

 うなだれてしまった誠一を、雪緒は肩をゆさぶるようにして励ました。なんでいきなりこんな展開になってしまったのかはまったくわからないが、今を逃せば誠一は遠ざかるだけで二度と歩み寄ってはくれない気がした。雪緒はなんとしてもここで言質を取っておきたかったのだ。

「………雪緒」

「はい!」

「――――――――――――――― 好きだ」

 長い沈黙の後の、蚊の鳴くような小さな声。

 それでも聞き逃すことなく、雪緒は感極まったように目をうるませて誠一の胸に飛び込んだ。

「あ、おいコラ。俺のときと全然違うぞ、どういうことだ雪緒!」

 真がべりりとひきはがすと、雪緒は今度は真にしがみついた。

「やった! やった!」

 雪緒はぐりぐりと真の胸に額をこすりつけながら、何度も言った。

 何がやったなのか、正直自分でもわかっていなかった。

 雪緒は真のように鈍感ではない。真の気持ちも、誠一の気持ちもとっくに知っていた。だが、やはり言葉で直接伝えられた嬉しさと安心感はたまらなかった。

 子どもじみた思いだとはわかっている。それでも、ようやく自分のものになった、という独占欲が雪緒を満たしていた。

「じゃあせっかくだ。雪緒からも言ってもらおうか」

 真は腕の中の雪緒に言った。

「え?」

「俺たちばかりでは不公平だからな。言え。雪緒」

 雪緒ははっと背筋を伸ばすと、わざとらしく咳払いをして正面から真に向き直った。

「えー、と。真さん」

「なんだ」

 真も真正面から雪緒を迎え撃つ。

「真さん、好きです」

「それは親愛だけでなく、恋愛感情をもって、だな?」

「疑り深い」

 恨みがまく雪緒が言うと、真は優しく笑った。それでも耳と首筋が色づいているので、雪緒は少し気分をよくした。

「重要な点だ。はっきりさせないとな」

「1人の男性として、真さんが好き」

「うん」

 真は満足げにまたうなずいた。

 さて、と雪緒は次に誠一の前に立った。

 ベッドに座った誠一と立った雪緒の頭の位置は、ほとんど同じくらいにある。

「私は誠一さんが好き。もちろん恋愛感情をもってして、です」

 誠一は何かこみあげてくるものをかみしめるように、ゆっくりとうなずいた。



 誠一はおだやかに微笑んだ。鬼の面にかわいらしいリボンをつけたような不自然さがあったが、それにおびえる人間はこの場にいなかった。

「雪緒。お前はどうしたい」

「え?」

「気を使う必要はないんだ。お前がしたいようにしていい。恨みっこなしだろ、こういうのは」

「……」

 雪緒からは興奮も喜びも消えていた。ただただ悲しそうだった。

 こんな顔を見たくなかったのに。誠一は心が痛んだ。こんな選択を雪緒にはさせたくなかった。真に乗せられるようにして告白してしまったが、やはり自分は間違っていたのか。

「私には選べない。真さんと一緒にいたい。でも、誠一さんとも一緒にいたい」

 誠一は痛ましげに雪緒を見つめた。

 誠一が口を開こうとしたとき、それをとめるように真がパン、と手を打ち鳴らした。


「さて、これでわかったな!」

 真は輝くばかりの笑みを浮かべていた。

「何が?」

「何の話だ」

 お前、今のやり取りの意味わかってる?

 感傷的な気分を壊された誠一と雪緒だったが、真は一切気にしない。いや、気づいていない。

 仁王立ちした真は、首をかしげている2人に対して首をかしげてみせた。

「なんだと? わかってないのか、お前ら」

「お前のぶっ壊れた思考回路なんて読めねーよ」

「右に同じ」

 ねえ、と雪緒と誠一が顔を見合わせて小馬鹿にしたような態度を示すと、真も負けじと鼻を鳴らした。

「誠一、つまりお前が間抜けだったということだ」

「はぁ?」

 まさか真に言われるとは思わなかった。そんな様子で聞き返す誠一に、真は顔色一つ変えずにもう一度言った。

「間抜けだ、といったんだ。お前が離れようとする必要なんかなかったんだ。簡単なことじゃないか、三人でいればいいだけの話だろう」

 真は2人の顔を交互に見た。

「いいか、よく聞け。雪緒もだぞ。俺は雪緒が好きだ。雪緒のそばにいたい。だが実際どうだ、誠一がいないとどうにも雪緒とうまくいかない。それはなぜか? 俺が誠一を恋しがる雪緒をあやせないからだ」

「あやすって……」

「真実だぞ、雪緒。誠一はお前を甘やかすのがとんでもなくうまいからな。そして、誠一のそばには俺がいなければならない。しかし2人だけだとダメだな、誠一は頭が固すぎてすぐに眉間にシワが寄る。俺はなんでか知らんが怒鳴られてばかりだ。雪緒という円滑剤が必要不可欠となる。そして誠一と雪緒、お前らが2人になったとしたら、雪緒は甘やかされるばっかりで煮詰まり、何らかの理由で俺が恋しくなるぞ。なにせ雪緒は俺のことも好きなんだからな」

 雪緒は真の意図を正確に読み取った。

 自分がダダをこねるのではない。真流論理で誠一をその気にさせるのだ。

 真はいつもこうして無理やりな論理展開を行い、慎重でごくごく常識的な誠一に免罪符を与えてきた。だから誠一は行動できる。一方で真は何があっても誠一が支えてくれる、という信頼をもっているから突飛な行動ができているのだ。雪緒はくやしいながらも、そういった2人の関係もよく理解していた。

 真の推測はほぼ正解であるが、雪緒と誠一が2人だけになった場合は想定する必要はないだろうと雪緒は思った。今回身を引こうとしたように、誠一が真を気遣ってそんな状況を作らないからだ。もし万が一、そばに真がいないなんてなったら、雪緒は誠一をひきつれて精一杯のダダをこねるだろう。対真の説得ならば、方法が単純明快なほど効果が上がる。

 真の思考回路は少々常識外れではあるが、これしかない。

 口をはさもうとする誠一を抑えつけながら、目だけで真に先を促した。

「つまりだ。俺たちはそれぞれの一辺を担って正三角形を作っていないと、どうにもうまく動かないんだ。なに、今までの幼馴染としての友愛が恋愛に変わるだけだ。問題ない」




 ネジぶっとんでんじゃねえか、と思うことが多い幼馴染だったが、まさかここまでとは。誠一は返す言葉もない。どうしたものか、と戸惑っていると、ここでまさかの援護射撃が加わった。

「そう……だね。真さんの言うとおり」

 しかも、真の方に。

「おい! 雪緒まで何言い出してやがる」

「だってそうでしょ。誠一さんだって真さんと一緒にいたいでしょう。でも誠一さんも真さんも私を好きでいてくれるんでしょう。万々歳」

「いや、それじゃマズいっつってんだろうが」

「なんでだ」

 真は心底ワケがわからない、という顔をしている。それが誠一には腹立たしい。

「だから、女一人の男二人じゃ計算あわねーだろうが!」

「誠一に対して嫉妬しないワケではない。だが誠一だから雪緒にふさわしいと思えたんだ。そして俺は雪緒にも嫉妬する。なんだか時々お前たちばっかり通じあって、俺が外されたような気持ちになる。しかしそれでも雪緒なら許そうと思えるんだ」

 誠一は言い返せなかった。

 お似合いだと噂されている2人の仲睦まじい姿を見ていられなくなったことは数え切れない。雪緒に気を取られて自分の話を聞かない真に対し、額に青筋を浮かべたことだって多々ある。

 雪緒も同じだった。どうしても入り込めない男同士の友情には何度も歯がみした。

 それでもいいかと思えたのは、誠一が、真が、雪緒が、他の誰よりも信頼に足る相手だったからだ。

「そして今、雪緒は俺たちを選んだんだ。そうだろう?」

 いきなり話をふられた雪緒は戸惑いながらもうなずいた。それを見てほらな、と真は胸をそらした。

「俺だって同じだ。雪緒もほしいが、お前もほしいんだ。欠けたら意味がない。お前は違うのか」

「……」

 誠一はまたもや言い返せない。

 本音なんて言えなかった。それは非常に甘い誘惑であったが、あまりに倫理に反しているように思えたし、常識外れだった。

「誠一さん、なんでダメなの」

 雪緒の問いかけに、誠一は自分の頭をガシガシとかきまわした。

「お前なァ、それじゃ後々大変だろうが! 雪緒、お前はそうやって俺らと付き合っていって、周りからどう思われる? 二股扱いされていじめられるかもしれないんだぞ! それに結婚とかどうするんだ。子どもは……って、あ」

 思わず自分の口から出た言葉に誠一はかあっと顔を赤らめた。対象的に雪緒の瞳は喜色に染まる。

「うれしい。私と結婚まで考えてくれてるんだ」

「あああああああ! 今のは言葉のあやだ! つまり、一般常識的におかしいだろ! 3人じゃ!」

「そこが馬鹿だというんだ、誠一」

「そうそう。そんなものにとらわれてたら人生楽しくないよ、誠一さん」

「お前ら……」

 誠一を真ん中にしてベッドに座った真は、がっしりとその肩に腕をまわした。雪緒はべったりと誠一の横っ腹にしがみつく。


 いつもこうだ!

 誠一は心の中で叫んだ。見た目に反して破天荒なことばかりやらかす幼馴染のストッパー役を自認しているというのに、なんだかんだで最終的には引っ張り込まれてしまう。

 今時の学校ってもんは何を教えているのか。学力ばっかりあってもダメだ、という見本がなんだって2人も自分の前にいるのか。

 俺にはこいつらに抗えない。

「諦めましょ、誠一さん」

「ああ、認めた方が気が楽になるぞ」

「うるせェよ! 開き直るな!」


 正直なところ、この先面倒なことで山積みになるだろう。世間というのはそういうものだ。だが、どうしたことか。そんな面倒事を回避するよりも、この3人でいることにより価値を見出してしまう自分がいる。

 誠一は大きくため息をついた。

「あー、もういい。しばらく考えんのはやめだ……」

 両脇から嬉しそうに笑顔を向けられるが、誠一は反対にどんどんと顔を険しくしていった。

「お前らには付き合い切れねーよ」

「まあまあ、そう言わず」

「とことん付き合ってもらおうじゃないか」

 真と雪緒は、もう離すものか、と腕に力をこめたのだった。







次回で最終回です。

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