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第15話 誠一と真  その2



 真は黙ったままの誠一に対し、仕方がないとばかりに首を振った。

「だんまりを通されたら、もう俺にできることはないな。最終兵器を出すしかない」

「あ?」

 真は携帯電話を取り出すと、どこかへ電話をかけ始めた。

 それを見て誠一はビクリと背筋を震わせる。

「ま、待て! それはまだ早い、わかった! 少し待て!」

 誠一は飛びかかるようにして真から携帯電話を奪い、電源を落とした。それだけで誠一は肩で息をしている。真はもう一度鼻をならすと、鷹揚に手を振った。

「そうだな。まずはアイツ抜きで話そうか」

 この野郎、と誠一は手の中の携帯電話を握りつぶしそうになった。まったくもって憎たらしい男だ。

 しかし、ここでアイツに登場されては困るのだ。誠一はおとなしく従うしかなかった。

「―――――なァ、真」

「なんだ」

「お前、雪緒が好きか」

「好きだ」

「そうか」

 思わず誠一は笑ってしまった。あまりにも率直な問いかけに我ながら恥ずかしくなったが、それ以上に率直な真の答えが誠一を動かした。まわりくどいことは真には通じないだろうし、もう面倒になってしまったのだ。真相手に取り繕おうとする自分がおかしかった。

「真、頼む。俺が心配しなくていいくらい常識持て。そんで雪緒のそばにいろ」

「俺が非常識みたいな言い方するな。で、お前はどこにいるつもりだ」

「どっかその辺」

「お前は俺の話聞いてたか?」

 真が眉間にシワを寄せるが、反対に誠一は苦笑いした。

「雪緒はお前になら任せられるって言ってるんだよ、真」

「お前は雪緒の父親か。お前こそどうなんだ」

「……ふん」

「いい加減認めろ。俺は最近自覚した」

「最近!?」

「ああ。信頼できる幼馴染から、もう一段階上がりたいと思うようになった。雪緒がお前のことで愚痴を言うようになってからだな。ある意味お前のおかげだ」

「おいおい、マジかよ……」

 誠一は呆れたようにつぶやいた。

 本人は隠していたつもりかもしれないが、真が雪緒に対してそういった感情を抱いているのは誠一にはお見通しだった。だが、真は恋というものを自覚しきれていなかったらしい。

「で、俺がそうなんだからやっぱりお前もだよな、誠一」

「お前みたいな単細胞と一緒にするな!」

「一緒だ。お前は雪緒が好きだろう」

 当然だろう、と言い切られて、誠一は肩をすくめてうなずいた。

「そうだな。好きだ」

「それなのになんだって遠ざける。今まで通りでいいじゃないか」

「そうはいかねーだろ」

 

 あの停滞した空気が心地よかった。真がいて、雪緒がいて。しかし、その状態で誠一と真の2人から想いを向けられれば、雪緒はどちらの手もとれなくなってしまう。そうなったら3人でいるのは辛くなるばかりだ。

 真と雪緒が苦しみ悩む。

 誠一はそれを恐れていた。

 ならば話は簡単だ。

 1人、いなくなればいいのだ。

 それは雪緒への思いを自覚した4年前からずっと考えていたことだった。

 「あの時、俺があいつらから離れていれば」と悔やむことが怖かった。それが、誠一の避けようとした「後悔」だ。肝心なのはいつが「あの時」になるのかを見極めることだった。

 先延ばしにしているうちに時が流れてしまったが、誠一はようやく踏み切るきっかけを見つけた。


 大橋愛梨だ。


 彼女が真と雪緒を似合いだ、と評価して同意を求められたとき、誠一は決心した。

 だだをこねられることはわかっていたが、それも時間が解決してくれる。自分がいなくなっても、真と雪緒が互いだけを必要とするようになれば、何も問題はないはずだった。 


「身を引いたつもりか」

 気にいらない、と真は目元を険しくした。

「別にそういうんじゃねーよ。俺よりお前のほうが雪緒に合う」

「相手は雪緒だ。俺だけじゃ手に負えない」

「なんとかなる。俺がいないのに慣れろよ」

 誠一が困ったように笑ってみせるので、真は我慢できなくなった。もう落ち着いて話してなんていられない。懸命にはりつけていた冷静な仮面は、もうとっくにはがれおちていた。

「慣れるわけないだろう! そうやってお前は雪緒だけでなく俺からも離れようとするんだ!」

 真は立ち上がり、ベッドに座った誠一を見下ろした。誠一の睨みは重々しい鈍器に似ているが、真の睥睨は突き刺さる槍のようだった。

「俺はお前がいないとダメだ。隣が落ち着かないんだ。雪緒が好きだとかどうとかは関係ない、俺の隣にはお前がいるべきなんだ! そうでなければ……」

 勢いはよいものの、真はの顔はくしゃりとゆがんで頼りない。まるで帰り道を失った子どものようだ。


「俺はどうしたらいいのかわからない」


 真の言葉が誠一の胸につきささる。

 お前もか。俺だけじゃないのか。

 たまらない喪失感に襲われ、何もできずに動けなかったさっきまでの自分と、好き勝手に動き回っていると思っていた真が重なる。

 俺には真が必要で、真は俺が必要か。

 くだらない依存だったが、誠一と真には何よりも代えがたいものだった。ある意味では雪緒への恋慕を断つよりも辛い。

 誠一はようやくそのことに気付いた。

 また1つ、新たな「後悔」を発見してしまった。

 こうしていれば芋づる式に見つけてしまう。

 誠一は途方に暮れた。

 どうしたらいい。

 どうしたら。


 3人でいられたらいいのに。

 しかし、一度気づいてしまったものに嘘はつけない。先延ばしには限度がある。真がしっかりと自覚してしまった以上、もう逃げられないだろう。

 誠一はうなだれた。    


「……俺たちだけで話していてもダメだな、これは」

 真はふうっと大きく息をつき、椅子に座りなおした。眼鏡をかけなおすと、改めて携帯電話の電源を入れた。

「おい、それは……!」

 今度は誠一の手も届かない。真は手早くボタンを押し、目当ての人物の番号を呼び出した。

「雪緒? 今いいか」 






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