第14話 雪緒と愛梨 その1
真が誠一の家に押し掛けているころ。
出無精の雪緒は、珍しく1人で外出していた。駅前はせわしなく人が行き来しているが、雪緒はこの地域の名物であるまんじゅうをモチーフにした丸っこいキャラクター像の前に立っていた。
キャメル色のコートとマフラーに手袋、と防寒対策はばっちりなのであるが、強い風がようしゃなく雪緒にふきつける。風除けの真と誠一がいないことがこんなところにまで影響するなんて、と雪緒は理不尽な苛立ちにかられていた。
といっても、雪緒のイライラの原因は寒さばかりではない。待ち合わせの相手にあった。
「ユッキー! ごめんね、待たせちゃった?」
甲高い声を発しながら小走りに駆けよってきたのは愛梨だった。厚手のケープにふわふわのスカート、ちょっとヒールの高いショートブーツ。走ってきたからか、それとも寒いからか、頬が赤く染まっている。ポニーテールはいつも通りだが、私服の愛梨は制服のときよりも一層華やかに見えた。
「ううん、大丈夫。今来たとこ」
雪緒はこっくりとうなずいてそれに応えた。
「よかった! 寝坊しちゃってさー、もう大慌てだったんだよ。ね、どこ行こうか」
とりあえず2人で歩き出したのはいいが、愛梨は行き先をまったく考えていないらしい。
「遊びに行こう」と誘ってきたのは愛梨のほうだった。断ってもよかったのだが、電話してきた愛梨の声になんとなく思うところがあり、雪緒は誘いを受けた。
「私はどこでもいいけど」
「うーん、あたしも!」
えへへ、と笑う愛梨に影は見えない。思いすごしだったか、と雪緒は首をかしげた。
「とにかく寒いし……。あそこ入ろうか」
雪緒は若者向けのショッピングビルを指さした。愛梨も異論はないようで、楽しげにうなずいている。
「こうしてユッキーと外で会うの初めてだね! なんか楽しくなっちゃう!」
「そうだね」
たまには女同士で買い物もいいだろう、と雪緒も気分を切り替えることにした。相手が愛梨であっても、ずっとイライラしているのは疲れる。ここは少し様子見だ。
もし彼女に何か考えがあるのなら、きっとアクションを起こすはずだ。雪緒はそれを待つことにした。
雑貨・服・靴。雪緒と愛梨はのんびりと店をのぞいてまわった。かわいいを連呼して騒いでいるのは愛梨だけだったが、雪緒もそれなりに楽しんでいた。女性的な分野の買い物は1人で行くほうが気が楽なのだが、連れがあるというのも新鮮な気分だった。
愛梨は笑顔をふりまき、近寄ってきた店員ともすぐに打ち解けて話し始める。だがそれに流されて購入はせず、雪緒を連れて上手にショッピングを楽しんでいる。
「資金のないあたしたちは何買うかはよーく考えないと! 向こうの笑顔は財布のヒモ解除装置だからね! 気をつけなきゃダメだよ、ユッキー」
「大橋さんって思ったより器用だね」
「えー? 思ったよりって何よー」
愛梨はうりうり、とひじで雪緒をつついてきた。くすっと雪緒に笑みがこぼれる。とはいってもほんの少し口元がゆるんだだけなのだが、愛梨はめざとくそれに反応した。
「あっ、ユッキー笑った!」
「え」
「ユッキーいっつも顔固いからさー。笑うとめちゃくちゃかわいいのにもったいない!」
愛梨は輝くような笑顔を浮かべて言った。
「さて、次のお店行こうか! あ、あそこ並んでるティーポットかわいい~!」
愛梨は雪緒の手をひいた。「どこでもいい」と言っていたわりに、結局は愛梨のペースで行動は決まっている。
悪い気はしなかった。雪緒も女友達がいないわけではない。真や誠一抜きで遊びに行ったこともある。しかし、雪緒の鉄壁のごとき厚い精神的壁を無理やり乗り越えようと試みてきたのは愛梨だけだった。
鋭すぎる拒絶にも嫌味にも耐え抜き、昼休み以外は雪緒にまとわりついている愛梨は、今や雪緒とセットで扱われていた。でこぼこ仲良し、と見られているのだ。
面倒で、うとましくて、離れたくて。
人の感情に鋭いらしい愛梨が気づいていないはずないのだが、それでも愛梨は雪緒のそばにいた。
やっかいだと思う気持ちは変わらない。愛梨のまっすぐさや底抜けの明るさは雪緒にはないもので、イライラさせられる。
それでも雪緒は思う。
もし、彼女が私たちの関係の中に入り込もうとしなければ、良い友達になれたかもしれないのに。
休憩しようか、と喫茶店に落ち着いた2人は、温かい紅茶とケーキを前にほっと息を吐いた。
「歩いた~! 結局何も買ってないし!」
あはは、と愛梨は声を出して笑う。それに雪緒はそうだね、とうなずいた。
それからのんびりとケーキを楽しみつつ1人しゃべっていた愛梨だったが、急に黙り込んだかと思うとおずおずと雪緒の顔をのぞきこんできた。
「……そういえば、さ」
雪緒は、来たな、と思った。
「誠一センパイのことなんだけど」
「誠一さんがどうかした?」
「えっと……」
あれだけはしゃいで飛び込んできたかと思うと、急にしおらしくなってこちらをうかがう。ずっと機会を狙っていたのだ。悪いわけではない。こういった賢しさは誰でも持ち合わせているものであって、呆れるほどわかりやすい愛梨はむしろ素直であるといえる。
「あたし……実は今日、話したいことがあって」
「うん」
知ってるよ。
雪緒は声に出さずつぶやいた。
いよいよ、決着をつけなければならない。
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