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第12話 愛梨と雪緒




 金曜日の放課後、教室前の廊下を掃除しながら愛梨は懸命に口を動かしていた。ここの当番は愛梨と雪緒の2人だけだったので、気兼ねせずおしゃべりをしていられる。

「誠一センパイってやっぱり優しいよねー! あたしのヘタクソなおにぎり、ちゃんとおいしいって食べてくれたんだよ! すっごく嬉しかったー」

「そう」

「あたしが甘いもの好きって言ったら、イチゴミルクおごってくれたの、おにぎりのお礼って!」

「へぇ」

「誠一センパイ、お菓子作るのも得意なんだってー。あたしも食べてみたいなァ。今度お願いしてみようっと」

 愛梨は思わず顔がゆるんでしまう、といった具合に頬に手を当てて微笑んだ。冬の寒さなど感じさせず、のぼせたように雪緒に語っている。

 雪緒は必要最低限の相槌しか打たない。しかし、愛梨はまったく気にならなかった。自分の中の誠一のことで胸がいっぱいだったからだ。

 

 まさか、転校先でこんなステキなことが起こるなんて!

 愛梨ははしゃいでいた。

 転校初日に出会ったクラスメートは、愛梨が今まで会ったことがないほど綺麗な女の子だった。ショートカットで凛とした雰囲気を持ちつつも、愛らしさは損なわれていない。口下手でクールなところがまた魅力的だった。愛梨はこの子と仲良くなりたい!と強烈に思った。慣れていけば、きっと満面の笑みを浮かべて心の壁を取り払ってくれるに違いない。そのときこそ、あたしたちは本当の友達になれる。

 そしてそんな雪緒の幼馴染だという真と誠一。真はまさに人気者の優等生といった感じで、好感を持てた。文武両道の尊敬すべきセンパイなのだろう。そして誠一! 外見は確かに強面だ。それで学園中から怖がられている。しかし本当はとっても優しくて心配りのできる、ステキなセンパイ。

 何やら縁があって2人で過ごす時間が増えたが、日に日に誠一の良いトコロが見つかっている。

 今では昼休みが一番好きな時間だ。

 みんなが知らないセンパイをあたしは知っている!

 誠一のことをもっと知りたい。誠一は、自分のことをどう思ってくれているのだろう。 

 愛梨にとって初めての気持ちだった。

 今までだったら、「こんなにステキなセンパイのこと、みんな誤解してる。本当のことを知ってもらわなきゃ!」と奔走していたところだろう。しかし今の愛梨は違った。

 できるなら、あたしだけが独り占めしたい。あたしだけが、知っていたい! 

 否定していたものの、やはり真と雪緒はお互い好き合っているようにしか見えない。これを機におそらく2人は想いを打ちあけるだろう。

 そうなったら幼馴染として、ユッキーはきっとあたしに協力してくれるはず。

 愛梨は全てがバラ色に見えていた。そのフィルターを通した雪緒は、愛梨にとってきっかけを作ってくれた天使だ。


「……ところで、誠一さんのご機嫌なおった?」


 愛梨は、雪緒のその一言に凍りついた。

 そもそも雪緒・真と誠一の仲をとりもつために誠一のところに行った愛梨だ。

 それがどうした。自分はこの一週間、誠一に雪緒と真のことを説得しようとしたのは初日の月曜日の一度きり。それ以降はかたくなに誠一が拒んだからであるが、愛梨が誠一との時間を楽しむ方に熱を注いでしまったことが一番の原因だ。

 なめらかに動いていた口が、いきなり重くなってしまう。

「あ……、あの、ユッキーごめんね。あの、あの、誠一センパイはまだ2人と口利きたくないみたいで」

「なぜ?」

「やっぱり、たぶん宮田センパイとユッキーのことじゃないかなァ」

「私たちのことって?」

「だ、だから、2人が付き合ってるってことに気を遣って……」

「違うっていう誤解を解いてくれるために誠一さんのところに行ってくれていたんじゃなかったの」

 雪緒は愛梨に背を向けて、隅のごみをほうきで掃いた。

「あ、いや、あのね……やっぱり、正直に言ったほうがいいよ。きっとそういう態度が誠一センパイ怒らせてるんだと思うよ」

 厳しいことを言うようだが、ここはハッキリ言っておかなければならない。愛梨は急に使命感にかられた。あの誠一の優しさは、怒っているようにみせかけてじれったい2人を応援しているに違いない。ならば愛梨もそれを後押しするのが誠一のため、みんなのためになるというものだ。

「たぶん、きっと、思うよ」

 雪緒はゆっくりとつぶやいた。

「ねぇ、それって誠一さんから直接聞いたの?」

「え?」

「なんだか誠一さんの話っていうより、大橋さんの推測にしか聞こえなかったから」

 雪緒は愛梨に向かってしっとりした流し目を向けた。

 思わず同性である愛梨がドキリとしてしまうようなものだった。そのせいで雪緒の言葉のトゲに気付かない。

「え、えっと……あたし、がんばるから! ごめんね、ユッキー」

 何をがんばるのか、なにがごめんねなのか。愛梨はとにかくこのきまずい空気を終わらせたかった。

「いいの。気にしないで」

 雪緒はそれだけ言って掃除用具を片づけ始めた。

「じゃあさよなら」

 愛梨が浮かれてしゃべり続けている間に掃除は終わっていたらしい。雪緒はモップ片手に立ちつくす愛梨を置いて帰って行った。



 雪緒に対し、天使とは違う一面を見たような気がした。しかし愛梨はあえて見なかったこととする。

 だって、あたしは雪緒の友達だから。

 こんな気持ち、友達に対して抱いていいものではないから。






あけましておめでとうございます!

年をまたいでしまいましたね。間が空いてしまってすみません。


本年もよろしくお願いたします。


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