第10話 そのころの誠一と愛梨
城山学園高等部には広い中庭があり、生徒たちの憩いの場となっていた。周囲の花壇には花が植えられ、小さな池には鯉が泳いでいる。パラソル付のテーブルでおしゃべりに興じれば、気分もはずむことだろう。
ぽかぽかと暖かい春であったなら。
「なんだってこんなとこ呼び出すんだよ……!」
誠一は体をがくがくと震わせて愛梨を睨みつけた。
「せ、センパイ、すみません……!! 今が冬だということを失念していました……!!」
負けじと震えていた愛梨は、鼻をすすりながら校舎に戻ろうと指をさす。
昼休みになったとたんに誠一の携帯電話にかかってきた電話は、件の1年生・大橋愛梨からのものだった。いわく、「いっしょにお弁当を食べましょう」とのこと。
予定のなくなった昼休みであるし、誠一は深く考えずに了承した。とにかくあの2人と離れていればいいのだ。愛梨は場所をこの中庭に指定したのだが、花もなく池の水は凍りつくこの季節にはまったく適さない場所であった。
すぐさま場所を移ることにした愛梨と誠一は、結局いつもの空き教室へと向かった。ちょうど真と雪緒が生徒会室に着いたころであった。
「坂上センパイ、ごめんなさいっ! まさかあんなに寒いなんて。へ、ふえっくしゅ!」
「外って時点で気付けよな……ホラよ」
しゅん、としおれる愛梨に、誠一はポケットから温かいココアの缶を差し出した。
「え?」
「寒いだろ。飲め」
「あ……ありがとうございます!」
愛梨はぱっと頬を染めて誠一からココアを受け取る。冷え切ったせいか、小さな指先が赤くなっている。
それを見て、誠一の脳裏にふっとよぎるものがあった。あかぎれが痛々しい細い指。痒がって何度もはがしてしまうかさぶた。それでもクリームを塗らない無精者。俺がいなければ、彼女の手はあっという間にガサガサになって……っていかんいかん! 誠一はすぐさま首を振ってその考えを打ち消した。
「さっさと食うぞ。時間がなくなっちまう」
「はいっ!」
誠一はコンビニで買ったおにぎりとパンを取り出した。
「あれ……、今日はお弁当じゃないんですね」
そんな量で足りるのか、と心配になるほど小さな弁当箱を膝に乗せていた愛梨は、不思議そうに首をかしげた。
「しばらく手抜きだ」
「……ユッキーたちとケンカしたから、ですか」
大口をあけておにぎりにかぶりついていた誠一は、眉をピクリと跳ねあげて愛梨に顔を向けた。
「別にケンカじゃねーよ」
「でも! もう関わらないって……」
愛梨はハシを置いたまま、大きな目を伏せてうなだれた。
「付き合いきれなくなっただけだ」
「でも」
「うるせぇ。関係ねーんだから黙ってろ」
「……すみません」
「……さっさと食え」
のろのろと食べ始めた愛梨は今にも泣き出しそうなほどだ。それを見てまたもや何かが頭に浮かんでくる。こみあげる何かを押さえつけるように、誠一は苦々しい思いでおにぎりを噛み潰した。
「坂上センパイ……」
「んだよ」
「あの、差し出がましいんですけど……」
「そう思うなら黙ってろ」
「あう」
愛梨はハシ先を口に当ててひるんでみせる。それでも黙る気はないようで、おずおずと愛梨は続けた。
「じ、じゃあセンパイはこれから誰とお昼食べるんですか……。ユッキーと宮田センパイは2人だけど、坂上センパイは1人になっちゃうし」
「ほっとけ」
「ほっとけませんよ! あ……、そうか」
「あ?」
「あたしがいるじゃん!」
「はァあ?」
「坂上センパイ、あたしと食べましょうね!」
「いや、今食ってるだろうが」
「これからもですよ! 明日も、明後日も! ね、そうしましょう! あたしもお弁当づくりがんばりますから!」
愛梨は輝くような笑顔を見せて、拳を突き上げてみせた。
「センパイ、今度からは名字じゃなくて、誠一センパイって呼んでいいですか? あたし、センパイともっと仲良くなりたいんです」
今度は祈るように手を組み、誠一を上目づかいにのぞきこんだ。お願いお願いっ、と愛梨はおねだりをする。
こんなお願い、当然ながら誠一には初めてのことだった。後輩に懐かれたこともない。親しげに「名前で呼んでいい!?」なんて言われたこともない。どうしていいのかまったくわからなかった。いきなり元気になってぐいぐいと突っ込んできた愛梨の勢いにのまれ、誠一は思わずうなずいてしまう。
「やったーー!! じゃあ誠一センパイ、よろしくお願いします!」
「……というワケで、あたししばらく誠一センパイとゴハン食べるね! ユッキー、誠一センパイのご機嫌がなおるまで、ちょっと待っててね!」
「……そう」
意気揚々と教室に戻ってきた愛梨に、殺意をかくしきれなくなってきた雪緒であった。
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