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第1話 自己紹介を兼ねまして ある日の3人組

 


一直線上にない3つの点のそれぞれを結ぶ線分によってできあがる図形、三角形。

 その中でも、各辺の長さが相等しく内角が60度であるものは正三角形、または等辺三角形と呼ばれている。

 彼らはまさにその正三角形の体現者だ。



 これは彼らのくだらない、だが本人たちにとっては至極大切で輝かしい日常。



 冬の気配が近づいている。日が落ちる速度は日に日に増し、風にさらされるむき出しの首筋から寒気が走る。そろそろコートやマフラーの準備が必要だ。

 その巡査は、いつも通り夜の町をパトロールしていた。

 ぽつりぽつりと灯る街灯だけが頼りの道を、ゆっくりと自転車をこいで進んでいく。

 田舎らしくシャッター街と化してしまっている商店街は、夜になると一層うす暗く人気がなくなる。こういう場所にこそ非行の芽は出てくるのだ。

 とはいえ、ここ最近は平和そのもの。近隣高校は大人しい生徒ばかりなようで、聞いた問題といえば喫煙・飲酒くらいのものだ。当然禁止されるべき行為ではあるが、その程度でいきがっているようなら大きな問題を起こすこともないだろう。

 今日という日もおだやかに終わるはずだ。

 毎日同じ時間、同じように巡回していれば、どこをどう確認するかも習慣化してくる。巡査はいつものようにフイっとメインストリートの脇の路地をのぞいた。そして彼はハッと目を見開いた。ゆるみきっていた神経が一気に張りつめられる。


 華奢な体を押さえつける大柄な男のシルエット。その足元には頭を抱えてうずくまっている少年の姿も見える。


「き、君たち! そこで何してる!」

 巡査は前のめりになりつつ自転車を突っ込ませた。とんでもない、平和どころじゃない! 市民の平和は俺が守る! 

 そんな使命感にかられ、巡査は自転車を飛び降りると痛烈なライトの光を浴びせた。逃げる様子もない、3人はこちらを見て固まっている。それほど驚いたのだろう。

 大柄な男は思った通りの目つきの鋭い悪人の風貌だった。襟元を掴まれていたのは少女で、大きな瞳が光っている。おそらく涙がライトに反射しているのだろう。かわいそうに、今すぐ助けるからな! 頭を抑えたまま顔をあげた少年の顔は眼鏡がずり落ちているものの利発そうだ。それを見て彼は一瞬で全てを理解した。

 少女に下心を抱き、からむ男。それを止めようとした通りすがりの好青年だったが、暴力に訴えられてなすすべもなく倒れてしまう。あわや絶体絶命、少女の運命は……! というところに、正義の味方が現れた! 俺だ!!

「今すぐ彼女を離しておとなしくしろ!」

 すっかり自分に酔いしれた巡査が言い放ったとき、3人は予想外の反応を示してみせた。巡査を見て一斉に「しまった」という顔をしたのだ。

「あ―――……またか」

 男は少女の襟首を持ったまま、小さくため息をついた。そこに反省の色はない。だが、少女はおびえもせずに目の前の男にむかって文句を言った。

「もう、誠一さんのせいですからね」

「だからオレは言ったんだ、この場所はよくないって」

 すっくと立ち上がった少年は、意外に上背もありしっかりとした身体つきをしていた。頭を押さえてうずくまっていたとは思えないほど元気そうだ。少年は眼鏡をかけなおしながら警官に向き直ると、2人を促して頭を下げた。

「すみません、御迷惑をおかけしました」

「わたしたちすぐ帰ります」

「……すんません」

 ぺこり、と並ぶ姿は一種異様だ。

「え、なに? なんなの?」 

 巡査は思わず1人1人に指をさしながら困惑して尋ねた。

「ねえ、君たちモメてたんじゃないの?」

「ええ、ですから俺たちは知り合いで」

「じゃれあってただけでして」

 少年と少女が肩をすくめながら説明した。男にいたってはふてくされたようにそっぽを向いてしまっている。落ち着いて見てみると、彼は大人の男というにはまだ幼い。体格が良いだけで年は他の2人と変わらないのだろう。だが、その話はあまりに疑わしい。

「え、えー。嘘だァ。脅されてるだけじゃないの」

 ちょっと信じられない、と言う巡査に、彼らは態度で証明してみせることにした。

 少年が軽く男の肩に手を回したかと思うと、少女はぺとりと男の腹に抱きついてみせたのだ。それどころか左右から男の頬をつっついている。男の眉間のシワは深くなるばかりだが、抵抗するつもりもないようだ。

「……幼馴染なんで」

 男……というよりもう一人の少年は、不機嫌そうにダメ押しの一言を言った。



 次の日の昼休み、城山学園高等部の生徒指導室にて3人を前にした生徒指導教官・篠田は、うんざりといったため息を吐いた。

「またお前ら3人か。何度やったら気が済むんだ?」

「すみませんでした!」

 眼鏡がずれるのもかまわず、勢いよく上体を45度に折ったのは2年の宮田真。すらりとした体つきに

知的で繊細な容貌から女生徒の人気は高く、成績も優秀で生徒会副会長を務めている。

「宮田、お前は生徒会にはいっているんだからしっかりしてもらわないと困るぞ。それと有辺、お前もどうしてあんな時間にあんな場所にいたんだ」

「すみません。毛糸を買いに行っていたんです。8時以降も開いているお店は、商店街のほうにしかなかったもので」

 有辺雪緒は細く小さな声で遠慮がちに答えた。伏し目がちの憂いをたたえた瞳がミステリアスと評判の、儚さをたたえた1年生である。

「毛糸? なんだってそんなモン……」

 そこまで言ったところで、篠田は上から降ってくる威圧感に気付いた。困ったちゃん3人組の最後の1人だ。

 ガタイの良さだけが取り柄の体育教師・篠田と並ぶ体格。身長では完全に篠田は負けていた。口角の下がった口元、眉間に浮かんだシワ、とがった鼻先。この世の全てが気に入らない、とばかりの表情だ。白目部分の多い三白眼を向けられると、タールのようなぬぐい切れない重みが降ってくるような心地がする。入学式当日に上級生から「生意気だ」と喧嘩を売られた際、高価買取して校門を真っ赤に染め上げたことは今や伝説の一つとなっている。「眼力殺傷率120%」と名高い坂上誠一、2年生。

 篠田は思わず喉をならし、黙り込んでしまった。

 そこへすかさず助け舟を出したのが真だ。

「先生、この度は申し訳ありませんでした! もう二度とご迷惑はおかけしません」

「あ、ああ! そうだな、うん! わかったならいい、もう紛らわしい場所でじゃれあうなよ! も、戻ってよろしい!」

 ビシィっと音がするくらいの動きで頭を下げる真に、篠田は慌てて言った。一刻もはやく誠一の視線から逃れたいとばかりだ。

「……すんませんでした」

 地の底から湧きあがったような調子の誠一の謝罪は、もう篠田の耳に届いていない。

 

「失礼しました!」

 学生の鑑のようなお辞儀をする真を横目で見ながら、雪緒は口元に小さな笑みを浮かべて言った。

「もう二度と、か。品行方正・成績優秀、信頼厚い副会長サマにとっては何度だって使える手ですね。さすが真さん」

「ん? 何を言ってる。こんな迷惑、そう何度もかけられないだろう」

 まじめな顔をして首をかしげる真に、雪緒は肩をすくめた。

「何をいまさら。この手、今まで何度つかったことか……」

「やめとけ雪緒。このバカに皮肉は通じねーぞ」

「それもそうでした」

 素直にうなずいた雪緒は、先に歩きだした誠一の後を追って廊下を歩きだした。

「おい、どういう意味だ。ちゃんと説明しろ、雪緒、誠一!」


 3人連れだって歩くだけで、周囲は一気に大きくざわめく。

 すれ違う生徒は壁にはりつき、遠くの生徒は指をさしてくる。

 だがそんなこと、もう慣れっこだ。3人は生まれてからずっとこういう扱いを受けてきた。 

 真と雪緒の組み合わせではお似合いのカップルに見えるが、常にその2人にはさまれている誠一の存在は明らかに異質なものであった。幼稚園から今までにいたるまで、何度「誠一に脅されているのではないか」と尋ねられたかわからない。

 そんな違和感の塊である3人組は、家3軒並んだお隣さん同士の幼馴染だ。それも生まれてこの方3人でいないことのほうが少ない、というくらいの仲である。

 それでも王子様とお姫様と魔王がおててつないで仲良くしている図は、どうも世間一般に受け入れられないらしい。

 人々は疑問に思う。なぜあの坂上誠一と一緒にいられるのか。坂上誠一はあの2人といるのか。どう見たって合いそうにない、というか合うワケがない! しかし。

 真に何を言おうにも、眼鏡を光らせ「俺はアイツらがいないとダメだからな!」としか返さない。

 雪緒に何を尋ねても、つかみどころのない笑みを浮かべながら「私はたぶん、あの人たちと離れられないと思うんです」としか答えない。

 誠一にはそもそも声をかける勇気がでない。

 そこで出た結論が触らぬ神になんとやら、「黙って見守るという名の放置」だ。

 『城山学園謎の3人組』というそのまんまの異名までいただいてしまったが、そのおかげか今年雪緒が加わり3人組が再び結成されて迎えた初冬、ようやく落ち着いた毎日を過ごすことができていた。


 周囲の人々はこの不可思議なトリオに興味を抱きつつも、誠一という大きな障害に阻まれて近寄ることができなかった。だがしかし、あともう少しだけ近寄ってみようと思っていたら、行動してみたら、すぐに気付いたことだろう。

 真と雪緒はどうしたって誠一から離れないし、離れられない、ということに。


 3人は削られた昼休みでさっさと昼食をとるべく、いつものように4階の階段通路に移動した。ここはいつでも陽があたってポカポカするうえに、人がめったに来ないのだ。

「しかし、昨日は参ったな」

 真は焼そばパンを片手にホットコーヒーをすすりながらしみじみと言った。眼鏡の曇りは気にならないようだ。

「まったくだよ、誠一さん」

 それに続くのは野菜ジュースを飲む雪緒だ。2人の非難の目線は誠一に向けられていた。

 重箱並のサイズの弁当箱を並べていた誠一は、ジロリと雪緒を見据える。

「俺のせいかよ」

「だって、誠一さんが真さんの頭叩いて私の胸倉つかむから勘違いされたんじゃない」

「んだとぉ?」

 雪緒の小さな頭を鷲塚むと、誠一は眉間にシワをよせ口元をゆがませた凶悪な顔つきになって言った。

「おめーらがワガママ言うのが悪いんだろうが! 雪緒はいきなり手袋にボンボンつけろって言うし、真は出来上がったばっかりのマフラーに穴開けやがって! だからあんな時間に毛糸買いに行ったんだろうが!」

「だって去年誠一さんが作ってくれたマフラーにはボンボンついてた。アレかわいかったんだもん」

 頭をがしがしとかき回されながら主張する雪緒。さらさらのショートヘアが乱れに乱れてしまっている。

「しかたないだろ、気づいたらカバンの金具にひっかかってたんだ。それより俺はお前の顔が問題だと思うぞ。目つきとか」

 そう言いつつ誠一の弁当に手を伸ばす真に、誠一の眉間のシワは深まるばかりだ。当然、その手が届くまえにたたき落とす。するとそれを見た雪緒は、今度は誠一の援護にまわった。

「ひどい、真さん。誠一さんはちょっと眉間のシワが深くて目元が鋭いだけ」

「……雪緒、お前そんなモンで野菜とった気になってんじゃねーぞ。オラ、食え」

 そう言って差し出された彩り豊か、栄養満点の弁当箱に雪緒は素直に飛びついた。

「わーい! サトイモの味噌煮食べたーい」

「何!? ずるいぞ雪緒! 誠一、俺にも弁当わけろ!」

「てめぇはその炭水化物のコラボで十分だ!」 

「ウグイス豆おいしい」

「雪緒、添え物ばっかり食ってないで、ちゃんと飯を食え。おにぎりちゃんと中身コンブにしてやったから」

「誠一、お前雪緒にばっかり甘すぎじゃないか? 俺の卵焼きはどうした」

「うるせえ、知るか! そこにあんだろ!」

 怒鳴りながらおにぎりを手渡し、卵焼きを突きだし、誠一はいつもながら忙しい。そのうちに誠一の肩に雪緒が寄りかかってきた。

「お腹いっぱい。眠くなってきた」

「寝てんじゃねーぞ、雪緒。食うだけ食っていつもボーっとしやがって……」


 雪緒はミステリアスではない。ただのボンヤリ少女だ。


「あ、真さんのボタン飛んでった」

「ん?」

「ん?じゃねぇよ! 無理やり引っ張ったらボタンもとれるわ、何やってんだバカ野郎!」

「いや、袖をめくろうと思ってな」

「なんでボタンをはずすって発想がねーんだよ、お前の脳ミソは!」


 成績優秀・品行方正な生徒の鑑である真は、勉強はできても常識的なことに多少問題がある。


「ったく、お前らは……。真、ボタン取ってこい!」 

 誠一は眉間のシワをより深くしながらソーイングセットを取りだした。恐喝・強盗・殺人などなど思いつく犯罪は一通りこなしていそうな顔をした、お母さん級の世話焼き苦労性。誠一はベッタリとまとわりつく幼馴染たちを長年面倒みてきたのである。


 甘やかされた真と雪緒が今更誠一から離れるはずはない。

 そして誠一も、目を離したすきに何をやらかすかわからない2人が心配でたまらず、離れることができないでいる。

 


 本当のことを知っているのは彼ら自身とそれぞれの両親くらいのものだ。

 これは、そんな3人組を見守るお話である。




まずは3人の紹介を兼ねたお話から。

これから彼らの描く奇妙な正三角形を、ともに見守っていただけると嬉しいです。


ご意見・感想をお待ちしています。

一言でもいただけると、本当に胸がいっぱいになるんです。

よろしくお願いします。



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