月見どき
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
つぶつぶは、「ダブる」経験どれくらいあるかしら?
同じものが2つ以上出てくる。予備とか保険とか前向きな解釈もできなくはないけれど、ネタ被りは生きているものだと、できる限り避けたいところよね。
自分の存在理由を得るためには、自分だけが引き受けられる仕事があったほうがいい。たとえ非効率的と罵られようと、自分の居場所ほど心地よいものがあるかといわれると、難しいところよね。
仮に私たちが生物と思っていないものあっても、同じようなものが2つあるのが異常、と分かるものはちょくちょく存在するわ。それらがあるのなら、注意はしといたほうがいいでしょうね。
私も昔に、ちょこっとその手の経験をしたことがあるの。聞いてみない?
月が2つ出ていた。
小学生の私にとっては、十分にショッキングな夜だったわ。
時刻にして午後10時過ぎあたりだったかしら。各々の家の家事もひと段落し、寝るなりお風呂に入るなりしていてもおかしくない時間帯。当時の私も布団で横になるタイミングだったけれど、その晩は蚊が多くてとても寝苦しかったわ。
目をつむっていても、寄ってくる耳障りな気配を断つことはできない。奴らが肌のどこかへ触れたと感じたら、即座に手ではたく。そのやり取りの繰り返しで、なかなか意識を夢へ落とし込むことができなかった。
奴らのしつこい攻勢に、はっと目を開いてしまったときに、目撃しちゃったのね。
ベランダへ通じる窓越し。寝転がっているからこそ、屋根の届かない位置からのぞく、ほぼ満ちた形の月。それがやや距離をあけて、2つ並んでいたのだから。
はじめは、視界そのものがまだボケているのかと思ったわ。長く閉じていたまぶたを開くと、いまいち景色が定まらないことがあったから。
それでぼんやりと空を眺めていれば、ボケもおさまると思ったのだけど……そうはならなかったわ。
月は確かに2つあった。
そんな? と私が体を起こすと、まるでいたずらを見とがめられたように、並んで左側の月がすっと横スライド。右の月と完全に重なってしまって、そこからはいくら観察していても、月がまた分かれることはなかったわ。
この現象、家族の誰も見ていないようだった。あとで尋ね回ったけれど、全然同意は得られなかったの。
ならばと、学校のクラスでも同じように聞いて回ってくる。私が眺め始めたのは、月が分裂してしばらく経ってからかもしれない。もし相応に長い時間をかけているなら、きっと目撃者がいるだろうと思っていたわ。
なかなか思った通りの答えが得られずもどかしかったけれど、その日に遅刻してやってきた子が、分かれた月について反応してくれたわ。
彼女の言だと、あの月が分かれたのは午後9時半あたり。ちょうど私が蚊と格闘をしている時間帯。
戻るときはスライドしていった月だけど、その登場のしかたはまた別。
いきなり、ぱっと現れたみたい。それまで一つしかなかった月の横へ、あたかも覆いを取り除かれたような感じでね。
「あれは絶対に『月』じゃない。月に見せかけた、何かが居ると思う。いったい何なんだろ?」
地上にいる、私たちじゃまともに触れることなどできない。ならば、観ることくらいしかできない。
私たちは例の月の様子をうかがうべく、家にある望遠鏡を使ってみることにしたの。
私の家はバードウォッチングなどで使う、双眼鏡しかなかったからそれで。彼女は天体望遠鏡を持っていたからそれで、それぞれ月を見てみることにしたの。
結論からいうと、双眼鏡でのぞく月は青みがかっていたの。
地球は青かった、という言葉は良く知られているけれど、白とかグレーとかの印象が強くなりがちな月相手に、そのような印象を抱くとは思えなかった。
月の肌を薄く覆う水色のカバー。よくよく見ていると、その表面には無数に分裂した枝のようなものが浮かんでいるのが分かったわ。それはまるで人間の血管であるかのようで……。
そう感じるや、浮かんだ血管たちがにわかににじみ出したの。それぞれが分かれて距離を保っていたのに、輪郭たちがどんどん破れて、あふれるものが身を寄せ合ってひとかたまりになっていく。
先ほどの青よりも、もう一回り濃い青が月に覆いかぶさったとき。その真ん中へ一文字に切れ目が入っていってね。ぐわっと上下に開いたかと思うと、大きい大きい目がレンズ越しにこちらを見つめ返してきたの。
そこで、私は意識が飛んじゃったみたい。
気づいたら、時刻はもう夜明け近くで、双眼鏡を手にしたままぶっ倒れてたわ。
ただ持っていた双眼鏡は、双眼鏡じゃなくなっていた。レンズ部分がきれいさっぱり消え去っていて、空っぽの外装が残るばかりだったの。
天体望遠鏡で見たとおぼしき彼女は、長い入院生活。いまだ退院したというしらせはないわね。
あの目の主、月相手に何をしようとしていたのかしら。




