婚約破棄。七年ぶんの糊を置いて出ます。次の夜会が見物ですわ
乾きたての卓布が、タバサの指からさらわれた。あと半息あれば中央の一本を確かめられたのに、ダミアンは畳みかけの布を高々と掲げ、春の夜会へ招かれた客たちにまで見えるよう女中へ差し出した。
「もう十分だ。君はいつまで一枚の布にかかずらっているつもりだ」
ずいぶん大きなお声ですこと。あれだけあれば、卓布なら三枚いっぺんに乾きそうだし、手巾なら八枚はいける。惜しい、声を物干し場へ運ぶ方法がない。
「中央がまだ——」
「折り目ならついている。見ればわかる」
見てわかるなら、あちらの端が指の腹一つぶん湿っていることにもお気づきになればよろしいのに。タバサは口を閉じ、残った卓布の端を撫でた。乾いてはいるが、今日の空気なら燭台を並べるころには中央がわずかに戻る。
それでも、この一本はまっすぐ立つ。タバサが布の重さと湿りを読み、干す位置を二度変えた一本だ。
「タバサ姉様は丁寧すぎるんですわ」
義妹のコレットが、砂糖菓子のような声で笑った。家政見習いとしてリネン室へ入って半月、棚の数より先に人前で頷く角度を覚えたらしい。そちらはずいぶん乾きが早い。
「手順さえ決めてしまえば、女中の誰にだってできますもの。ねえ、ダミアン様?」
「ああ。君がいなくても館は回る」
早く着きすぎた招待客が三人、礼儀正しく口元をほころばせた。一人目はダミアンを見て笑い、二人目はコレットを見て笑い、三人目の老婦人だけが卓布の中央へ目を落とした。
タバサはその順番をきちんと覚えた。客の顔は布より皺になりやすい。そして一度ついた皺は、たいてい糊では伸びない。
「さあ、広間へ運べ。これなら支度は予定より早く終わる」
女中は受け取った卓布の重みに腕を下げた。畳み方が崩れ、中央の一本が斜めになる。タバサが直そうと伸ばした指を、ダミアンの袖が軽く押し戻した。
「任せることも覚えたまえ。いずれこの館を取り仕切るなら、なおさらだ」
「左様でございますね」
いずれ自分の館になる。その言葉のために、タバサは七年、冷めた茶も擦れた指も数えずにきた。もっとも本日の採点なら、卓布一枚、見栄三枚、愛想笑い三枚。見栄だけは糊なしでも見事に立っている。
* * *
家政の席に出された茶は、話が始まる前から冷めていた。これはいつものことなので、タバサは茶を一口ぶん、晩餐なら半回ぶんの扱いとした。七年続けば千を超えるが、数えると腹が立つので九百あたりで勘定を丸める。大変お得。
「今後、家政に関わる者への手当は人数で決める」
ダミアンは記録帳の上へ指を置いた。そこにはタバサとコレットの名が一行ずつ、同じ幅で並んでいる。七年も半月も一行。記録帳というものは実に懐が深い。
「タバサもコレットも一人だ。ならば同じ額が公平だろう。婚姻前の手伝いに、家格を持ち込む必要もない」
無償で働かせておいて、今から払う端金を公平と呼ぶ。その大胆さには卓布二十枚ぶんの面積が必要だ。普通の食卓には載らない。
「わたくし、まだ半月ですから、姉様ほど難しいことはできませんけれど」
コレットはそう言いながら、記録帳の自分の行を指先で押さえた。遠慮する人間は、取り分が逃げないよう押さえたりしない。なかなか見込みのある指である。布仕事以外には。
「でも、糊の割も干す刻も教わりましたもの。同じだけ働けるよう、頑張りますわ」
「その意気だ。経験を理由に仕事を囲い込むのはよくない」
七年と半月が同じ一人分。便利な数え方ですこと。わたくしも冷めたお茶を晩餐一回と数えてよろしいかしら。それなら七年間、毎朝ご馳走だったことになる。
タバサは卓上の記録帳へ目を落とした。客用寝具の入れ替え、季節ごとの麻の選別、予定より早く降った雨、遅く着いた客、香油をこぼした手巾。七年を一つずつ並べれば、この長卓から玄関まで届くだろう。
だが、並べたところでダミアンは枚数を数えるだけだ。手の内側に残った湿りも、布が音を変える瞬間も、一人ぶんの欄には入らない。
「異論はあるか」
コレットが甘く首を傾げた。ダミアンは答えを待つ顔をしながら、すでにペン先を次の項目へ移している。お二人で一組なら、一人半として数えるべきかしら。いいえ、働き手としてなら半人にも届かない。
「承知しました」
タバサが答えると、ダミアンは満足げに署名した。コレットもほっと息をつき、冷めた茶へ砂糖をもう一つ落とす。甘くすれば冷えが消えると思える半月は、さぞ暮らしやすいに違いない。
タバサは自分の名がある一行を見た。七年ぶんの幅は、半月ぶんとまったく同じだった。
* * *
翌日、洗い場の壁には大きな紙が貼り出された。糊の割と干す刻が、ダミアンの堂々たる文字で記されている。布より紙のほうが偉くなった朝である。
「これに従えば、誰が担当しても同じ仕上がりになる」
出入りの商人や洗濯屋がいる前で、ダミアンは紙の端を指ではじいた。紙はぱりりとよい音を立てた。残念ながら、客は紙の上で眠らない。
「まあ、本当に簡単」
コレットが貼り紙の糊の割を指し、嬉しそうに笑った。
「これなら私にもできます」
半月で七年を追い越すとは、馬車より速い。タバサは感心しかけてやめ、洗濯屋から届いた麻布の束へ指を差し入れた。上の二枚はよい。三枚目は乾きすぎており、夏の客用寝具には向かない。
「マグダさん。次に納める麻は、昨日見せていただいた目の詰まったものを。こちらは卓布には回さず、手巾へお願いいたします」
マグダ・ブリエは貼り紙ではなく、タバサの指が止まった位置を見た。三十年、布を納めてきた目がほんの少し細くなる。
「ほかの二軒にも同じ言伝を?」
「いいえ。一軒には軽いものを、もう一軒には今の入荷を待つようお伝えください。雨が続けば変えます」
「承知したよ」
「待て。割も刻も統一すると書いてあるだろう」
ダミアンの声に、マグダは返事をしなかった。ただ記録帳を閉じ、タバサにだけ一度頷いた。その一度で足りる相手は、実に仕事が早い。
「それから、タバサ。話がある」
洗い場から人を下がらせたあとも、コレットだけは残った。残るべきでない人ほど、こういうときには靴底から根が生えるらしい。
「我々の婚約は解消する。君は家政に執着しすぎた。妻には、もっと人へ任せる柔らかさが必要だ」
「まあ……」
コレットが口元へ手を当てた。驚いた形に開いた指の隙間で、唇だけが笑っている。大変器用。手巾を畳ませたら角が五つできそうだ。
「承知しました」
タバサが答えると、ダミアンの眉がわずかに動いた。引き止める言葉を置く場所でも探したのだろうか。あいにく棚は満杯だ。
「ただし、夏の夜会まではリネン室を見てもらう。急に放り出されては皆が困るからな」
「わたくしが、ですか」
「婚約と仕事は別だ。最後まで責任を果たすのが筋だろう。コレットが慣れるまで、リネン室だけでも見てくれ」
婚約者としては不要、働く指だけは夏まで必要。ずいぶん美しく切り分けたものだ。魚なら骨ばかりこちらへ寄越す切り方である。
タバサは貼り紙を見た。誰が担当しても同じ仕上がりになる、とダミアンはたった今、出入りの者へ吹聴したばかりだ。
「左様でございますか」
紙の端が、洗い場の湿気を吸ってわずかに丸まっていた。タバサは直さなかった。
* * *
翌朝、タバサはいつもと同じ刻にリネン室へ入った。桶の糊は白く静まり、表面に薄い膜が張っている。伸ばしかけた手を、その手前で引いた。
指についた水気を手拭いで拭く。畳み台の布を揃え、鋏も木べらも元の位置へ戻し、棚の端から飛び出していた手巾を一枚だけ押し込んだ。持ち出すものはない。七年かけて覚えたものは、すでに指の中にある。
「何をしている?」
戸口にダミアンが立っていた。後ろにはコレットもいる。二人とも、タバサがいつものように糊へ手を入れるものと思っていた顔だった。
「整えております」
「なら早く始めてくれ。朝食用の卓布がまだだ」
「貼り紙がございますでしょう」
「今朝は湿気が多い。最初だけ君がやれば、コレットもわかる」
湿気を読む必要があるなら、貼り紙一枚では足りない。けれど、それを教える七年はもう終わった。
「姉様、意地を張らないでくださいな。婚約のことと館のことは別でしょう?」
コレットの声は甘かった。差し出さない者へだけ、砂糖は惜しみなく盛られる。
タバサは糊の桶を見た。それから、昨日仕上げた卓布を棚から一枚取り出した。中央には一本の折り目がまっすぐ立ち、朝の光を細く返している。
指の腹で布端を撫でる。七年前、初めてこの館の卓布へ立てた一本は、もっと頼りなかった。それでも嬉しくて、誰もいないリネン室で何度も開いては畳んだ。
枚数は浮かばなかった。手間も、刻も、冷めた茶も、何一つ。
「わたくしはこの一本を、七年、わたくしの折り目だと思うて立てておりました」
ダミアンが何か言いかけた。タバサは折り目から指を離し、卓布を棚へ戻した。
「いつか、ここがわたくしの館になると思っておりましたので」
言葉にすると、それだけだった。七年は長いのに、終わる願いは一息で棚へ収まる。
タバサは手拭いを畳み、桶の脇へ置いた。
「左様でございますね。では、糊は置いてまいります」
「待て。誰も今日から来るなとは言っていない」
「けれど、どなたが担当しても同じなのでしょう?」
「それは——手順があれば回るという意味だ。君が皆に覚えさせてからでも遅くはない」
タバサはダミアンを見た。客前で布を取り上げた手も、七年と半月を同じ欄へ置いた指も、今は何も掴んでいない。
「わたくしがいなくても、館は回ります」
もう彼らの一人分には数えられない。タバサは、ようやく自分一人ぶんになった。
ダミアンの脇を通り、コレットの袖を避け、玄関へ向かう。背後で名を呼ばれたが、足は止めなかった。糊も布も館へ置いたまま、自分の手だけを連れて外へ出た。
* * *
「遅いよ」
洗濯屋の戸を開けるなり、マグダが言った。責める口調ではなかった。奥では女衆が手を動かしながら、空けてあった椅子を足でタバサのほうへ押している。
「申し訳ございません。道に迷ったわけでは——」
「あの館を出るのが、七年遅いって言ったのさ」
女衆がどっと笑った。遠慮のない笑いは、愛想笑いと違って端から消えたりしない。タバサは椅子へ座り、差し出された茶を両手で包んだ。
湯気が鼻先へ上がる。色は濃く、香りも強い。これなら手巾何枚ぶん、と考えかけたところで、隣の女が黙って茶葉をもうひと匙、急須へ足した。
「マグダさん。わたくしは、ロスウェル家へ納める麻の相談に乗る立場ではなくなりました」
「知ってるよ」
「昨日の言伝も、取り消していただいて構いません」
「取り消さない」
マグダは届いた布束の紐を切り、一枚をタバサの前へ広げた。タバサが端へ触れるまで、何も言わずに待つ。
「わたしらはあの館に納めてたんじゃない。あんたの指に納めてたんだ」
タバサの手の中で、茶がまだ温かかった。飲み終えるまで温かい茶というものを、彼女は知っていたはずなのに、ずいぶん久しぶりに見た気がした。
「だったら、その指に聞く。これは客用の寝具に向くかい」
「今のままなら。三日続けて晴れれば、端を少し休ませたほうがよろしいです」
「値は?」
反射で「お気遣いなく」と言いかけ、タバサは茶碗へ口をつけた。濃い。おいしい。これを無料で飲ませていただいているのだから仕事も無料で、などと言い出せば、この女衆には茶碗ごと頭を洗われそうだ。
「一束を見るごとに、この額を。支度まで任せていただく場合は別になります」
タバサは紙を引き寄せ、自分で数字を書いた。マグダは値切らず、その下へ丸をつける。
「安いね」
「最初ですから」
「安いと言われて下げる人は初めて見たよ」
「上げるところでしたの?」
「今のは聞かなかったことにしようかね」
「聞いてくださいませ!」
女衆がまた笑い、タバサの茶を濃くした。これは危険だ。この店では油断すると、仕事も茶も正当な量を寄越される。
最初の依頼は、その日のうちに来た。王都の館が客用支度を改めるため、麻布の選定から卓布の仕上げまで見てほしいという。タバサは期限と枚数を確かめ、必要な人数を出し、自分の代価を紙の一番下へ書いた。
「こちらの条件でよろしければ、お引き受けいたします」
返事は翌朝届いた。減額も、婚姻まで待てという但し書きもない。以後、組合を通じて依頼が重なったが、タバサは入る分だけ受け、眠る刻と茶を飲む刻を先に取り分けた。
館の格は知りませんが、わたくしの胃袋には休憩が必要ですもの。そこだけは七年遅れで、ようやく家政を正しく取り仕切り始めた。
* * *
夏の夜会の日、ロスウェル家の広間には、貼り紙どおりに整えた卓布が掛けられていた。糊の割は正しい。干した刻も正しい。担当した女中の人数も、ダミアンが記録帳に記したとおりだった。
中央の折り目だけが、燭台の光の下でゆるく波打っていた。
「広げ方の問題だ。端を引けば直る」
ダミアンは女中へ命じた。右を引けば左が浮き、左を引けば中央がうねった。女中が困ってコレットを見ると、コレットは袖を伸ばし、波打つ端をそっと隠した。
「お料理を置けば見えませんわ」
「そうだ。客は布を見に来るわけではない」
最初の客は席につく前に折り目を見た。次の客は皿を置いたとき、底がわずかに傾くのを見た。その次の老婦人は、春にタバサの一本へ目を落としたのと同じ目で中央を眺め、笑顔を消した。
笑顔は入口に近い席から順に離れていった。誰も文句は言わない。誰もが礼儀正しく、料理を褒め、例年より少し早く馬車を呼ばせた。
客用寝具にも、貼り紙どおりの糊が使われていた。同じ刻に干し、同じ人数で取り込んでいる。けれど夜半に湿気を吸った麻は重く、敷けば身体の下で冷えた。
(洗い物など、誰にでもできる)
ダミアンはそう決めて、寝具の交換を女中へ命じた。替えの寝具も同じ重さだった。
「まあ、今夜はずいぶん涼しいこと」
泊まり客はそれだけ言い、窓を開けた。翌朝、朝食を待たずに身支度を整え、玄関でヘスターへ短く礼を告げた。
「お世話になりました。急ぎの用を思い出しましたので」
「至らぬ支度で、申し訳ございません」
ヘスターは一人ずつ頭を下げた。二人目にも、三人目にも、同じ端正な声で詫びた。最後の馬車が門を出たころには、背筋だけが辛うじて侯爵家の形を保っていた。
秋の夜会への返事は減った。冬の滞在を毎年楽しみにしていた客からは、今年は別邸で過ごすと丁寧な手紙が届いた。ダミアンが卓上へ並べてみると、断り状はどれも皺一つなく、まっすぐだった。
さらに、注文した麻まで届かなかった。ダミアンが洗濯屋へ使いを出すと、マグダ本人が記録帳を持って現れた。
「長年の取引だぞ。必要な量を納めてもらわねば困る」
「あいにく、今年の麻は向きませんので」
「何に向かないというんだ。こちらには決めた手順がある」
「布に聞いてくださいな」
マグダはそれだけ言って帰った。ダミアンが呼び止めても、振り向かなかった。
「タバサを呼び戻せば済むでしょう?」
コレットが甘く言うと、ヘスターは詫び状を書いていたペンを置いた。社交用の微笑みは、もうどこにも残っていない。
「呼び戻す? あなたたちが客前で追い出した娘を?」
「追い出してなどいませんわ。姉様が勝手に——」
「コレットさん。お黙りなさい」
細い声だったが、コレットは口を閉じた。ヘスターは次にダミアンを見た。
「夏の夜会以後、あなたを家政の差配から外します。記録帳も倉の鍵も、今日中にわたくしへ」
「叔母上、たかが卓布と寝具で——」
「あなたの自信では客用の寝具は乾きません」
ダミアンの口が止まった。ヘスターは鍵を受け取るまで手を引かなかった。
* * *
王都の広間で、タバサは仕上げた卓布を開いた。中央には折り目が一本、端から端までまっすぐ立っている。近づいた依頼主が指を触れずに眺め、満足そうに頷いた。
「これが、ケンドール嬢の仕事なのですね」
「はい。こちらの館の空気に合わせました」
自分の名で立てた一本だった。誰かの妻になるまでの手伝いでも、一人分の欄へ押し込まれる七年でもない。代価を受け取り、期限を決め、引き渡した仕事である。
戸口にダミアンが現れたのは、片づけを終えたころだった。以前より襟が少し高く、袖口が少し硬い。見栄の糊だけは配合を増やしたらしい。
「タバサ。少し話せないか」
タバサは布を包む女衆へ目をやった。マグダが顎をしゃくり、残りはこちらでやると示す。
「お仕事のご依頼でしょうか、ロスウェル様」
呼ばれたダミアンの顔から、親しげに整えていた表情が一枚剥がれた。
「そんな呼び方はよしてくれ。僕たちは七年も——」
「ご用件を」
「戻ってくれ」
ダミアンは声を落とした。客前で卓布を取り上げたときの半分ほど。これでは手巾二枚も乾きそうにない。
「館の評判が落ちている。叔母上は支度を外へ頼むと言うが、どこも十分な麻を回さない。君なら立て直せるだろう」
「わたくしは、こちらの仕事がございますので」
「全部でなくていい。婚約のことも、今すぐ戻せとは言わない。ただ、次の夜会だけだ。いや、客用の寝具だけでもいい」
タバサは返事をしなかった。条件を狭めるたび、ダミアンの指が卓上を二度、三度と叩く。七年を一人分へ縮めた人が、今度は一夜を、寝具を、さらにリネン室だけを差し出せと言う。
「リネン室だけでも見てくれ。君にしかできないことがあると、今はわかっている」
愛情なのか、離れていった客の顔を戻したいのか、タバサには決められなかった。決める必要もなかった。どちらであっても、彼女の時間を差し出す理由にはならない。
「ロスウェル様」
「タバサ」
「わたくしがいなくても、館は回ります」
ダミアンの指が止まった。彼自身の言葉は、七年遅れて持ち主へ返り、今度こそ一本も曲がらず届いた。
長い精算だった。けれど最後の受領印は、驚くほど小さな音で済むものらしい。
「お引き取りくださいませ。次の依頼がございますので」
ダミアンは卓布の中央へ目を落とした。何かを言おうとして、結局、襟元へ指を差し入れただけだった。硬くしすぎた糊は、首にもさぞ悪かろう。
扉が閉まると、女衆が奥から椅子を持ち出し、広間の隅へ車座に並べた。マグダが湯気の立つ急須を置き、誰かが焼き菓子を皿ごと滑らせる。
「断るのに、ずいぶん時間をかけたね」
「七年に比べれば、手巾一枚を畳むほどですわ」
「そのわりに、いい顔してるじゃないか」
「次のお仕事が待っておりますもの。働く者には茶が必要です」
隣の女が、タバサの茶だけ黙って濃くした。タバサは両手で茶碗を包み、湯気の向こうにまっすぐ立つ一本を眺めた。
「このお茶だけは枚数に換算してはいけませんわ。お代わりを減らされますもの」
最後までご覧いただき、ありがとうございました。
またどこかでお目にかかれましたら。




