第8話 奪われて
シルク視点
最近、智様とミラ様の距離が近い。
理由は分からない。
けれど――胸の奥が、少しだけチリつく。
――
――私には、背負いきれないほどの借金があった。
正確には実家のもの。父の事業は失敗し、両親は遠くの街へ出稼ぎに出た。
残されたのは、私一人。
最悪、身体を売ることも考えた。
だが――それすら、できなかった。
この国では、男が足りない。
あの戦争で、ほとんどが死んだ。
今では、男は三人に一人もいない。
だから女が男を追い、守る。
そんな歪な価値観が、当たり前になっていた。
男性移民の受け入れもあった。
だが治安は崩れ、一年で廃止された。
そんな中で見つけたのが、王国のメイド募集。
給金は、破格だった。
私は迷わなかった。
「私、やります。やらせてください」
――あの時は、それしかなかった。
けれど。
あの屋敷に足を踏み入れた瞬間、少しだけ後悔した。
主人は――最弱勇者、智様。
笑わない。
話しかけてこない。
気がつけば、背後にいる。
……正直、怖かった。
彼は毎朝五時に屋敷を出て、九時過ぎに戻る。
いつも、泥まみれで。
何をしているのか分からなかった。
――気になって、覗いた。
ただ走っていた。
ひたすらに。
泥にまみれ、木刀を振り続ける。
時折、自分の筋肉に話しかけている。
……失礼ながら、かなり気持ち悪かった。
けれど。
服の下の身体は、驚くほど無駄がなかった。
鋼のように、しなやかで。
ある日、気まぐれでタオルを持っていった。
「智様。汗を拭かないと、風邪を引かれますわ」
「……えっ!? あ、は!? シルク……?」
飛び上がるほど驚いて。
それから――
「……あ、ありがとう。助かるよ」
少し照れたように、笑った。
メイド相手に、そんな顔をするなんて。
……ああ。
この人は、怖かったんだ。
嫌われるのが。
どう接していいか分からなくて。
踏み出せなかっただけ。
――私と、同じ。
それに気づいた瞬間。
彼を見る目が、変わった。
本当は優しくて。
お金もそこそこあって。
顔も、悪くない。
……これ、かなりの優良物件ではありませんこと?
そんなある日のことだった。
「数週間、家を留守にする」
「どうなさいましたの?」
「……討伐の依頼だ」
「最近多いですわね。でも数週間なんて――」
「……ドラゴンだ」
「……え?」
「一人で行け、だとさ。騎士団は出払ってる」
「そんな……無茶ですわ」
彼は翌日、出発した。
静かに。
何も言わず。
――少しだけ、寂しそうに見えた。
数週間。
帰ってこなかった。
(もし、このまま戻らなかったら……)
借金のこともあった。
けれど、それ以上に――
胸が、苦しかった。
一ヶ月後。
「……戻ったよ、シルク」
「……っ、智様……!」
ボロボロだった。
その日から。
私は、つきっきりで看病した。
何度も「ごめん」と言われた。
何度も「ありがとう」と言われた。
身分なんて関係なく。
一人の人間として、私を見てくれた。
――だから。
私は。
彼に、奪われてしまったのだ
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