3異世界
目を覚ました陸は、泣いていた。
とてつもない不安感からか、安堵感からか。
とにかく大泣きしてしまっている。
16歳でも怖かったんだ、仕方ないだろう!とにかく助かったみたいだ。アレは、ほんとに怖かった。目を覚ませたんだ。生きてるんだ!!澄を抱き締めて落ちた俺が無事なら、澄も無事だろう。
ほんとに良かった…。
だがしかし、涙が止まらないし、声も止められない。
ん?声?聞こえるのは赤ん坊の声だけだな。
隣を向くと、隣に赤ん坊がいる。可愛い。まだ生まれてすぐだろう赤ん坊が、スヤスヤと眠ってている。
あっ、俺の声が煩くて泣いてるのかもな。いい加減16の男が泣いてちゃカッコ悪い。
あれ?この子泣いてないぞ?じゃあこの赤ん坊の声はどこから?なんで俺の声がしないんだ?えっ!?俺は今幽霊だったりするのか!?何より、怪我の具合だって気になる!
身体を確認しようとして手を上げる。
ん?
視界に入った自分のはずの手がかなり小さい事に気付く。
ちょ!えっ!?じゃあ、この赤ん坊の声は…俺の声なのか!?
すると、視界に20歳くらいの若い女性が現れた。愛おしそうに俺を見て抱きあげてくれる。
ヤバイ!マジだ!!
俺は赤ん坊になってるのかっ!?
母親らしい女性を見ても話す言葉さえも分からない!
抱きあげられた事で見渡せた景色は、中世の時代に目にする西洋の煌びやかな内装だった。一見で大金持ちだと分かる程に。
そしてこの女性は貴族だろう事も明白だった。纏う衣服の刺繍の細かさや洗礼されたデザインに装飾品の数、どれをとっても優美で豪華なドレス姿だ。
ここは、もしや。
これは、もしや、
タイムスリップというヤツかっ!!
だとしたら、澄はどうなった?!頼むからどうか無事でいてくれ!
ちゃんと抱えていたから大丈夫だと思いたい。
そうだ、大蛇だ!大蛇がタイムスリップさせたのか?いや、大蛇にそんな事が出来てたまるか!そもそもあんな巨大な大蛇はこの世に存在するのか?いや、過去だろうといないだろう!いや、この世界は実際、過去なのか?だとしたら、何故飛ばされたんだ!?そうだ!あれ程の大蛇がいて現代の世界は大丈夫なのか?いや、あの時点でもうすでに過去だったり?だとしたら、いつこの時代に?いや、まて、言葉が違いすぎる。聞いた事すら無い。まさか、異世界なんて可能性も…?!
陸はかなり混乱し戸惑っていた。不安になればなる程に泣きたくは無いのに涙は溢れて来る。
もう1人の赤ん坊を起こしてはいけないからか、俺を抱いたまま部屋を移動した母親らしき女性は、侍女らしき女性に俺を託しオロオロしている。
父親らしき男性も来て、何かを話している。
侍女らしき女性は俺の背中を、ぽんぽんと小気味良いリズムで叩いてくれている。
すると少しづつだが心が楽になり、1時間程あやしてくれたおかげで気持ちがかなり落ち着く事が出来た。
そうだ。記憶が混濁していて分からなかったが、俺は死んだんだ。女神様に会って、異世界に転生すると言われた!
そして、澄の事も、前の世界の事も、もう関われないんだな…。
物思いに耽りながらも、少し冷静になれた陸は、観察を再開した。
もしかしたら、ただの生まれ変わりで、異世界転生じゃないかもしれないからな。何より、女神様との記憶は夢を見ていたようなぼんやりとした感じで、ハッキリと覚えてないし。何か確証が欲しい。
んーしかし、これが両親だとしたら、俺はどれだけ男前なのか。
父親らしき男性は、銀灰色の髪に橙色の瞳。彫りが深く、若いのにダンディーさを醸し出す男前で、背も高く体格も良い。
母親らしき女性は、ウェーブのある、くすみカラーの薄い橙系の髪に赤色の瞳。笑うと可愛いが澄ました顔は色気の漂う美人でスタイルも抜群だ。
何より隣で眠っていた赤ん坊の顔が整い過ぎててかなり可愛かったからな。同じベッドで寝ていたならきっと双子なんだろうし。
キョロキョロと周りの観察を繰り返し、次は侍女に目が止まる。侍女の瞳はキャラメル色。顔は綺麗なんだが帽子を被っていて髪の色が分からなかった。
ん?ちょっと見えるかな?
かっ、髪が薄い青色だ!!これは異世界だろう!!
前の世界にも青く染髪した人もいたが、さすがに前の世界の貴族に仕える侍女で、青く染髪した女性は有り得ない!
俺の知る中世ヨーロッパの時代には、さすがにこんな色味の染髪技術はない筈!過去に飛ばされた線も消えた!
ここは、間違いなく異世界だ!やっぱり、俺は女神様に会って異世界に来たんだ!!あれは夢じゃなかったんだな!
確信を持った陸の観察はそれから3ヶ月続いた。赤ん坊の為睡魔に度々襲われはしたが、赤ん坊の吸収力は異常な程凄く、言葉もだいたい分かってきた。
ここはリオーネ侯爵家というそうで、父は当主。この国は農業の国らしく貴族は領地で作物を育てるらしい。まぁ領民が育てた物を納めてくれるんだろうけど。
ただ、父がたまに作業着を着ているんだが。農地で現場監督みたいな事もするのか?貴族なのに?
因みに、俺の名前はシグになっていた。シグルド・リオーネ、これが俺の今の名前で、シグが愛称のようだ。
父親がクラーク、母親がアンナ。そして、もう1人の赤ん坊は、俺の双子の妹のナルディア。ナディと呼ばれている。
薄い青髪の侍女がリンリンだそうだ。どうやらリンリンは俺達双子の専属のお世話係みたいだな。他にも何十人もの使用人達がいるが、割愛。だって、俺の知る中でだけでもこれだけいるんだし、外で作業してる使用人達や騎士達までいれたら有に100は超えそうだからな。
そういえばやはり魔力があったんだ!
この世界は魔力で魔石を動かさなければ電気も水道も、トイレさえも流せないようだ。
リンリンに抱きあげられながらの観察は役にたっている。
だが、俺にも魔力はあるんだろうか?転生したんだしあるだろうけど、魔法を使っている所をまだ見た事が無いな。魔法と言ったら、アレだろう?火や水を操ってドカーンみたいな。
リンリンを観察する中で使っているのは、魔石を使って電気点けたりとかだから、これらは魔道具ってヤツの筈だ。いずれ魔法を見れる事を期待していよう。
更に1ヶ月が過ぎた。
因みに俺は最近、ハイハイが出来るようになった!ナルディアはまだ手こずってるみたいだけどな。ズリバイで俺の後を常にマークしてくる。必死な顔が可愛くて仕方がない。
俺達は2卵生双生児というやつで顔が全然似てないらしいから色々違って当然だろう。まだ鏡を見た事が無いから自分の見た目は分からないけど。
それよりも俺は、電気のスイッチの魔石に魔力を放つ練習がしたい!どうしてもしたい!
赤ん坊になってから感じてる事だけど、何故か願望を抑えられ無い!
確かに好奇心はあるけど精神年齢は16の筈なのに体の年齢に感情を優先させてるのかも知れないな。転生か、改めて変な感じだ。
さて、今俺はハイハイでリモコンに向かっている。目的地はリモコン!前世の電気のリモコンのように、この世界にもリモコンがある。
お昼寝タイムにリンリンが添い寝してくれていたのでリンリンの枕元にリモコンがあるのだ!因みにナディは、俺とリンリンの間でスヤスヤ寝ている!
そしてリンリンは必ず俺たちが寝たら一緒に眠りこけるのだ!そう、今がチャンスなのだよ!
目を輝かせながら猛スピードでハイハイをする陸改めシグルドは、鼻息を荒げながらリモコンにたどり着いた。
よしっ!ついに、念願のリモコンをゲットしたぞっ!
興奮し荒い鼻息を放ち、小さな両手でリモコンを抱えるが、シグルドは固まっている。そう彼は知らないのだ!魔力とは、どうやって出すのかをっ!
ふん!ふん!とリモコンを押さえつけたり振り回したりするが一向に電気は点かない。当然ボタンも無い。
んー。ラノベとかは結構読んで来たからなー。簡単かと思ってたんだけどなー。
じゃあ、まずは定番、体の中の魔力を感じる所から!だな。目を瞑って、深呼吸をして血液の流れを感じとってみよう。前世との違いを感じれば良いんだけどな。
格闘家だった陸は、毎日瞑想を欠かさずやっていた。前世の時のように座禅を組み、呼吸を整える。赤ん坊が座禅しているのでシュールであるが今は誰も見ていない。心を落ち着かせ血液の流れを感じる。
心臓の鼓動
脈拍
体を駆け巡る血液
ん?眼を閉じた暗闇の中でも光を感じる
粒子のように散りばめられたオレンジに光る暖かみ
それを辿ると身体の中心にオレンジ色の光が凝縮している。
これだな。楽勝!確かに、今までにない暖かみを感じたぞ。まぁ、ラノベ様々だな!この光を全身に巡らせて、次は右手に集中させ、掌から放つイメージを持ってみるか。
すると、パッ、と電気が点いたのだ!!
おーーっ!!出来たぞー!!凄い!
ある意味、これが初魔法って事だろっオイっ!上がるぜーっ!
結構簡単に使えるモノなんだな!こんなにスムーズにいくとは思わなかった!ホントにラノベに感謝だな!
楽しくなってしまったシグルドは、点けたり消したりを高速で50回程繰り返した。
「ふぇ、ふぇーん」
「ん゛ーーッ、何?チカチカするー。あっ、あらあら、大丈夫ですか?ナディ様、アレー?わたくし電気消してた筈なのにー、えっ!?シグ様?」
やべっ起こした!
「えッ!?電気!?オーマイガッ!まさかシグルド様が!?オーマイガッ!奥様!奥様ーーッ!!シグルド様がオーマイガーですわーッッッ!!」
さすがに50回程も繰り返せば当然であるが、ナルディアもリンリンも起きてしまったようだ。赤ん坊と化し感情をコントロール出来ないシグルドには仕方なかったのだが。電気のオンオフをするシグルドを見て、リンリンは驚きのあまり、なかなか立つ事が出来ない。
これが生まれたての子鹿か。異世界の言葉を覚えたけど、オーマイガーはないよな。まぁ翻訳するとやっぱり、オーマイガーだろう。申し訳ないけど。
なんとか立ち上がり、慌ててアンナだけでなく、クラークも連れて戻って来たリンリンは、事の顛末を説明していた。
かなり大ごとになってしまったな。両親が怪訝な顔を向けて来るし。何より、気持ち良さそうにお昼寝していたナディに悪い事をした。
リンリンが必死に訴えるが両親は当然、半信半疑だ。疑ってはいるが確認しない訳にもいかず、アンナはゆっくり屈んでシグルドに向き合った。
「ふふっ、シグちゃん、もう魔力が使えるの?ママに見せてくれるかしら?」
んー。そりゃあ信じてないよな。だけど誤魔化すのもリンリンに悪いし。仕方ない。
パッ。 パッ。
諦めたシグルドは、またもリモコンに魔力を流す。元々点いていた電気が消え、また点いた。シグルドがリモコンを操作したのは明らかだった。
「すッ、凄いわシグちゃん!!まぁなんて事かしら!この子は天才ですわ!あなた!」
「そッ、それだけでは無いぞ!シグはまだ生後8ヶ月だというのに、言葉まで理解をしている。なんと利口な事だ!」
アンナは涙を流し、クラークに寄り添った。両親は大喜びし、次の日俺は魔力検査を受ける事になったのだ。
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