29.曙光
今朝は二日間放置してしまった花たちの安否を確認するために、目覚まし時計が目を覚ますよりも早く部屋を出ると花壇へと向かった。
少しだけうつむき加減の花たちに普段よりも多めに水をやり、朝食を摂るために寮に戻る。
お盆休み最終日の今日は、昨日荒らしに荒らしてしまっていた生徒指導室の片付けをしながら、十五分置きに保健室の様子を見に行った。
日が暮れるまでに何十往復としたその場所で、ついに人の姿を見る機会はなかった。
日没間際になり本日二度目の委員会活動を完了させ、巣に戻る前に立ち寄った女子寮で見知った顔に呼び止められる。
「あーねーねーケースケくんさ。朝比奈みなかった?」
前髪をヘアクリップで留めたクラスメイトは、心底心配そうな眼差しで「昨日から一度も見てないんだけど」と続けた。
「今日の朝はやくに帰省するって言ってたけど」
「まじで? いっさい聞いてないんだけど。じゃあ明日には帰ってくんのかな?」
「……たぶんね」
夕食と入浴を手早く終わらせ一目散に布団の中に飛び込む。
それは明日からまた授業が始まるからではなく、眠ってしまえば余計なことを考えずに済むからだった。
明日の朝になればまた、どのみち色々と考えてしまうのだから、その時間を少しでも減らしたかった。
深夜に喉が渇いて目を覚ますと、カーテンの隙間が薄っすらと白んでいることに気付いた。
枕元の目覚まし時計に目を向ける。
まだ午前三時を少し回ったばかりだった。
今がいくら真夏だとはいえ、夜が明けるにしては早すぎる。
寝間着のまま部屋から抜け出し、一番大きな窓がある談話室に向かう。
人っ子一人いない談話室の西と東に一箇所ずつある窓のうち、西側のそれだけが妙に明るい。
「……」
玄関に向かい裸足のままで土間に降り、ガラス扉に手を掛ける。
普段であれば施錠されているはずの扉が音もなく開く。
外に出ると西の空がさっきよりも更に明るくなっていた。
「……夜明けの晩って……このことだったんだ」
グラウンドの隅を裸足で駆けて校舎を目指す。
もっとも校舎にも鍵は掛かっているだろうし、いま自分が目指している場所も具体的ではなかった。
もう少しで昇降口に着くというその時、夜明け前でまだ薄暗い屋上に人影がみえた気がした。
その場で左に進路を取り、校舎脇の非常階段の扉の隙間に体をねじ込む。
階段を上りきった頃にはすっかり息があがってしまっていた。
それでも足を休めることをせず、人影の見えた場所を目指す。
塔屋を回り込んでその反対側にまで至った時、西の山並みと空との境目が真っ白に光り始める。
その強烈な光は朝日そのもので、ただ、昇ってくる方向だけを間違えていた。
右手を顔の前に掲げて指と指の間から世界を覗き見る。
やがて眩しさに目が慣れ始めると、白い光の中を黒い影が動いているのが見えた。
その影は徐々に大きくなると、次の瞬間にはすぐ正面にまで迫っていた。
「ヒナ?」
たったの二日間ではあったが、会いたいと願って止まなかった少女の名を口にする。
「……ユウ」
たったの二日間ではあったが、聞きたいと願って止まなかった声が耳に届く。
視界は依然白く染まったままだったが、顔の前にかざしていた手を真っ直ぐ伸ばすと、柔らかく、そして温かな感触が指先に触れた。
「……やっと会えたね」
「うん……ずっと会いたかった」




