1.誰何
『生まれ落ちる世界を間違えてしまった』
目を覚ました瞬間、そんな荒唐無稽としか言いようのない違和感に襲われる。
それはもしかしたら世界の責任ではなく、僕が世界を読み間違えている可能性も考えられた。
そのいずれにせよ、間違っているのであれば一秒でも早く正すべきだ。
まぶたに力を込めてゆっくりと目を開く。
まつ毛の隙間から漏れ入った光がやけに眩しく感じた。
視界に最初に飛び込んできたのは天井だった。
ゆうべ灯りを落とす前に見上げた天井の色は、こんなにも白かっただろうか?
それとも僕はまだ、夢を見ている最中なのだろうか?
そうでなければおかしいのは僕ではなくて、やはりこの世界のほうなのかもしれない。
パジャマが通された腕を前に伸ばし、ゆっくりと手を動かしてみる。
十七年も付き合ってきた身体がまるで借り物ののように感じられた。
命じたとおりにグーチョキパーを繰り返す自分の手を見ながら、左右あわせて五本ずつ付いた指の数すらも白々しく思える。
「あら、圭佑。今朝は自分で起きられたのね」
不意に声を掛けられて思わず身構えてしまう。
そして声がした方向にゆっくりと目を向けた。
そこには30センチほど開いたドアの隙間から、知らない中年女性がこちらを伺っているのが見えた。
「朝ごはん、すぐにできるから。先に歯磨きをしてらっしゃい」
女性はそれだけ言うと長い髪を揺らしながらドアから離れていく。
「……あ! ちょっと待って!」
急いでベッドから飛び降り、足がもつれて転びそうになりながらドアの前まで駆け寄る。
女性は振り返らずに首を傾げながら、知らない声で「どうかしたの?」と言った。
「あの……ここは僕の家で……あってる?」
「なにを言ってるの? 当たり前じゃない」
女性の湿り気のある髪が柳の葉のように左右に揺れる。
「あの……あなたは僕のお母さんで……あってる?」
女性の細い肩が訝しげに上下する。
「圭佑、どうしたの? ほんとうに大丈夫?」
無意識のうちに一歩二歩と女性――母親から距離を取りながら、最後に本当に聞きたかった問いを口にする。
「あの……僕は僕で……あってる?」




