『王子の血』
夜明けは、奇妙な沈黙を連れてきた。
カルパシア王国の城壁では鐘は鳴らず、風も旗をかすめる程度だった。
だが王宮の回廊に満ちるその静けさは、嵐の前触れにほかならなかった。
評議の間へ、一人の使者が駆け込んできた。
全身は埃と乾いた血にまみれ、玉座の前で膝をつき、帝国の紋章――三翼の鷹――が刻まれた封蝋付きの羊皮紙を差し出す。
「へ、陛下……」
震える声で、彼は告げた。
「第三皇子殿下が……死亡されました。王国領内にて……」
王は立ち上がり、その鎧の鳴る音は雷鳴のように響いた。
居並ぶ貴族たちは蒼白な顔で互いを見交わす。
沈黙を切り裂いたのは、ただ一言。
「――帝国は、血には血で応えるだろう」
灰色の空がカルパシア王国の首都を覆う中、帝国の使者が正門をくぐった。
深紅の外套をまとい、手には金色の軍旗。
そこには、帝国を象徴する双頭の竜が描かれている。
その歩みは遅く、重く、背後には黒き甲冑に身を包んだ六人の騎士が続いた。
金属装甲を施された軍馬の蹄が石畳を打つたび、不吉な予感が街に広がっていく。
第九皇子レオポルド・フェルッシの暗殺――
その噂は二週間もの間、諸侯の宮廷を震撼させていた。
帝国は王国が陰謀に関与したと断じ、
貴族たちは小声で議論し、神殿では平和を祈った。
だが、もはや誰一人として、それを信じてはいなかった。
使者が中央広場に到達すると、赤い封蝋の羊皮紙を広げた。
魔術によって増幅されたその声が、屋根の上まで轟く。
「――『千の王冠を戴く神聖皇帝、アルデウス・フェルッシ・ベッカーの御名において宣告する。
帝国の血は異国の地にて流された。
カルパシア王国は、帝国の神性に対する大罪を犯した。
よって、裁きに先立ち、贖罪の機会を与える』」
広場は水を打ったように静まり返った。
ただ、塔に掲げられた王国の旗だけが、風に揺れている。
「――『皇帝は、全面戦争を回避するため、三つの条件を提示する』」
使者が手袋に包まれた手を掲げると、青い炎が空中に灯り、一つずつ刻まれていった。
一、カルパシア王国は無条件降伏し、帝国の属国となり、永遠の忠誠を誓うこと。
二、皇子レオポルド暗殺の首謀者とされる、モンドリングのルシアン・ダグラスを即刻引き渡すこと。
三、カルパシアより一万の兵を東部戦線へ派遣し、帝国旗の下、スパルタコス遠征に従軍させること。
最後の言葉は、氷のような余韻を残して響いた。
「――『猶予は七日。
それを過ぎれば、帝国の軍団は進軍を開始する』」




