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喪の旅路

灰色の夜明けが、王都に静かに降り注いでいた。


空気は鉄と湿った土の匂いを帯び、まるで世界そのものが、再び血を流す準備をしているかのようだった。

大通りにはダグラス家の旗印が翻っている。

黒地に銀の竜。


その下で、隊列は沈黙のまま出発の時を待っていた。


馬たちは鼻を鳴らし、その吐息の白が低く漂う霧と溶け合う。

馬車の車輪は、わずかに軋む音を立て、待ちきれぬ想いを滲ませていた。

三百の騎士たちが行列の両翼を固め、黒と銀の鎧が朝の光を冷たく反射する。


彼らの外套には、狼の紋章が刺繍されていた。

それは誇りであり、血統であり――

そして、「ダグラス」の名が生者に刻み込む恐怖の象徴だった。


ルシアンは馬車の窓に身を預け、前方を見つめた。


先頭の馬車は一際大きく、鋼と濃い木材で重厚に補強されている。

そこに乗っているのは、父――ローレンス公爵と、マーサ。


幼き日の恋であり、

そして一族の心を静かに蝕み続けた、癒えぬ傷。


顔は見えずとも、二人が並んで座っていることはわかっていた。

その想像だけで、胸の奥に苦い空白が広がる。


喪服に身を包んだローレンスは、感情を削ぎ落としたかのような表情を保っている。

黒いヴェールに包まれたマーサは、亡き息子の肖像が収められた小さなロケットを両手で握りしめていた。


言葉はない。

沈黙だけが、彼らを支えていた。


二人の間には、耐え難い重みが横たわっている。

――カレブ。

二度と戻らぬ後継者の名。


風が唸り、埃と記憶を巻き上げる。

北門が軋む音を立てて開き、隊列はゆっくりと動き始めた。


湿った石畳の上で車輪が回り、

それはまるで、死者のための行進曲の拍子のようだった。


後方の馬車では、公爵夫人ソフィアが膝の上で手を組んでいた。

白い手袋は埃に汚れていたが、彼女は気にも留めていない。


窓越しに、翻る旗、鎧の反射、槍に宿る朝日の冷たい輝きを見つめている。

胸の内で蠢くのは、悲しみでも、憎しみでもない。


それは、怒りに近いほど張り詰めた――静かな平静だった。


向かいには、侍女であり護衛でもあるイザベル・アーメントが座っている。

金髪が顔を覆い、頭は低く垂れられていた。


彼女の首元には、誓約の刻印がかすかに光っている。

眠る炎のような、淡い痕。


その印は、彼女の命をルシアンに縛りつける。

もし裏切れば、刻印は黒く染まり、呪いが内側から彼女を蝕むだろう。


クーリアにおいて、忠誠には代価がある。

その代価は――死。


正統な後継者ルイアンは、窓にもたれ、無邪気に眠っていた。

自分を取り巻く秘密の重さなど、知る由もなく。


ソフィアは一瞥を向けただけで、視線を前方の馬車へ移した。

誰が乗っているかも、

ローレンスが何を失ったかも、すべて承知している。


それでも、魂の奥底で、ひとつの声が囁いた。

――ようやく、運命の帳尻が合い始めたのかもしれない、と。


アデルは左翼を騎行していた。

彼女の魔獣は、黒い体毛と氷のような青い瞳を持つ存在で、

獲物を狙う捕食者のような優雅さで進む。


その後方には、ソフィアの三体の魔獣が続く。


雷を纏う電馬サンダー――その鬣は陽光の下で火花を散らし、

影狼ウンバーは、ほとんど影すら落とさず、

黄金獅子ラリエットは、視線だけで人の魂を屈服させる威圧を放っていた。


蹄の音。

旗の間を抜ける風。

鎧の冷たい輝き。


それらすべてが重なり、

鋼と記憶の厳粛な交響曲を奏でていた。


一行は北へ向かう。

ダグラス家の領域を示す、あの山々へ。


背後で、王都は霧の中へとゆっくり溶けていった。


ルシアンは一瞬、目を閉じた。

馬車の揺れは心地よかったが、意識は冴えたままだ。


父のことでも、

マーサのことでもない。


思い浮かべていたのは母だった。

屈辱を力に変え、悲しみを決意へと鍛え上げた女。


そして、静かに思う。

――自分もまた、その強さを受け継いでいるのだと。


雲の合間から、弱々しく太陽が顔を出す。

隊列はクーリアの街道へと入っていった。


木々は彼らを見つめ、空気は古き魔力の香りを帯びている。


旅は始まった。

それは同時に――


ルシアン・ダグラスという存在を、

まだ知らぬ世界が、ゆっくりと目覚め始める合図でもあった。

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