『不在者たちのキス』
一週間後――
ルシアンは、エリザベスの手紙に記されていた場所へと向かった。
そこは、二人がようやく再会できる約束の地だった。
彼女はすべてを綿密に計画していた。
場所も、時間も、そして人目を避ける方法さえも。
最後の別れからあまりにも長い時が経ち、二人にとって、その距離はもはや耐えがたいものになっていた。
最後に交わした口づけの記憶は、今もなお胸の奥で熱を帯びている。
そして――再び顔を合わせた瞬間、世界が止まったように感じられた。
数秒間、ただ見つめ合い、息を潜める。
抑え込んできた想いが限界を越えたとき、ルシアンが一歩踏み出し、エリザベスは退かなかった。
抱き合ったその腕の中には、待ち続けた日々のすべてが詰まっていた。
続いたキスは、激しく、切実で、どこか痛みすら伴うものだった。
触れるたび、それは言葉にならない告白となり、
再び離れる前に、互いを心に刻み込もうとする必死な行為だった。
震える指、絡み合う吐息。
盗まれたその一瞬の中で、時間は溶けて消えていった。
ルシアンは分かっていた。
本当は離れるべきで、理性はそう告げていた。
それでも――制御不能な心が、逆の答えを叫んでいた。
エリザベスもまた、彼にすがるように腕を回していた。
その温もりだけで、名と義務の重さを忘れられるかのように。
そのひととき、外の世界は存在しなかった。
称号も、血筋も、他人の約束もない。
ただ、静かに求め合う二つの魂が、
禁じられながらも避けられない情熱によって結ばれていた。
やがて感情の震えが落ち着くと、二人は抱き合ったまま、同じ空気を吸い、目を閉じていた。
エリザベスは起きたばかりの出来事に圧倒され、ルシアンの胸に顔を埋める。
「これが……僕の誕生日プレゼント?」
ルシアンは柔らかな笑みを浮かべ、空気を和らげるように言った。
エリザベスは眉をひそめ、必死に平静を装う。
「違うわ。こんなこと、起きるはずじゃなかった」
声はわずかに震えていた。
「あなたが……私につけ込んだのよ」
ルシアンは彼女を離さず、穏やかに微笑む。
「つけ込んだ? 止めてほしいって、言われた覚えはないけど」
からかうような口調とは裏腹に、その眼差しは優しかった。
「そ、それは違うわ! わ、私は……」
言葉に詰まり、彼女は照れ隠しのように彼の胸を軽く叩く。
怒りよりも、恥ずかしさの方が強かった。
ルシアンはその手を捕まえ、指先にそっと口づけた。
「君も、僕と同じくらい楽しんでた。そうだろ?」
囁く声は、ほとんど息に近い。
エリザベスは視線を逸らし、下唇を噛む。
頬に浮かぶ赤みが、すべてを物語っていた。
「……たぶん。少しだけ」
ようやくそう呟いた声には、照れと強がりが混じっていた。
ルシアンは小さく笑い、彼女を再び引き寄せる。
「なら、後悔はしてないんだね」
そう言って、唇がかすかに触れる。
エリザベスは小さく息を吐き、彼の腕の温もりに身を委ねた。
「……ええ。たぶん、してないわ」
そう告げる声は、かすかな糸のように細く、
彼の胸にそっと頭を預けた。
静寂が二人を包み込んだ。
聞こえるのは、風のささやきと、ルシアンの胸の奥で静かに刻まれる心臓の鼓動だけ。
エリザベスはそのリズムに身を委ね、やがて微睡みに落ちていった。
ルシアンは彼女の髪をそっと撫でながら、嵐の後に訪れたこの穏やかな時間を噛みしめていた。
どんな大胆な夢の中でも、こんな瞬間を想像したことはなかった。
前世において、これほど純粋で、避けがたい繋がりを感じたことは一度もない。
欲望や義務を超えて、二人の魂を結びつけているものが、理屈では説明できない何かである――
そのことを、彼はこの瞬間に理解した。
これまで彼は、本物のルシアン・ダグラスを演じ続けてきた。
完璧な後継者、揺るがぬ眼差しを持つ貴族、迷いのない足取り。
だが、それは仮面に過ぎなかった。
彼の内側には、今もなおエルウィン・レノックスがいた。
一室に閉じこもり、画面とゲームの世界で意味を探していた、どこにでもいる若者。
この世界に目覚める前には、まったく異なる人生と文化を生きていた存在。
それでも――
今、彼は誰かの温もりを感じている。
自分の鼓動に応える、もう一つの心臓の音を聞いている。
そのとき、エルウィンは初めて気づいた。
誰かを真似る必要などなかったのだと。
「本当のルシアン」である必要もない。
本物の感情は、演技の先には存在しない。
ただ自分自身でいることで、
彼は自分の運命を書き換えられるのかもしれない。
エリザベスの吐息、肌が触れるたびの微かな感触が、彼に教えてくれた。
すべての答えを持っていなくてもいい。
感じ、愛し、生きることは、それだけで成立するのだと。
彼は弱さを受け入れた。
仮面を外し、かつて不安に怯えていた少年が、
ルシアンという名の下で、ようやく自由に息をすることを許した。
初めて、過去のことも、不確かな未来の重圧も考えなかった。
ただ、この瞬間だけを。
彼女を。
そして、自分自身を。
エリザベスが彼の腕の中で眠る中、ルシアンは目を閉じ、心の中で誓った。
もう演じない。
誰かになろうとしない。
ルシアン・ダグラスの身体で、エルウィン・レノックスとして生きる。
学び、転び、立ち上がり――
本当に生きるのだ。
結局のところ、生き延びるだけで、
生きる勇気がなければ、何の意味があるのだろうか。
やがてエリザベスは呼吸を整え、顔を上げた。
欲望と決意が混じった瞳が、真っ直ぐにルシアンを射抜く。
「……エミリーとの婚約を、私が終わらせるわ」
視線を逸らさず、はっきりと告げた。
ルシアンはしばらく黙って彼女を見つめた。
その瞳には優しさと……隠された悲しみが宿っていた。
その婚約が、いずれ終わることを彼は知っている。
エミリーの運命が明らかになり、女神の祝福を受ける時が来れば。
だが、それを口にすることはできない。
未来を知っているなど、誰も信じはしない。
一歩でも間違えれば、二人とも王国の圧力に押し潰されてしまう。
「気持ちは分かるよ、エリ」
彼は穏やかに答え、手の甲で彼女の頬を撫でた。
「でも今、表に出れば混乱を招くだけだ。この国は体裁で成り立っている。
一度の過ちで、すべてが崩れかねない。
……その時が来れば、恐れずに世界の前に立てる」
エリザベスは眉を寄せた。
その瞳には、彼と同じ葛藤が映っていた。
愛と義務、情熱と運命。
「なら……私のやり方でやらせて」
彼の腕にしがみつきながら言う。
「誰にも、何にも、私たちを邪魔させない」
ルシアンは彼女の唇に優しく口づけ、胸に渦巻く嵐を鎮めようとした。
「君を信じてる、エリザベス」
唇のすぐそばで囁く。
「きっと、道を見つけてくれる。
……私たちが築いているものを壊さずに」
彼女はゆっくりとうなずき、再び彼の胸に身を預けた。
呼吸が重なり、静寂が戻る。
心のどこかで、エリザベスも理解していた。
ルシアンの言葉は正しい。
それでも――
彼女の心は、どうしようもなく燃え上がっていた。
彼が自分のものだと、世界に叫びたくて。
その夜、ルシアンは部屋へ戻った。
エリザベスの体の感触、肌の温もり、
そして自分の名を呼ぶ、その甘い声が、頭から離れなかった。
一瞬、幸福は空に触れた。
だが現実は、太陽が夢を消し去るように、容赦なく押し寄せる。
翌日には公爵領へ戻り、八か月もの間、彼女と離れて過ごさなければならない。
胸が締めつけられる。
苛立ちと虚無が入り混じり、彼はベッドに倒れ込み、顔を両手で覆った。
共有したすべて――
情熱、身を委ねた時間、言葉なき約束。
それらは距離とともに、蜃気楼のように消えていく気がした。
彼は目を閉じ、必死に記憶へ刻み込む。
彼女の髪の香り、肌の感触、途切れがちな呼吸。
この記憶を失わずにいられれば、きっと耐えられる。
長く、疲れた息が漏れた。
幸福と悲しみが、解けない二本の糸のように絡み合う。
これからは、これまで以上に慎重にならなければならない。
一歩間違えれば、すべてが崩れる。
幸いにも、彼にはソフィアという強力な味方がいた。
彼女のおかげで、領地への魔物侵攻は大きな問題にはならない。
軍はすでに動き出し、防衛も着実に強化されている。
約束通り、カーター家を支援することも可能だろう。
それでも――
胸の奥に残る不安は消えなかった。
政治でも、軍事でもない。
これから訪れる本当の試練は、
もっと別の場所から来る――
そんな予感が、意識の縁に影のようにまとわりついていた。




