誓いの重み
邸宅に戻ると、ソフィアはルシアンを直接自身の部屋へと案内した。
空気にはミントの香の線香が漂い、金色のカーテン越しに柔らかな光が差し込む。
座るとすぐ、母はカーター家との婚約の最終条件を説明した。
「六日後、忠誠と真実の神サングスの神殿にて、婚約の儀が執り行われます」
ルシアンは椅子に身を沈め、肘掛けを握り締めた。
「母上……これは……必須なのでしょうか?」
声が震える。
「この誓いも、血も……失敗したら、どうなるのですか?」
ソフィアはいつもの落ち着いた姿勢で彼の前に座った。
「息子よ、よく聞きなさい。圧倒されそうに感じるかもしれません……でも心配はいりません。落ち着いて」
ルシアンは深く息を吸い込み、背中を恐怖が走るのを感じながら言う。
「でも……すべてを背負うのでしょうか?
もし失敗したら、私が……死ぬことになるのでしょうか?」
ソフィアは優しく微笑み、子供をなだめるかのように言った。
「違います、息子よ。この誓いは確かに重く、神聖なものです。だが、あなたが背負うのは本当の重さではありません。
その責任は……エミリーにあります。あなたはただ傍にいるだけ。彼女があなたの前で忠誠を誓うのです」
「つまり……何かが間違えば、彼女が代償を払う。私は……ただ見守るだけ、ということですか」
「その通りです」
ソフィアは頷く。
「しかし誤解しないでください。これは遊びではありません。
エミリーの忠誠がこの契約を支えるのです。あなたの務めは、彼女と結婚し、ダグラス家での地位を与えること……それだけです」
ルシアンは目を見開き、まだ震えていたが、恐怖の合間にわずかな安堵が差し込む。
「こんなもの、見たことがない……恐ろしい」
「知っています」
ソフィアはそっと肩に手を置いた。
「でも、それも成長の一部です、息子よ。あなたは未来の公爵としての責務を負うのです。
この誓いは、あなたの命を脅かすものではありません……忍耐と、エミリーへの支配の試練です」
ソフィアが去り、彼を一人にすると、ルシアンは目を閉じ、思考を整理しようとした。
運命の盤上のすべての駒が動こうとしている。
一手ごとに死か不幸が待ち構えていることを知っていた。
これから起こるであろう出来事の断片が、血で書かれた未来の地図のように思い浮かぶ。
第一の事件:皇太子アンドリューの死。
王室狩猟大会の最中、彼は命を落とし、権力の空白が宮廷を分断する。
その隙間に、皇帝の側室の子レオナルドが後継者として据えられる。
帝国の血を引くその少年は、ノア・アーメット伯爵とその娘イザベラの処刑を決して忘れないだろう。
この行動が王国に最初の亀裂を生む――王座とダグラス家の間の冷戦の始まりである。
第二の事件:ダグラス公国の悲劇。
弟で後継者であるケイレブの暗殺は、政治的報復と見せかけられる。
だがルシアンは知っていた――これは帝国の支援を受けたデニス伯爵の罠だ。
ケイレブの死は相続の道を開くが、父公ローランスの怒りと復讐も招く。
最終的にローランス公は十二軍団のジャッカル、マーカス・ヴァレンティーニに討たれ、公国は陰謀と罪、復讐に引き裂かれる。
第三の事件:マナの拡張。
世界の法則が変わり、魔力が拡張する。
人間や動物が変異し、チャンピオンやサクラムと呼ばれる存在が現れる。
都市は魔力の攻撃にさらされ、カーター家の首都アンズデールも陥落。
防衛中、ダニエル伯爵は戦死し、エミリーはその死を目撃する。
ダグラス家は同盟の義務に縛られ、救援は間に合わない。
生き延びたエミリーの、ルシアンを見る瞳は永遠に変わるだろう。
第四の事件:悪魔の到来。
マナによって開かれた亀裂から、古の悪魔が現れる。
欲望と堕落によって人間の絶望は増幅され、暗黒の力と契約し、教会は政治権力へと変貌する。
民衆の盲信の前に、王は無力となる。
第五の事件:暗黒王の崩壊。
ルシアンは野望に囚われ、高位悪魔と契約し、暴君となる。
体は悪の器となり、心は崩壊する。
最終的に、神々から送られた二十人の英雄が彼に立ち向かう。
最後に彼の目に映るのは、炎に包まれた玉座と、エミリーの剣が胸を貫く光景だった。
ルシアンは部屋を歩き回り、思索した。
部屋は以前より冷たく、空虚に感じられた。
未来の惨劇の地図が、頭の中で一つずつ広がる。
自分の運命も、エミリーの運命も、愛ではなく――破滅を避けるために――絡み合っているのだ。
「何もしなければ、俺は死ぬ」
そう呟いた。
ルシアンは目を開ける。
夜明けが地平線を黄金色に染めていた。
呼吸は落ち着き、しかし瞳は揺るがぬ決意に燃えていた。
「今度こそ」
小さく囁く。
「すべての事件を変えてみせる。英雄も悪魔も……俺の意思だけが、この世界を動かす」
机に肘をつき、広げられた巻物を見下ろす。
指先で、モンスターや材料の名前の上に見えない線を描きながら、頭の中は一つの言葉に集中していた――親和性。
ゲームの世界では、最強の者たちは共通点を持つ――力でも、血筋でも、能力でもなく、魔力との親和性だ。
魂とマナの流れの調和こそ、英雄と死体を分ける鍵だった。
親和性が高ければ、高度な呪文も少ないマナ消費で使用可能。
戦闘では、この小さな差が生死を分ける。
ルシアンは過去の失敗を思い出し、歯を食いしばった。
同じレベルの魔術師同士の戦いでは、親和性の低い者は早々にマナを使い果たし、無防備になり――死が待つ。
生き残るためには、急速かつ絶対的な力の増幅が必要だった。
答えは記憶の中にあった――アルカナ共鳴の儀式。
古代の禁術であり、マナの限界を追求する者だけが知る方法。
禁書には、純粋な魔力の精霊の融合によって、親和性を高められるとある。
精霊を犠牲にする方法もあったが、ルシアンはすぐに却下した――危険すぎ、残酷すぎ、成功率はほぼゼロだからだ。
「親和性……力……生存。
歴史が神の意思で変わらぬなら、俺が手で変えてみせる」
拳を机に叩きつけ、再び決意を固めた。




