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『別れの黄昏、そして再会の朝』

学院の閉幕の日が、ついに訪れた。

式典で交わされた演説と拍手の余韻は、まだ回廊に残っており、貴族各家の紋章旗が一つ、また一つと静かに撤収されていく。

外では馬車が列をなし、空気には別れの匂いが漂っていた。巻かれた羊皮紙、形だけの誓い、そして郷愁を隠そうとする視線――。


名門貴族たちがそれぞれの領地へ戻る準備を進める中、学院はゆっくりと空になっていった。

血統を持たぬ一般学生たちは、完全閉鎖までの間、雑務を任され、もうしばらくここに残ることになる。


魔導師棟の最奥、ひっそりとした一室。

そこに、二つの影があった。


――ルシアンと、エリザベス。


二人は深い口づけを交わし、離れる意思などないかのように、強く抱き合っていた。

夕暮れの影が窓から差し込み、部屋を黄金色に染め上げる。その美しさが、別れをより残酷なものにしていた。


ルシアンの心臓は激しく鼓動していた。

欲情だけではない。

仮面も称号も脱ぎ捨て、こうして彼女を腕に抱ける時間が、もうほとんど残されていないという確信が、胸を締めつけていた。


エリザベスは彼の髪に指を絡める。

その一瞬、世界が消えたかのようだった。

触れ合う体温が熱を帯び、言葉にならない衝動が静かに膨らんでいく。

一呼吸ごと、一拍ごとに、禁忌の境界へと引き寄せられていく――。


それでも、二人は分かっていた。

これ以上は、進めない。


「……エリザベス。学期が終わるのは、やはり惜しいな。これからは、会うのも連絡を取るのも難しくなる」


彼女は顔を上げ、悲しみと決意が混ざった瞳で彼を見つめた。


「ええ、ルシアン。でも、それで終わりにはしないわ。手紙を書き合いましょう? 頻繁に」


ルシアンは小さく微笑み、彼女の頬にそっと触れる。

その仕草は、彼女のすべてを記憶に刻み込もうとするかのようだった。


「もちろんだ。ただし、見つからないよう慎重にならないといけない」


エリザベスは頷き、視線を伏せる。

睫毛がかすかに震え、胸の奥にある想いを必死に抑えているようだった。


「大丈夫。兄を介せば安全よ。彼が仲介役になってくれるわ」


ルシアンは彼女を強く抱きしめる。

腕の中で、彼女の身体がかすかに震えた。


「君を信じてる、エリザベス。君なら、兄君を説得できる」


彼女は縋るように、さらに強く抱きついた。


「心配しないで……」

耳元で囁く。

「兄は、私の言うことを聞くわ」


再び、呼吸が重なった。

外では中庭の鐘が鳴り、一日の終わり――そして、一つの時代の終わりを告げていた。


カルパティア王国・王都

――学院閉幕から二日後


王都に、ゆっくりと朝が訪れる。

学年終了を祝う喧騒の名残はまだ空気に残っていたが、ブルロンス家の屋敷は異様なほど静まり返っていた。


玄関の扉が小さく鳴る音に、カラは身を震わせた。

窓から覗くと、灰色の外套に身を包んだ母が、石畳の道を進んでいく。

考えるより早く、彼女は部屋を抜け出し、庭へと跳び降り、音を立てぬよう後を追った。


背後の気配に気づいたシルヴィは、振り返ることもなく足を止める。


「おばあさまに会いに行くの。あなたも来る?」


カラは即答した。

「もちろん、行く」


シルヴィは誇らしげに微笑む。

「本当に強い子ね。お父様の罰さえ、怖がらないなんて」


カラは片眉を上げた。

「……言わないわよね?」


「それは、道中の振る舞い次第かしら」

母はかすかに笑った。


「……問題は起こさないって、約束する」


二人は王都と外苑を結ぶ石畳の小径を進む。

許可なき者は近づかぬ静かな場所――老いたポプラに囲まれた小さな空き地。

そこは、シルヴィの血筋に連なる者たちが密かに集う場所だった。


だが、辿り着く前に、影の中から複数の人影が現れる。

一族の紋章を刻んだ外套を纏う、戦士と魔導師たち。


「一人で来ると言ったはずだ」

低い声が響く。

「そちらの女性は誰だ?」


シルヴィは怯むことなく、穏やかに答えた。

「年のせいかしら、母上。……自分の孫も分からないなんて」


リンは目を見開いた。

「孫? その子は……あなたの娘? なぜ、ここに?」


シルヴィは小さく笑う。

「思った以上に、私に似て育ったみたいで」


カラは一歩前に出て、軽く頭を下げた。

「はじめまして、おばあさま。ずっと、お会いしたかったです」


沈黙が落ちる。

やがてリンは手を上げ、部下たちに武器を下ろすよう命じた。


「……失礼したわ」

ゆっくりと歩み寄りながら言う。

「年を取るものね。でも……無事で何より」


シルヴィとカラは彼女を抱きしめた。

リンの目から、堪えきれぬ涙が零れる。

長い歳月の隔たりは、どんな言葉よりも重かった。


そのとき、さらに若い影が駆け出してくる。


「姉さん!」

ブリギルが叫び、シルヴィの胸に飛び込んだ。

「ずっと会いたかった……無事でよかった。娘さんまで一緒で……どれほど大変だったか」


シルヴィは彼女を強く抱き返し、懐かしさと安堵が混じった笑みを浮かべた。


――長い時を経て、

シルヴィの一族は、ようやく再び一つになったのだった。

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