チャンピオンの亀裂
ルシアンは治癒室の寝台に横たわっていた。
空気には薬草と焦げたマナの匂いが混じっている。息を吸うたびに、肋骨の内側に刃物を差し込まれるような痛みが走った。王立学院のトーナメント最終戦で、彼は再びカーラと戦うことを余儀なくされたのだ。
今回は単なる見せ物ではなかった。
彼女はほとんど個人的とも言える激しさで襲いかかってきた。勝利は収めたものの、折れた肋骨が三本、そして固定された腕――その代償を思うと、この勝利に意味があったのか疑わずにはいられなかった。
石造りの天井を見つめながら、次は降参してしまおうかと考える。
――次は彼女に勝たせれば落ち着くかもしれない……それとも、いっそ殺してくれれば、この痛みから解放されるか。
そんな皮肉が頭をよぎった。
部屋は、ルシアンの身体の上に浮かぶルーンの円から放たれる、暖かく揺らめく光に満ちていた。魔法の線は彼の呼吸に合わせて脈打ち、石壁に金色の反射を描いている。
エミリーは傍らに立ち、目を閉じ、両手を彼の胸にかざしていた。致命的なミスを恐れる者の集中そのもので、マナを慎重に流し込んでいる。
呪文が完了すると、彼女の唇から小さな吐息が漏れた。
輝きはゆっくりと消え、焦げた薬草の匂いだけが空気に残る。ルシアンは瞬きをしながら目を開いた。
「……楽になった?」
額の汗を手の甲で拭いながら、エミリーが尋ねる。囁くような声には、はっきりとした安堵が込められていた。
ルシアンは無事な腕を動かし、次に包帯の巻かれた方を試す。脇腹に鋭い痛みが走ったが、先ほどまでの耐え難いものではない。
「うん……君のおかげだ」
疲れた笑みを浮かべたが、すぐに顔が歪んだ。
エミリーは彼の身体に残る戦闘の痕を見つめ、軽く首を傾げる。
「トーナメント優勝、おめでとう」
心からの笑顔だったが、声にはかすかな不安が滲んでいた。
ルシアンは短く、苦い笑いを漏らす。
「今は、とても勝者って気分じゃないな」
彼女も小さく笑い、視線を落とす。その音はあまりにも軽く、静寂をほとんど乱さなかった。
「それでも、あなたは勝ったわ。もしかしたらカーラも、もうあなたには勝てないって理解して、放っておいてくれるかも」
ルシアンは皮肉げに眉を上げ、彼女を見る。
「そう簡単にはいかない。あの狂犬は“諦める”って言葉を知らないから」
エミリーは腕を組み、首を振りながら楽しげに微笑んだ。
「なら、次に来たときのためにも、生きてなきゃね」
彼は鼻で息を吐き、ほとんど見えない笑みを浮かべたまま、まだ淡く光るルーンを見つめる。
ほんの一瞬、痛みは薄れ、代わりに久しく感じていなかった――穏やかな安らぎが胸に広がった。
呪文が完全に終わり、骨の奥に温もりだけが残る。ルーンは消えゆく熾火のように空気へ溶け、治癒室には再び静寂が満ちた。
エミリーはゆっくりと手を離す。わずかに震える指が、彼女の消耗を物語っていた。疲れながらも澄んだ瞳で、安堵と心配を入り混じらせた視線を向ける。
「休んで」
そう言って、彼の胸元に毛布をかける。
「正式な結果は、今日の午後に学長から発表されるわ」
ルシアンは力なく頷いた。空気に残る青白い光が、彼の瞳に憂いの色を映す。
「……ああ」
石の天井へ視線を逸らし、呟く。
「それで、何かが変わればいいけど」
学長室は、古い紙と雨の匂いがした。
カーラは窓辺の椅子に座り、顎を拳に乗せて外を見つめている。庭園は雨に洗われた水彩画のようだった。ガラスに映る彼女の顔はぼやけ、そこには新しい痣と、消えきらない怒りがあった。
母の言葉が、鞭のように頭を打つ。
――強くなれなければ、取引のコインになるだけよ。
カーラは歯茎が痛むほど唇を噛み締める。
それが真実だと、彼女は知っていた。力が価値を決めるこの世界で、適性を持つ女は狙われる。外交の贈り物、血と魔法の保証。
母系血統法は寓話ではない。誰が力の天井に立ち、誰が劣った血筋に縛られるかを決める。母の血が、子のマナの飛距離を定めるのだ。
彼女は、その現実を認めまいとする者の激しさで憎んでいた。
「私はトロフィーじゃない……」
小さく呟く。
「飾り物みたいに、棚に並べられるなんて御免よ」
彼女の内なる獣は、単なる誇りではない。生き残るための本能だ。
もしデルタ適性が知られれば、彼女の人生は彼女のものではなくなる。帝国でさえ、アクシオムと野心に満ちた宮廷の視線を、カーラのような少女に向けていた。
廊下で囁きが一つ立てば、貴族たちは婚姻、同盟、相続を企み始める。
ルシアンの剣と打ち合った瞬間を思い出す。
冷たく、正確で、そして……どこか違っていた。
戦場で、彼は彼女を所有物のように見なかった。対等な“敵”として扱った。それが、認めたくないほど胸を刺した。
刃を交える中で、彼の瞳に、嘲りでも軽蔑でもない何かを見た気がしたのだ。小さく、言葉にしにくい何かを。
静かな足音と共に、学長が入室する。
長い年月と不眠に刻まれた顔のマグナスは、書類を机に置き、問題児を見るとき特有の、疲労と情の混じった視線を向けた。
「また母親のところで訓練か?」
気軽を装って問いかける。
カーラは彼を見て、初めて声から棘が消えた。
「ええ。十八になったら、一族の秘伝を教えるって」
マグナスは眉をひそめ、机の縁に手を置く。
「その技は、どこでも歓迎されるものじゃない」
低く警告する。
「君の母の一族との戦争で、多くが死んだ」
彼女は、目に届かない笑みを浮かべた。
「分かってる。でも構わない。私は契約書の名前以上になりたい。力で、私自身を語りたいの」
老人は溜息をつき、長年で身につけた表情を見せる――諦観と苛立ちの混ざったものだ。
「そのクソ生意気なガキに執着するな」
唸るように言うが、声には心配が滲んでいる。
「相手の適性が上なら、負けるのは自然だ。それから――」
付け加える。
「完全には出られん。前の脱走のせいで、学院は許さない。トーナメントが終わるまでは、ここに残れ」
カーラは立ち上がり、椅子の背に手を置いた。
決意が血を燃やす。
「なら、今より強くなって終わらせる」
言い切る。
「ルシアンに見せてやる。『特別』なのは、あいつだけじゃないって」
マグナスは彼女を見つめ、その硬い表情の奥に、諦め混じりの誇りを浮かべた。
「いいだろう。ただ一つ約束しろ」
「生きて帰れ。肉体の代わりに、誇りを埋めるな」
カーラは一瞬、目を閉じ、自分の信念のざわめきを聞いた。
再び目を開くと、窓の外では夜が庭園を影で染めていた。
「帰るわ」
静かに、しかし確かに言う。
「その時は、誰にも“所有物”扱いはさせない」




