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『血の決断』

一方その頃――

ヴァイレンシティの反対側では、

第二将軍スティーブ・エルクハムの指揮のもと、王国軍が瓦礫と化した街路を進軍していた。


彼の眼前に広がった光景は、思わず息を呑むほどの地獄だった。

異形の魔物が何百体も蠢き、兵士たちを喰らい、肉体を引き裂き、理性の欠片もない狂気で街を蹂躙している。

獣の咆哮と魔法の炸裂音が空気を震わせ、血に染まった地面は、まるで地獄そのものの重みに耐えかねて震えているかのようだった。


――だが、エルクハムは怯まなかった。


彼の声は、戦場の轟音を切り裂くように響き渡る。


「前進せよ!

 この程度の化け物どもに、我らの進軍を止めさせるな!」


その号令は廃墟に反響し、黒く焦げた壁を打ち、兵たちの士気を一気に引き上げた。

将軍の存在そのものが、兵士たちの背を押していた。


部隊は即座に陣形を整える。

鋼の壁が一つの意思を持つかのように前進し、煙と灰の中を切り裂いていく。

一歩一歩が計算され、掲げられた盾一つひとつが「決して退かぬ」という誓いだった。


角を曲がるたび、闇から魔物が飛び出してくる。

歪み、飢え、狂気に満ちた姿――

だが、王国軍の規律が崩れることはなかった。


剣が唸りを上げて振るわれ、

槍が正確に急所を貫き、

マナ弾が夜空を裂く稲妻のように飛び交う。


蒼と金の閃光が戦場を照らし、

戦いの叫びは、死の交響曲となって響き合った。


彼らの目的は明確だった。

生き延びることではない。

――腐敗を根絶すること。


デニス家を捕らえ、

悪魔崇拝の教団を解体し、

王国に巣食う闇を完全に払う。


進軍の最中、光属性の魔導師がエルクハムのもとへ駆け寄った。

息は荒く、杖の光は、見えぬ何かに怯えるように揺れている。


「将軍……

 強大な悪魔のマナ反応を感知しました。

 ――かなり近いです」


エルクハムは眉をひそめ、マントを肩に引き寄せた。

灰を孕んだ風が頬を打つ。

前方に広がる廃墟、その先を赤黒い光が染めていた。


――理解していた。

魔族の伯爵たちは、まだこの街にいる。


彼は片手を上げ、部隊を止めた。

一瞬、戦場に沈黙が落ちる。

煙さえも動きを止めたかのようだった。


そして――

鋼の意志を宿した声で、命じる。


「攻撃陣形!

 一歩たりとも退くな! 前進だ!」


軍は一斉に応え、進軍の振動が大地を揺らした。

槍が掲げられ、盾が密集し、

王国の軍旗が灰色の風の中で力強く翻る。


戦いは、再び始まる。

そしてエルクハムは――

一歩たりとも譲るつもりはなかった。


距離を置いて魔物を操っていた悪魔たちは、反応が遅れた。


スティーブ率いる騎士団の突撃は、あまりにも迅速で、あまりにも苛烈だった。

術者が増援を召喚する前に包囲は完成し、

詠唱は断たれ、

呼び出された魔物は、混乱を撒く間もなく切り伏せられていく。


ほんの数瞬のうちに、

悪魔たちは討ち取られた。


その腐食する影響力は、

黒いエネルギーの爆散となって噴き上がり、

瓦礫の間に煙のように溶けて消えていった。


――それは、

王国軍が下した“血の決断”の、最初の結果だった。


危険極まりない敵が無力化されたことで、

スティーブン率いる騎士たちは、残る魔獣へと迷いなく進軍した。


背後からの奇襲に、魔獣たちは明らかに動揺し、後退を始める。

砂塵の中で剣が閃き、槍が空を切り裂く。

ドゥグラス家の兵士たちは完璧な連携で応戦し、鋼と炎の壁を築き上げ、あらゆる抵抗を呑み込んでいった。


目的は明確だった。

包囲されていた兵を解放し、防衛線を立て直すこと。


騎士たちは解き放たれた嵐のように突き進み、魔物の群れを粉砕し、散らしていく。

その進路の先で、街の生存者たち――泥と血にまみれ、傷だらけながらも生き延びた人々が、希望を宿した瞳でその姿を見上げていた。


二つの軍の連携は、もはや止められぬ力となっていた。

つい先ほどまで無限に思えた魔の奔流は、人の勇気と団結の前に、確実に押し戻され始めていた。


その機を逃さず、ソフィアは大胆な決断を下す。


彼女は騎獣部隊を二つに分け、なお抵抗を続ける悪魔たちへ挟撃を仕掛けることを命じた。

失敗は許されない。

計算を誤れば、空中での衝突は即、壊滅を意味する。


――だが、彼女の騎士たちは違った。


長年の訓練で鍛え抜かれた彼らは、一つの意思を共有するかのように動く。

それは、精密さと勇気が織り成す、死の舞踏だった。


第一部隊が右翼へ突撃する。

魔獣たちの咆哮が轟き、砂塵と雷光が渦を巻く。


同時に、第二部隊が左翼から突入し、完璧なタイミングで包囲網を閉じた。


悪魔たちは二つの刃に挟まれ、抗う術を失う。

魔の肉体を貫く槍の音が、容赦ない律動となって響き渡る。

それは、血と意志によって刻まれる勝利の鼓動だった。


――だが、すべてが終わったわけではない。


悪魔公爵イルゴルドは、敗北が避けられぬことを悟ると、空気を凍らせるような咆哮を放った。

彼は己の魔獣――黒き翼と灼熱の眼を持つ巨獣を召喚し、その背に乗って天へと舞い上がる。


腐敗したマナの奔流が彼を包み込み、昼の光すら黒く染め上げた。


ソフィアの配下である十名の飛翔騎士が、即座に後を追う。

だがイルゴルドは、鋭い爪を振るい、悪魔の衝撃波を解き放った。


激しい力に叩き飛ばされ、騎士たちは空中で体勢を崩す。

飛獣たちは悲鳴を上げながら大きく揺れ、

悪魔公爵は戦場の上空に君臨する――新たな闇の前兆のように。


――その頃。


ローレンスは、デニス家の城の回廊を進んでいた。

瓦礫と死体を踏み越え、道を塞ぐものを容赦なく排除しながら。


炎がタペストリーを焼き尽くし、

柱は戦いの轟音に耐えきれず、ひび割れて崩れ落ちる。

廊下に響く悲鳴は、遠い嘆きのように反響していた。


なお抵抗を試みる騎士たちは、ドゥグラス家――公爵の同盟軍によって、情け容赦なく討ち取られていく。

空気は煙と血とマナで濁り、息をするだけで戦場の狂気が肺に染み込むようだった。


そして――

大広間に辿り着いたローレンスは、足を止めた。


そこに広がる光景は、まさに悪夢。


ガルグラネルトは玉座に腰掛け、片脚を組み、

周囲の惨状など意にも介さぬ様子で、冷え切った視線を向けていた。


その傍らには、抑えきれぬ怒りを燃やすトマス・デニス。

彼の周囲には、存在するだけで光を歪める悪魔たちが控えている。


「待つのにも、そろそろ飽きてきたところだ」


氷のように冷たく、どこか愉快そうな声で、ガルグラネルトが告げた。


トマスは耐えきれず、一歩前に出て怒号を放つ。


「呪われろ、ローレンス!

 よくも我が一族を滅ぼしたな!」


ローレンスは感情の欠片も見せずに見つめ返し、

低く、静かな声で問いかけた。


「一つだけ聞こう。

 ――私の息子を殺せと命じたのは、お前か?」


「そうだ!」


トマスは唾を吐き捨てるように叫ぶ。


「俺だ!

 お前が膝をつき、後悔にまみれる姿が見たかった!

 忘れたのか? 皆の前で俺を侮辱したことを!

 お前と、その忌々しい貴族どもが!」


ローレンスは片眉をわずかに上げ、氷のような表情のまま答える。


「お前のようなゴミなど、記憶に留める価値もない」


トマスの顔が、怒りで歪む。


「原初の家系……いつもそうだ。

 他を見下し、塵芥のように扱う。

 だから俺は王国を裏切った、ローレンス。

 お前たちのような連中がいるからだ!」


「そんなことはどうでもいい」


ローレンスの声は、死を孕んだ静けさを帯びていた。


「ただし――

 お前は、その代償を支払う」


その後に訪れた沈黙は、空気そのものを凍りつかせた。

闇のマナが影から滲み出し、生きている煙のように床の亀裂を這い回る。


悪魔たちは歪んだ笑みを浮かべ、

衝突の瞬間を、心から愉しむかのように見つめていた。



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