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――スタンピード殲滅編・前半

空から、一羽の鷹が瓦礫と化した都市の上空を切り裂くように飛んでいた。

広げた翼の下には、崩壊した街並みが広がっている。

その背には、澄んだ瞳を持つ一人の女が跨り、戦場を冷静かつ正確に見渡したのち、

進路をダグラス家の陣営へと向けた。


地上へと降り立つと、

マイテは指揮用の天幕へと足を運び、

世界が燃え落ちていく様を眺めながらも平静を失わぬ女――

ソフィアの前に跪いた。

彼女は湯気の立つ紅茶を口にし、微塵の動揺も見せていなかった。


「戦況はどうなっている?」


穏やかでありながら、

剣の刃のように研ぎ澄まされた声だった。


「はっ。三か所すべての広域魔法は破壊されました。

 戦況は、すでに我が方へと傾いております」


マイテはそう報告し、

長距離飛行の疲労を隠しきれず、わずかに肩で息をしていた。


「上出来ね。引き続き警戒を怠らず、変化があればすぐに知らせなさい」


ソフィアはカップを静かに置き、立ち上がる。


――その瞬間だった。


空気が、震えた。


彼女と魔獣たちを繋ぐ感覚が波紋のように広がり、

ソフィアの全身が即座に緊張する。


「……アレフ」


鋭く振り返り、命じた。


「予備部隊をすべて警戒態勢に。防衛陣を展開しなさい。

 ――戦いは、まだ終わっていないわ」


「何か……起きたのですか、我が君?」


急激な変化に、マイテが戸惑いを隠せず問いかける。


「魔物の大規模な暴走が来る」


ソフィアは地平線を睨み据えた。


「全兵士を即応態勢に。各防衛拠点を強化して。

 不意打ちは、絶対に許されない」


天幕を出ると、

戦場の風にマントが大きくはためいた。

隣を歩くアレフもまた、険しい表情で状況を見極めている。


遠くから、

数百、いや――数千の足音が、

荒廃した大地を揺るがしていた。


――スタンピードだ。


だが、ただのそれではない。


肉食獣も草食獣も区別なく混じり合い、

咆哮と咆哮が重なり合って、

空気そのものを震わせる。


本来、決して共存しえぬ存在たちが、

一つの意志のもとに進軍していた。


古文書に記されていた悪夢。

すべての獣を支配し、

一個の“生きた軍勢”として操る

悪魔の力。


その現実に、

ソフィアと指揮官たちの血は凍りついた。


「……あの忌々しいデニス家、

 一体何をしでかしたの」


ソフィアは、

迫り来る牙と角の嵐から目を離さず、低く呟いた。


「我が君」


アレフは冷静さを保ったまま報告する。


「魔導師たちは回復に時間がかかります。

 現在動かせる戦力は、兵士五千、魔導師千のみ。

 ご命令を」


「魔物を操っているなら、

 術者――悪魔は、そう遠くない」


ソフィアは雷翼の魔獣サンダーの鞍を引き締める。


「私が騎獣隊を率いて討伐に出る。

 あなたは防衛を指揮し、進軍を止めなさい。

 それと、ノア伯にも連絡を。

 ここでの失敗は許されないわ」


「御意、我が公爵」


アレフは深く一礼した。


「防衛陣を整え、ノアにも通達します。

 万全を期しましょう」


次の瞬間、

ソフィアはサンダーと共に空へ舞い上がった。


その後ろには、

形も大きさも異なる魔獣に跨った

四百七十騎の騎獣兵たちが続く。


上空から見下ろす先、

スタンピードは轟音と共に押し寄せてくる。

牙と爪で形作られた、生きた濁流。


だが、

公爵の意志に導かれた騎士たちは、

まるで一つの存在のように動いた。


魔法と鋼が同時に唸りを上げ、

すべての魔獣が、

ソフィアの意志を共有するかのように従っていた。


先頭に立つのは、公爵ソフィア。

その両脇には、彼女が誇る最強の二体が並んでいた。


右側では、炎を纏う魔獣たちが咆哮を上げ、空中に踊るような火焔を呼び起こす。

左側では、雷を宿した獣たちが稲妻そのもののように輝き、生きた嵐となって突き進む。


中央では、水と風の眷属が流れるように隊列を駆け抜け、正確無比な殺意を振るい、

後衛では、岩と骨で形作られた巨人たちが、不壊の壁のように戦線を支えていた。


最初に燃え上がったのは左翼だった。


包囲を狙った魔物の群れは、雷撃と熱湯の奔流に呑み込まれ、

蒼白い閃光となって戦場を真っ二つに切り裂いた。

スタンピードは一瞬、確かに揺らいだ。


だが――


魔法陣の奥に潜む悪魔たちが、冷酷な精度で軍勢を再編する。


ラリエットの鋭敏な感覚に導かれ、

ソフィアは群れを操る二十六体の悪魔の存在を捉えた。

怒り狂う魔獣の壁の向こう側に、確実に“核”がある。


次の瞬間、

五体の巨大魔獣が前に躍り出た。


捻じれた角、光を吸い込むような眼。

昼の光さえ歪める異形たちだ。


サンダーが天を震わせる咆哮を放つ。

その体毛を、蒼い雷が奔流のように駆け巡る。


――激突。


雷獣は最初の巨体――

巨大な牛頭の魔獣を正面から叩き伏せた。

鈍い衝撃音と共に、土砂と岩塊が舞い上がる。


ラリエットは二体目へ跳躍し、

鋭い爪を首元へ叩き込み、一撃で頸骨を断ち割った。

大地が雷鳴のように唸る。


残る三体も同様だった。


炎、雷、風、岩――

あらゆる属性が融合し、破滅の嵐となって吹き荒れる。

敵陣は崩壊し、断末魔は戦場の轟音に呑み込まれて消えた。


スタンピードは、ついに分断され始める。


だがソフィアは理解していた。

これは始まりに過ぎない、と。


悪魔は退かない。

――そして、彼女もまた。


煙、汗、血、魔力が混じり合い、空気は重く澱んでいた。

倒れた魔獣の咆哮は、

騎士たちの抑えきれぬ勝利の叫びへと置き換わっていく。


蒼く燃える瞳を宿し、

ソフィアは静かな怒りを纏って前進した。


この戦場では、強者のみが生き残る。

そして彼女は――

ダグラス家が誰にも屈しないことを証明しに来たのだ。


「身の程知らずの人間どもよ!

 貴様らに、真の序列というものを教えてやろう!」


魔族の伯爵が吼えた。

その声は雷鳴のように戦場を震わせる。


悪魔たちは即座に闇のマナを集束させ、

完全な同期のもと、隕石の雨を解き放った。


紅蓮の閃光が空を焦がし、

衝撃が地面を揺るがす。

陣形は乱れ、混乱が走る。


四体の魔族伯爵が両手を掲げ、召喚詠唱を開始した。


――だが。


詠唱が完了する前に、

ソフィアはサンダーを駆って突進した。


電光が空を裂く。

滑らかな動作で、彼女は腕輪から槍を引き抜き、投擲。


雷を纏った一撃は、

魔族伯爵の胸部を正確に貫いた。


ふらつきながらも、悪魔は歪んだ笑みを浮かべる。


「人間ごときが……

 我らを止められると――」


言葉は続かなかった。


氷のように冷えた眼差しで、

ソフィアはただ一つ、指示を下す。


次の瞬間、

天より雷が落ちた。


槍を媒介にして走る閃光が、

魔族の肉体を包み込み、分解する。

残ったのは、かすかな断末魔の残響だけだった。


ソフィアは背筋を伸ばし、マントを風に揺らす。


「……さて。次は、誰?」


その周囲では、火と魔法の渦が荒れ狂っていた。

騎士たちは必死に陣形を保ち、

魔獣たちは超常の力で敵を薙ぎ払う。


直後、

残る魔族伯爵たちの力で大地が震えた。


二体がソフィアへ突進する。

放たれた術式がサンダーを直撃し、

衝撃で二人は宙を舞い、地面へ叩きつけられた。


一瞬の無防備。


迫る悪魔たち――

だが、その間に割り込む影があった。


ラリエット。


空気を裂く咆哮と共に、

一体の胸部を引き裂き、即座に絶命させる。


残る一体が怯んだ、その刹那。


ソフィアは古代ルーンを刻んだ護符を投げ放った。

低位の水魔法が発動し、

敵の動きを鈍らせる。


立ち直ったサンダーが雷を集束。

ソフィアは槍を握り締め、

すべての力を叩き込む。


蒼光に包まれた魔族は後退し、

そのまま地に伏した。


最も好戦的だった二体が倒れると、

残る三体は撤退を試みた。


だが――

血と戦火をくぐり抜けた騎士たちは逃がさない。


連携機動で包囲を完成させ、

脱出口を封じる。


悪魔たちは異常な執念で抵抗し、

闇のマナが空中で火花を散らす。


追い詰められた三体は、

最後の賭けに出た。


大地が裂け、

黒翼と灼熱の眼を持つ魔性の怪物が召喚される。


その咆哮は、

魔獣でさえ身を竦ませるほどだった。


ソフィアは辛うじて体勢を保ち、

合図と共に最強の十騎を前へ出す。


迷いはない。


灼熱のマナを纏った槍が、

正確無比に魔術構造を破壊していく。


連続する閃光の中、

翼ある怪物は崩壊し、

闇の残滓となって風に散った。


――沈黙。


聞こえるのは、荒い呼吸と、

残留マナの微かな軋みだけ。


煙と血の中、

サンダーに跨るソフィアの姿は、

混沌の中の灯台のように立っていた。


彼女は感じ取っていた。

魔力の残滓と共に――

倒れ伏した六十四騎の仲間たちを。


勝利の代償は、あまりにも重い。


だが、立ち止まる時間はない。


選択の時だった。

悪魔を追うか、

それとも――

未だ戦い続けるローレンスの元へ向かうか。


ソフィアは再編を命じる。


魔獣が整列し、

騎士たちが再び刃を構える。


「集結しなさい。

 ――まだ、終わっていない」


その声に応え、

騎士たちは背筋を正し、深淵を見据えた。


決断は一瞬だった。


「南西へ。

 夜が来る前に、悪魔を狩る」


サンダーが高らかに嘶く。

雷のような進軍が始まり、

空からは飛行偵察隊が合流する。


夕陽が、

煙と灰に覆われた都市を黄金色に染め上げていた。

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