公爵の剣(ラ・エスパーダ・デル・ドゥケ)
瓦礫に覆われた街路を、ローレンスは迷いなく進んでいた。
その歩みは揺るがず、視線の先には明確な目的がある――
南東区画にある一軒の建物。
そこに、破壊すべき広域魔法が存在していた。
空気は煙と残留魔力で濁り、
火薬と血の匂いが街全体に染みついている。
デニッセ伯爵配下の兵たちが行く手を阻もうとしたが、
力の差はあまりにも歴然としていた。
ローレンスが剣を一振りするだけで、
敵は二つに断たれる。
血は石畳を伝い、
断末魔の叫びは崩れた壁の向こうへと消えていった。
彼に立ち向かう者たちの瞳には、
等しく絶望が宿っていた。
その時――
混沌の中から、一人の男が姿を現した。
防衛部隊指揮官、
ヴィクトル・デニッセ。
彼はローレンスの前に立ち塞がる。
その眼差しには、
覚悟と恐怖が入り混じっていた。
自らの死を悟りながらも、
侵略者をこれ以上進ませるわけにはいかなかった。
ヴィクトルはマナを集中させ、
強烈な青いオーラが全身を包み込む。
第七階位魔法――
剣は鋭い風を纏い、
死を描く弧を描いた。
ローレンスは流れるような動きで回避する。
だが、解き放たれた斬風は背後の騎士を切り裂き、
その身体を宙へと吹き飛ばした。
男の悲鳴は、砂塵の中に溶けていく。
ローレンスは眉をひそめた。
仲間が倒れた光景に、
一瞬、怒りが瞳を貫く。
次の瞬間、
彼はヴィクトルへと踏み込んだ。
剣と剣が激突し、
雷鳴のような轟音が響き渡る。
周囲の兵士たちは本能的に後退した。
一撃の誤りが、死を意味することを知っていたからだ。
数秒の間、
戦いは拮抗しているかのように見えた。
鋼は震え、
マナが火花を散らす。
衝突のたび、純粋なエネルギーが閃光となって弾けた。
――だが、勝敗は明白だった。
ローレンスは闇のマナを一撃に集束させ、
剣を振るう。
鋭い風切り音と共に、
その斬撃は敵の剣を真っ二つに叩き割った。
衝撃は凄まじく、
ヴィクトルの腕が宙を舞う。
指揮官は膝をつき、
血と埃の中で悲鳴を上げた。
反応する間もなく、
ローレンスは眼前に立つ。
剣が、無慈悲に振り下ろされた。
次の瞬間、
ヴィクトルの首は地面を転がり、
その目は開かれたまま、
理解できぬ現実を映していた。
――止められると思っていた。
だが今、彼は悟る。
ダグラスの力は、
人が抗えるものではない、と。
広域魔法による弱体化を受けながらも、
ローレンスの歩みは止まらない。
揺るがず、容赦なく、
破壊されたヴァイレンシティの街路を貫いていく。
王国全土を見渡しても、
彼と正面から渡り合える者は、わずか三人。
――だが、そのうち二人はここにいない。
そして、彼を殺し得る唯一の存在は、
遠く離れた陣営で、
おそらく紅茶でも嗜んでいる頃だろう。
この混沌を、
まるで他人事のように。
目的地に到達したローレンスは、
自らの進路に残された破壊に対して、
一切の慈悲も動揺も見せなかった。
ただ一度、
手を掲げる。
次の瞬間――
闇のマナを凝縮した一撃が解き放たれた。
広域魔法を内包していた家屋は、
轟音と共に粉砕され、
石片と木片が爆風に乗って飛び散る。
煙と粉塵が街を覆い、
何が瓦礫で、何が空気なのかさえ判別できなくなった。
遅れて、
彼を護衛するはずだった騎士たちが到着する。
息を切らし、
血に塗れ、
主君の背中を追えなかった自分たちを恥じるように。
ローレンスは足を止め、
地面に刻まれた魔法陣の前に立った。
青白く脈動する魔力を宿した魔導石が、
なおも術式に力を供給している。
――一撃。
正確無比な剣撃が支点を破壊し、
魔法陣は悲鳴を上げるように崩壊した。
純粋なエネルギーが閃光となって炸裂し、
通りを一瞬、白く染め上げる。
その瞬間だった。
市内各所で戦っていた
ダグラス家、そしてアーメット家の騎士たちは、
身体を縛っていた重圧が消え去るのを感じた。
まるで、
見えない枷が外されたかのように。
広域魔法の崩壊と同時に、
虐殺が始まった。
侵攻軍は、
もはや一つの生命体のように前進する。
抵抗は踏み潰され、
防衛線は次々と崩壊していく。
騎士たちの部隊が街路へと雪崩れ込み、
煙に覆われた太陽の下で、
その鎧は鈍く、しかし確かに輝いていた。
――ここから先は、
もはや戦ではない。
一方的な制圧だった。




