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決断の重み

翌日、ルシアンが学院での一日を始めようと準備していると、来客が面会を求めているという知らせを受けた。

不思議に思いながら扉を開けると、そこに立っていたのはイザベラだった。


彼女は深く頭を下げ、その瞳には決意と感謝が入り混じった光が宿っている。


「おはようございます、ルシアン様。

本日より、あなた様の侍女として仕えることになりました」


凛とした声でそう告げる。


「家族を救うために結んだ契約を果たすため、

私にできるすべてを捧げ、あなた様の望みを叶えます」


ルシアンは小さく息を吐いた。

彼女に課された罰を、完全には軽くできなかったことを思い出す。


イザベラの一言一言が、この世界の歪さと複雑さを突きつけてくる。


「そこまで厳格に振る舞う必要はない」

できるだけ柔らかく、彼は言った。

「今まで通り、学院での生活を続ければいい」


だが、イザベラは首を横に振る。


その眼差しには、揺るぎない敬意と、触れられそうなほどの感謝が宿っていた。


「お気遣い、感謝いたします」

かすかに震える声で続ける。

「これは命令だからではありません。

あなた様が私の家族のためにしてくださったことへの、心からの感謝です」


「私は、忠誠と誇りをもって仕えます」


ルシアンは一瞬、目を閉じた。

こめかみに、鈍い痛みが走る。


戦闘よりも、魔法よりも――この状況の方が、よほど消耗する。

それでも、彼女の誠意を無視することはできなかった。


「……分かった。好きにするといい」


その言葉と同時に、部屋を静寂が包む。

彼女は約束を果たし、

彼は――自らの選択がもたらす結果を、受け入れるしかなかった。


王都の菓子店は静かで、焼きたてのパンの甘い香りが漂っていた。

ソフィアが店内に入ると、木の床に足音が柔らかく響く。


案内された個室の扉を開けると、

窓辺に座る女王アデレインの姿があった。

朝の光が、彼女の横顔を照らしている。


「こんにちは、アデレイン」

ソフィアは穏やかな微笑みを浮かべながら言った。

その奥に渦巻く不安を、必死に隠しながら。


「調子はどう?」


アデレインは指を組み、真っ直ぐに彼女を見つめた。


「問題があるわ……正確には二つ」

その声には、鋭い焦りが宿っている。

「規則を破っている者たちがいるのに、あなたは何もしない」


ソフィアはすぐに察したように、わずかに首を傾けた。


「……ルシアンと、エリのこと?」


「ルシアンへの扱い、甘すぎると思わない?」

アデレインの瞳が強く光る。

「彼は次期公爵よ。もっと厳しくあるべきだわ」


ソフィアは深く息を吸い、窓から差し込む光を感じてから口を開いた。


「――彼自身に、決めさせるのはどう?」


アデレインは立ち上がり、声を荒げかける。


「自分が何を言っているか分かってるの!?」


ソフィアは一歩近づき、声を落とす。


「あなたも若い頃……自分の人生を、自分で選びたいと思わなかった?」


アデレインは目を閉じる。

胸に刻まれた、数々の決断を思い出しながら。


「……望んでも、責任があった」


「私は、今でも望んでいるわ」

ソフィアは、初めて弱さを滲ませる。

「自分の人生を選びたい。

だからこそ……息子にも、その権利を与えたいの」


「それは正しくないわ、ソフィア」

アデレインはきっぱりと言う。

だが、その声は一瞬だけ柔らいだ。


ソフィアは視線を落とし、長年胸に秘めてきた想いを吐き出す。


「……私は復讐のために子を産んだ。

ローレンスの幸せを壊したくて……

無垢な命を傷つけるなんて、考えもしなかった」


「でも、腕に抱いた瞬間……その尊さを知ったの」

「だから、償いたい。

あの子が幸せになるためなら、私は何でもする」


沈黙が部屋を満たす。

時計の針の音だけが、静かに時を刻む。


アデレインは歩み寄り、言葉なくソフィアを抱きしめた。

ソフィアは目を閉じ、友情と理解の温もりに身を委ねる。


「……分かったわ」

アデレインは静かに言った。

「でも、彼らを守るために、私たちにはまだ多くの仕事がある」


ソフィアは力強く頷いた。

窓の光が、その横顔を照らす。


――息子の幸せを巡る戦いは、

今、始まったばかりだった。


闘技場は観客のざわめきで震えていた。

だが、ルシアンの意識は、ただ一人に集中していた。


――レオナルド。


彼の静かな眼差しとは対照的に、

対峙する相手の瞳には、激しい怒りが燃えている。


イザベラがダグラス家に引き渡されると知って以来、

レオナルドの心は怒りに支配されていた。

警告など、もはや意味をなさない。


「貴様の一族は腐っている!」

電撃のように鋭い声が響く。

「力で弱者を踏みにじる!

そこに誇りなどない!」


ルシアンは静かに息を吸い、

どこか気だるげに答えた。


「言葉には気をつけろ。

お前が首を突っ込む問題じゃない」


「イザベラのことは、俺の問題だ!」

筋肉を張り詰め、怒りを抑え込むように叫ぶ。


「救世主気取りか」

ルシアンの声は冷たく、鋼のようだった。

「結局は、自分の欲を守っているだけだ。

現実が見えていない」


「黙れッ!!」


咆哮とともに、

レオナルドの身体を青白いオーラが包み込む。


「必ず……貴様の一族に、報いを受けさせてやる!」


激突は、爆発のように始まった。


ルシアンは外科手術のような正確さで踏み込む。

五連続の突き――すべてが、レオナルドの剣によって弾かれた。

火花を散らす刃がぶつかり合い、金属音が闘技場に響く。


反撃とばかりに、レオナルドは剣に電撃を纏わせた。

空気が唸りを上げ、刃から放たれた雷がルシアンへと走る。


ルシアンを覆うマナがダメージの一部を吸収する。

だが、それでも電流は筋肉を駆け巡り、四肢を痺れさせ、動きをわずかに鈍らせた。


――来る。


視線を逸らさず、ルシアンはその瞬間を待つ。


レオナルドの一撃を真正面から受け止め、

防ぎ、捻り、流す――すべてを一動作で行う。


背後へと回り込もうとした刹那、

危険を察知したレオナルドは、自らに雷を走らせ、その反動で地面を転がった。


だが、ルシアンは一瞬も無駄にしない。


鋭い蹴りが炸裂し、レオナルドは再び砂の上へ叩き落とされる。

続けざまに放たれたのは、黒きマナの槍の奔流。


電撃の防御膜を突き破り、

何度も、何度も、彼の身体を打ち据えた。


「ぐっ……!」


よろめきながらも、王子は倒れなかった。


レオナルドは歯を食いしばり、

全身を包む電界を展開する。


無数の火花が舞い、空気そのものが焼け焦げるように軋む。

だが、その代償は大きかった。


膝が砂に触れ、荒い息が漏れる。

呼吸のたびに、限界が近づいていることを思い知らされる。


――残されたのは、最後の一手。


レオナルドは剣を地面に突き立てた。


次の瞬間――

天より雷が落ち、彼の身体を貫く。


己を導線とした雷撃。

爆発的な電流が周囲に解き放たれた。


ルシアンは即座にマナを強化し、衝撃を正面から受け止める。

髪が逆立ち、皮膚に小さな火花が走る。


光が消え、

砂煙が静まったとき――


立っていたのは、ルシアンだった。


筋肉は震え、

汗と砂に汚れた顔に、疲労が滲む。


一方、レオナルドは――

誇りだけで立っていた。


肺が焼けるように痛み、

マナは完全に枯渇している。


「……降参するか?

それとも、最後の一撃が必要か――お節介な王子」


剣を掲げ、

ルシアンの声は冷たく、揺るがない。


「……降参など、するものか……!」


歯を食いしばり、

その瞳には、悔しさと挑戦の色が宿っていた。


次の瞬間――


ルシアンは一歩踏み込み、

正確無比な一撃を、レオナルドのうなじへ叩き込む。


王子の身体が崩れ落ち、

砂煙が舞い上がった。


陽光の中で、

その身体は静かに横たわる。


ルシアンは軽く前屈みになり、

荒い息を吐いた。


――レオナルドが倒れたその瞬間、

彼は悟っていた。


この二人の衝突は、

もはや避けられない運命なのだと。

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