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カーター邸の影

ダグラス家の馬車の車輪が、湿った石畳を叩くたびに、心臓が高鳴った。

その振動が、体中に緊張を走らせる。


エミリーは、大広間の窓際に身を寄せ、表情を落ち着けようと努めた。

外では、黒い旗が風に翻り、二匹の狼の紋章がカーター伯爵家の邸宅の前で揺れている。


背筋に冷たいものが走った。

その優雅で威厳ある紋章は、同時に警告でもあった――

多くの名家が、ダグラス公国に逆らったために滅んでいったのだ。


自分の血筋は、尊敬と名誉をもたらすだけでなく、

常に危険と隣り合わせでもあった。


エミリーは深く息を吸い、震えるレースの裾を慎重に整えた。

表情は落ち着かせる。カーター家の者は、恐怖を外に見せてはいけない――

心の中で戦の太鼓が鳴っていようとも。


「エミリー、お願い」

母が肩に手を置き、低く囁く。

「今ここで何がかかっているか、忘れないで」


エミリーは窓を見つめたままうなずく。

「分かっています、母上。ご安心ください……失敗はしません」


扉の開く音が、静寂を切り裂いた。


ダグラス公国の公爵夫人、ソフィア・ザ・モンドリングが、

堂々とした足取りで大広間に入ってくる。

その姿勢は圧倒的で、笑みはわずかに浮かぶが、温かさよりも冷たさを帯びていた。


後ろには、息子のルシアンが続く。

地味ながらも端正な服装。

背筋はまっすぐ、血筋の重みを如実に示している。


エミリーは、使用人たちが自然と目を伏せるのに気づいた。

ダグラス家の存在だけで、広間は目に見えぬ重さに満ち、

どの家族も越えられない深淵がそこにあった。


挨拶は慎重に、礼儀正しく、儀式的に交わされる。

柔らかな言葉、緊張を含んだ微笑み、計算された視線。

自然発生的なものなど、ひとつもない。

すべてが、外交と生存のための精密な舞踊だった。


エミリーは自分を落ち着かせるよう呼吸を整える。

だが体の隅々は、鋭く警戒していた。

ダグラス家の一挙手一投足が、間違いを許さぬ無言の指示だった。

そして、自分もそれに応えねばならなかった。


ソフィアは柔らかく、母性的な声で言葉を紡ぐ。

「息子は、この会合を心待ちにしていました。

名家との結びつきは、私たちにとって光栄です」


エミリーは軽く頭を下げる。

手の震えを抑え、声は落ち着かせる。

「光栄です、夫人。私どもの家も、この機会を感謝いたします」


大人たちの間で儀礼的なやり取りが交わされる間、

ルシアンの視線が、エミリーの全身を走り抜けるのを感じた。

まるで、未来の暗殺者を見るかのように。


冷酷な後継者の傲慢ではない――

毒を前に、成分を見極める者の目だった。


「不思議ね」

エミリーは心の中で思う。

「彼は、私よりこの状況を楽しんでいないようだわ」


やがて、ソフィアは自然な権威をもって提案する。

若者たちを庭園に連れ出すように、と。


エミリーは、暗黙の意味を理解した。

二人きりで話させ、

言葉で結ばせたい――

政治的な絆を、運命ではなく自らの意思で形作らせるために。


息を吸い込み、

灰色の空の下で雨の気配を感じながら、

ルシアンを庭園へと誘う。


ライラックの香りが漂う。

繊細で、まるでベールのように、緊張を含んだ香り。


一歩ごとに、

彼に、そしてまだ知らぬ未来に、

自分を近づけていく感覚があった。

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