トーナメント・ブリッツ
翌日、学院の中庭は強い陽光に照らされていた。
中央の高台には、王立学院の学院長――マグナス・ブルランスが立っており、その圧倒的な存在感だけで、生徒たちのざわめきは自然と静まっていった。
「――全員、よく聞け」
低く力強い声が中庭に響き渡る。
「本日より、クラスAを対象としたトーナメント・ブリッツを開催する。
お前たち一人一人が、自らの力、技、そして戦略を示す場だ」
マグナスは一枚の大きな魔晶ボードを掲げた。
そこには、戦士と魔導士に分けられた対戦表が、くっきりと刻まれている。
「時間が限られているため、今回のトーナメントは短期決戦方式とする。
クラス1A・2Aは、3A・4Aと対戦。
二週間以内に勝者を決め、最終的に――」
彼は一瞬、間を置いた。
「戦士・魔導士、それぞれ上位四名が激突し、この季節の頂点を決める。
命までは取らんが……覚悟だけはしておけ」
生徒たちは息を呑み、互いに視線を交わした。
不安、興奮、焦燥――それぞれの感情が渦巻く中、対戦表が公開される。
魔晶ボードに刻まれた名前が、太陽の光を反射して淡く輝いた。
【戦士】1A vs 2A
ルシアン・ダグラス・エル・モンドリング vs アデル・ダグラス
クレイグ・デニス vs レジーナ・パン
カスパー・ブルランス vs エドリック・コリンズ
ダリリン・マッカリスター vs エゼキエル・オーウェン
ニルソン・スタンリー vs カデル・シュナイダー
コンウィック・ブリッグス vs ブレア・グレイグ
ウォーカー・ウォール vs ジーン・モンドリング
コーウィン・アーメット vs レオナルド・エルクハン
【戦士】3A vs 4A
カラ・ブルランス vs ロレンソ・デニス
セット・ケスラー vs ベンジャミン・アーメット
ジュリアン・エルクハン vs アンドリュー・エルクハン
マシュー・ブラウン vs アレハンドロ・ジョーンズ
イーサン・ダグラス vs ディラン・ブルランス
エメット・カーター vs ニール・シュナイダー
リアム・ブリッグス vs ケンダル・エル・モンドリング
【魔導士】1A vs 2A
エミリー・カーター vs メロディ・デニス
サンドラ・ザ・モンドリング vs ロキシー・ブリッグス
アブデル・ブラウン vs ジェームズ・ケスラー
ヴェラーノ・ケスラー vs マーク・ブラウン
ナオミ・シュナイダー vs アデラ・ダグラス
ジャスリン・エルクハン vs イザベラ・アーメット
【魔導士】3A vs 4A
エリザベス・エルクハン vs ノラ・ライマー
ダニエラ・シュナイダー vs リズベス・ブラウン
アンバー・アーメット vs ダヤナ・ハリソン
イアン・グレッセル vs ヴァイオレット・ケスラー
クラリス・スタンリー vs キャサリン・エル・モンドリング
レジーヌ・マッカリスター vs カミラ・ブリッグス
魔晶ボードを見つめながら、生徒たちはそれぞれの運命を悟っていた。
このトーナメントは、ただの訓練ではない。
――実力を示す場であり、序列を刻む戦場。
そして何より、
次に名を上げる者と、脱落する者を決める分岐点だった。
生徒たちは小声で名前をささやき合い、これから始まる因縁や戦略に思いを巡らせていた。
ルシアンはその光景を静かに眺めながら、対戦表を一つ一つ吟味していた。興味と軽い侮蔑が入り混じった視線――中には、彼にとって単なる形式的な試合に過ぎないものもあれば、知略と速度の限界を試される戦いもあると理解していた。
一方、エミリーは深く息を吸った。
まもなく、彼女はメロディ・デニスと対峙することになる。
ふと、彼女の視線がルシアンと交わる。
言葉はなかったが、そこには確かな信頼があった。
それぞれの道は違えど、目指す場所は同じ――
力ではなく、技と戦略で勝つこと。
生徒たちのざわめきは、学院の中庭を吹き抜ける風と溶け合い、これから始まるトーナメントの予兆となっていた。
それは単なる力比べではない。
意志、制御、そして効率を測る試練。
名簿に刻まれた一つ一つの名前が戦いの約束であり、交わされる視線のすべてが、
――このトーナメント・ブリッツで勝ち上がるのは、最も冷静で、最も研ぎ澄まされた者だけだと告げていた。
翌日。
空気の張り詰め方は、もはや目に見えるほどだった。
イザベラはためらいがちにルシアンへ近づいた。
その指先は、わずかに震えている。
「……ルシアン様。少し、お時間をいただけませんか?」
その声は途中でかすれ、彼女の不安を隠しきれていなかった。
ルシアンは小さく頷き、人目の少ない場所を提案する。
二人は中庭の隅へ移動し、学院の喧騒が遠ざかる場所で向き合った。
「……話してくれ」
ルシアンは静かに促した。
イザベラは一度深く息を吸い、意を決したように言葉を紡ぐ。
「信じてもらえないかもしれません……でも、犯人はデニス家です。
どうやったのかは分かりません。でも……私の意思とは関係なく、あの手紙を書かされたんです。カレブ様を呼び出すための……」
ルシアンの胸が強く締め付けられた。
「……精神支配か」
思わず漏れた呟き。
「それは、悪魔系魔法だ」
イザベラは一歩後ずさり、怯えた声で繰り返した。
「……悪魔、魔法……?」
ルシアンはすぐに両手を上げ、落ち着かせるように声を和らげた。
「大丈夫だ。信じている。君が犯人じゃないことは分かっている」
一拍置いて、慎重に尋ねる。
「他に……何かされたか?」
イザベラは青ざめた顔で首を横に振った。
「……いいえ。ただ……父と《黄金のドーム》で会う約束をしていた日、ロレンツォに呼ばれて、知らない場所へ連れて行かれました。
そこで、奇妙な男を紹介されて……手を握った瞬間、頭の中が真っ白になって……」
彼女は唇を震わせた。
「気づいた時には、手にインクがついていました。でも……その日、私は何も書いた記憶がないんです」
ルシアンは拳を強く握りしめた。
「……あいつら、悪魔教団と繋がっている」
怒りが声に滲む。
イザベラは縋るような目で彼を見つめた。
「……信じてくれるんですか?
どうか……家族を、救ってください……」
ルシアンは重く息を吐いた。
「……君と、兄妹たちの命は守れる。たぶん、な」
だが、視線を逸らす。
「……ノア伯爵については、正直、保証できない」
イザベラは取り乱し、父の代わりに自分の命を差し出すとまで言い出した。
ルシアンは首を横に振る。
「意味がない」
静かな声だった。
「母に手紙を書く。事情はすべて説明する。
……君には、手を出させない」
涙に濡れた声で、イザベラは何度も礼を述べた。
「……兄妹だけでも助かるなら、それで……一生、感謝します……」
反射的に、ルシアンは彼女の頭にそっと手を置いた。
「……すまない。こんな混乱に巻き込んで」
ルシアンの胸に、冷たい不安が這い上がる。
高い地位。
莫大な資源。
貴族としての権威。
それらを持ちながら――
それでも、止められない流れがある。
この戦争で、ローレンスは死ぬ。
それは“ゲームの記憶”として、確かな未来だった。
帝国は見えない手で盤面を動かしている。
自分は、その上に置かれた駒の一つにすぎない。
政治。
官僚。
陰謀。
どれも、今の自分には重すぎる。
イザベラを守ることはできる。
ソフィアに事情を話し、助けを請うこともできる。
ローレンスを救おうと足掻くことも、きっと可能だ。
だが――
世界は、それでも進む。
その事実が、胸を焼いた。
無力感。
怒り。
そして、何もできない自分への嫌悪。
久しぶりに、ルシアンは理解した。
――自分は、まだ死に近い。
抗えない運命が、日々、確実に近づいている。
その現実が、氷の外套のように彼を包み込み、
誰にも――自分自身にさえも――それを脱ぎ捨てることはできなかった。




