「アーメット邸」
その頃、王都の反対側では――
アーメット邸が、不安と焦燥に包まれていた。
ノア・アーメット伯爵は一族全員を大広間に集めていた。
蒼白な顔。震える声。
空気は恐怖で満ちている。
ベンジャミンは妹の方へ振り返り、絞り出すような声で言った。
「イザベラ……頼む、嘘だと言ってくれ。
あの手紙を書いたのが、お前じゃないって……」
喪服に身を包んだイザベラは、ゆっくりと顔を上げた。
その手は、かすかに震えている。
「違うわ、ベン……私じゃない」
「でも、魔導師たちは言ってる。
封印も、筆跡も、本物だって……誰かが私を真似たの。
私たちを――滅ぼそうとしている誰かが」
ベンジャミンは髪をかき乱し、歯を食いしばった。
「ダグラス家は、もう話を聞く気はない……
戦争が始まれば、俺たちは生き残れない」
イザベラは拳を握りしめ、涙を必死に堪えながら言った。
「だったら、私が必ず見つける……
これを仕組んだ犯人を。
この名にかけて、必ず」
その瞬間、大広間の灯りが不気味に揺らめいた。
そして外では、王国の使者たちが正式に告げていた。
――ダグラス家とアーメット家の開戦を。
*
回廊の大きな窓から差し込む陽光が、
ダグラス家の紋章を描いたタペストリーを黄金色に染めていた。
外では、剣が打ち合う金属音、
魔獣の蹄が地を叩く重低音が響いている。
公爵領は、静かに、だが確実に――戦争への準備を始めていた。
兵士たちは中庭で鍛錬に励み、
魔導師たちは強化魔法を詠唱し、
鍛冶師たちは休むことなく炉に向かう。
すべては、ソフィアの厳重な指示のもとで行われていた。
*
一方、東棟の一室で、ルシアンは遅れて目を覚ました。
身体は森での疲労を引きずっていたが、
心はそれ以上に落ち着かなかった。
――静けさが欲しい。
せめて、思考を整理する時間が。
そう決めると、彼は剣を手に取り、訓練場へ向かった。
扉を開けた、その瞬間――
思いもよらぬ光景が目に飛び込んできた。
床に倒れている一人の少女。
その傍らで、アルベルトが腕を組み、
楽しげで残酷な笑みを浮かべて大笑いしていた。
「おや、遅かったな、ルシアン」
アルベルトは肩をすくめる。
「訓練相手を呼んでいたんだが……どうやら、もう無理そうだ」
ルシアンは眉をひそめ、倒れている人物を見て息を呑んだ。
「……自分の姪にすら、情けをかけないのか。
この悪魔め」
怒りを抑えた声で吐き捨てる。
アルベルトは低く笑った。
そこに、後悔の色は一切ない。
「それが、俺なりの愛情表現だ」
その皮肉な口調が、
彼の歪んだ本性を雄弁に物語っていた。
ルシアンはしゃがみ込み、少女――ジーンを見つめる。
「大丈夫か?」
ジーンは汗に濡れた顔で、かすかに微笑もうとした。
「……脚の感覚が、ないの……」
「心配するな。一時的なものだ」
「エネルギーを使いすぎただけだよ」
ルシアンがそう告げると、
アルベルトが一歩前に出て、意地の悪い笑みを浮かべた。
「で、お前はどうする?」
「慰めに来ただけか?
それとも――俺とも、訓練する気か?」
ルシアンは拳を強く握りしめた。
アルベルトと向き合う時が、いずれ来ることは分かっていた。
深く息を吸い、剣を抜く。
「……いいだろう」
「口先だけじゃないところを、見せてもらう」




