堕ちた息子
夕陽が王都の城壁の向こうへ沈みかけたその時、砂煙の彼方からダグラス家の軍旗が姿を現した。
城門は慌ただしく開かれ、キュモペリアの森からの知らせを待っていた群衆の間に、不安が静かに広がっていく。
戦いの傷をまだ身体に残したまま、ソフィアとルシアンはダグラス邸の敷居を越えた。
そこで彼らを待っていたのは――完全な混乱だった。
泣き崩れる使用人たち。
呆然と立ち尽くす兵士たち。
そして広間の中央には、虚ろな眼差しと怒りに歪んだ顔をしたダグラス公爵、ローレンスが立っていた。
「……ここで、何があったの?」
ソフィアが問いかけた。その声は毅然としていながらも、深い不安を隠しきれていない。
一人の近衛兵が前に出て、恐れを帯びた敬意とともに頭を下げる。
「奥方様……若様、ケイレブ様が……殺害されました」
その言葉と同時に、空気が凍りついた。
ルシアンは一歩前に出るが、その意味を理解できずにいた。
「……殺された、だと……?」
母は答えなかった。
ローレンスの表情が、すべてを物語っていた。
調査の結果は、あまりにも残酷だった。
ケイレブの部屋から見つかった一通の手紙――それはアーメット家のイザベラからのもので、彼を、遺体が発見された場所へと呼び出していたのだ。
インク、封印、そして筆跡。
すべてがアーメット家の記録と一致していた。
疑いようもなく――裏切りだった。
怒りに狂ったローレンスは、事件現場に居合わせた者すべての拘束を命じた。
王都は噂と恐怖で満ち、ついには貴族同士の殺戮を防ぐため、国王自らが介入する事態にまで発展した。
公爵の執務室は、息苦しいほどの緊張に包まれていた。
暖炉の炎が赤い影を壁に揺らし、ローレンスは獣のように歩き回っている。
「我が息子を殺した者どもは、必ず死なせる!」
彼は机を拳で叩き、咆哮した。
窓辺に立つソフィアは、氷のように冷静な眼差しで彼を見つめていた。
その声は穏やかでありながら、刃のように鋭かった。
「痛みだけで行動すべきではないわ、ローレンス。
軽率に動けば、あなたは家族すべてを怒りの渦に巻き込むことになる」
ローレンスは顔を上げ、血走った目で睨みつける。
「なら、君はどうする!?
もし自分の息子が殺されたら……!
ルシアンの立場だったら、どう反応する!?」
ソフィアはゆっくりと振り返った。
その瞳には、軽蔑と真実が燃えていた。
「私は――息子を傷つける可能性のある者を、決して近づけさせない。
そして、あなたは……自分の息子を守れなかった」
その言葉は、宣告のように重く落ちた。
ローレンスは動けずに立ち尽くし、罪悪感と怒りの狭間で震える。
「兵を集める」
低く響く声で公爵は言い放った。
「魔獣騎兵も連れていく。
奴らの領地を蹂躙し、ノア伯を――この剣で吐かせてやる」
ソフィアは冷ややかに彼を見た。
「小さな領地を潰すのに、軍勢は必要ないわ」
「私が五百騎だけ連れて行く。
復讐がしたいなら、あなた自身がやりなさい。
無意味な戦争に、何千もの命を巻き込むつもりはない」
ローレンスはその平然とした態度に、理解できず怒りを募らせた。
机を叩くと、暖炉の炎が揺れる。
「私に逆らうつもりか!」
ソフィアは答えなかった。
踵を返し、マントを翻して扉へ向かう。
外ではラリエットが待っていた。
振り返ることなく、彼女は言った。
「決断はあなたがなさい、ローレンス。
でも――あなたの過ちを、皆が共有すると思わないことね」
扉が閉まると同時に、ローレンスは低く呪詛を吐いた。




