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戦利品の代償

カラは遠くから、その光景を呆然と見つめていた。


――圧倒された。


ソフィア公爵夫人の戦いぶりは、ただただ凄絶だった。

一挙手一投足が洗練され、力と技が完全に融合している。

それは、経験を積んだ戦士と自分との間に横たわる、埋めようのない隔たりを突きつける現実でもあった。


だが、カラの視線はもう一人の存在にも向けられていた。


巨大な狼の背に跨り、魔獣の背後から攻撃を仕掛けるルシアン。

彼の一撃一撃は無駄がなく、

放たれる魔法はすべて、バシルコの攻撃動作を的確に遮断していた。


ルシアンが隙を作り、

ソフィアが確実に仕留める。


その連携は、まるで長年共に戦ってきたかのように完成されていた。


やがて、魔獣は明らかに弱り始める。

かつて雷鳴のように森を震わせていた咆哮は、

次第に掠れた呻きへと変わっていった。


そして――

最後の力を振り絞るように、

喉の奥から、低く濁った声が漏れた。


「……これほどの力を……

 知ったことは……なかった……」


砕けるような声で、魔獣は呟く。


「……アシラの名において……

 貴様らを……呪おう……」


その言葉を最後に。


――沈黙。


命は完全にその巨体を離れ、

森は、まるで喪に服すかのような静寂に包まれた。


戦いは終わった。

だが、その勝利がもたらす代償が、

この先、何を呼び寄せるのか――

まだ、誰も知らなかった。


ルシアンはゆっくりとソフィアに歩み寄った。

その瞳には、尊敬と驚嘆がはっきりと宿っている。


(……簡単すぎた)

一瞬、そんな考えが脳裏をよぎる。

(ゲームでは何度も挑戦して、こんな圧勝は一度もなかった。

……やっぱり母上は、本当に強い)


ソフィアは誇らしげに微笑み、彼の頬を軽くつねった。


「いったい、どこでそんなに魔獣の知識を身につけたの?

困ったことばかりする小さな探検家さん」


ルシアンは少し慌てて、すぐに答えた。


「が、学院の図書館です!

魔獣と弱点について書かれた本を見つけたんです!」


そう言って、小さく笑う。

――学院の図書館が崩壊していて、誰も確認できないのは都合がいい、と思いながら。


そこへ、ウィルバーとカラが近づいてきた。

二人の表情には、はっきりと感謝の色が浮かんでいる。


「公爵夫人、助けに来てくださりありがとうございます」

ウィルバーは深々と頭を下げた。

「あなたがいなければ、あのような魔獣には到底太刀打ちできませんでした」


カラは、まだ信じられない様子で尋ねる。


「公爵夫人……あれって、本当に喋ってたんですか?

私の気のせいじゃ……」


ソフィアは真剣に頷いた。


「聞き間違いではないわ、カラ。

高位の魔獣の中には、自我を持ち、意思疎通ができる者もいる。

バシルコは、その一体だった。珍しいけれど、不可能ではない」


その空気に耐えきれず、ルシアンが口を挟む。


「ところでさ、なんでここにいるんだ?

まさか……また抜け出してきたとか?」


ソフィアは呆れたように首を振った。


即座に返ってきたのは、鋭い返答だった。


「おしゃべり。あんたに関係ないでしょ。

ここで勝負よ。母親の前で、あんたがどれだけ弱いか見せてあげる」


そのやり取りを見て、ソフィアは静かに割って入る。

ルシアンの耳元に、そっと囁いた。


「二人きりにしてあげるわ、色男さん」


「いえ、必要ありません、母上」


場の緊張はまだ消えなかったが、

ソフィアはバシルコの亡骸の処理へと向かった。


あの魔獣の肉体が持つ価値は計り知れない。

彼女は冷静に指示を出し、解体・保存を命じる。

――研究と、自身、そして息子をさらに強くするための戦利品として。


ウィルバーは意を決して近づいた。

部隊の損耗を思い、立場の弱さを理解したうえで、深く頭を下げる。


「公爵夫人、どうか……

カラをあなた方と同行させていただけないでしょうか。

そのほうが安全です」


ソフィアは穏やかに彼を見つめ、頷いた。


「構わないわ。

あなた方全員、こちらに合流なさい」


「ありがとうございます!」

ウィルバーは安堵の表情で礼を述べた。


「気にしないで」

ソフィアは淡々と答える。

「この子には借りがあるの。

学院が襲われた日、ルシアンを守ってくれたのを見たわ。

これは、その礼よ」


その頃――

カラとルシアンは、相変わらず激しい口論を続けていた。


魔力に満ちた森に、二人の声が響く。

危険を顧みないその様子に、ソフィアがついに声を張り上げた。


「そこまで!」


鞭のように鋭い声が空気を裂く。


「撤退するわ。

森の王が死んだことは、すぐに他の魔獣に知れ渡る。

空席を巡って争いが始まる前に、ここを離れるべきよ」


騎士たちは即座に行動した。

ブールランス隊の生存者四百七十八名と、

ダグラス家の騎士九百四十名が合流し、整然と撤退準備を整える。


ルシアンがアンバーに乗ろうとした、その時。


「ねえ、ルシアン」


カラが挑発的に微笑む。


「その子に一緒に乗せてくれない?

すごく綺麗な魔獣だし」


「正気か」

ルシアンは即答した。

「絶対に嫌だ。

そのボロ馬に乗ってろ」


「……失礼ね」


「そう言う割に、会うたび勝負ふっかけてくる狂犬は誰だよ」


次の瞬間――

カラは躊躇なくアンバーに飛び乗り、ルシアンにしがみついた。


「乗せてく。文句ある?」


「離れろ!」

ルシアンは必死にもがく。

「なんでそんなに頑固なんだ!

頭が岩でできてるのか!」


――一方その頃。


ケイレブは、護衛を入口に残したまま、

イザベラとの待ち合わせ場所へと急いでいた。


私室に足を踏み入れた瞬間――

世界が反転する。


四人の男が一斉に襲いかかり、

反応する暇もなく、剣が胸を貫いた。


視界が揺れ、激痛と混乱が交錯する。


(……誰だ……?

……なぜ……)


答えは、どこにもなかった。


――数日後。


夜の森。

ルシアンは天幕の中で、ようやく休息を取っていた。


だが――


「誰だ!

アンバーが首を噛みちぎる前に出てこい!」


「随分と物騒ね。

もう少し優しくできないの?」


「……カラ。出ていけ」


彼女は平然と理由を語る。

他の天幕にいた騎士が消えたこと、

そして森の王のエッセンスを吸収してから、体調が妙なこと。


「知るか。出ていけ」


だが――

カラは勝手にベッドに潜り込み、目を閉じた。


「おやすみ」


「――おい!!」


返事はない。完全に寝ている。


呆然としつつ、ルシアンはため息をついた。

否定できない引力を振り切るように、距離を保って横になる。


――翌日。


探索部隊は学院へ帰還した。

一万人のうち、生還したのは六千四百三十二名。


被害は甚大だった。


修復中の城壁で、マグヌスが叫ぶ。


「カラ!?

何をしているんだ!

君の父親が血眼になって探しているぞ!」


「手紙、見てないだけでしょ」

彼女は平然と答える。

「ちゃんと書いたわ」


「師匠、悪魔の少女を返します。

三年ほど厳罰に処してください」


「余計なこと言うな!」


――その後、指揮官会議で。


ソフィアは断言した。


「魔獣の暴走の原因は、悪魔伯爵級の存在。

魔教団は、かつてないほど危険な存在を従えています。

次は、どこで起きても不思議ではない」


「なぜそう言い切れる?」


「証拠はない。

だが、事実が示している。

召喚は成功しているわ」


「……本当に、悪魔が?」


ソフィアは静かに答えた。


「神話時代。

悪魔が魔獣を支配していたという記録がある。

学院で起きたことは、それと酷似している」


沈黙。


五千年前――

人類が滅亡寸前まで追い込まれた、闇の時代。


それが、再び近づいているのか。


それを、まだ誰も確信できずにいた。

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