表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/188

一万の軍勢、森へ進軍す

夜明けとともに、魔導兵と騎士からなる巨大な隊列が学院へと進軍してきた。

風にはためく軍旗、そして戦鼓のように響く馬蹄の音。

それは、否応なく戦の到来を告げていた。


エルクハム家は、騎士と魔導士合わせて三千。

ブールランス家とダグラス家は、それぞれ千。

残る十の貴族家門が五百ずつ兵を出し、

――総勢一万。


鍛え上げられた一万の命が、ただ一つの目的のために集った。

すなわち、暴動の原因を突き止め、

そして――キュモペリアの森に、悪魔教団が根を張っていないことを確認するために。


到着した彼らを待っていたのは、あまりにも無惨な光景だった。


崩壊した建物の瓦礫が地に散乱し、

そのすべてが災厄の規模を無言で物語っている。

かつて栄華を誇ったAクラス校舎は、見る影もなく崩れ落ち、

砕けた壁と割れた窓が、朝日を受けて“壊れた記憶”のように光を反射していた。


ダグラス家の軍勢の先頭には、ソフィアがいた。

漆黒の軍馬サンダーにまたがり、

周囲の光を吸い込むかのようなその姿は、圧倒的な存在感を放っている。


揺るぎない眼差し。

荒廃の中にあっても、彼女は決意の灯台だった。


その隣には、ルシアン。

同じく馬を進めながら、周囲を静かに警戒している。

顔には不安が浮かんでいたが、動揺はない。

まるで彼自身が、破壊に対抗する“盾”であるかのようだった。


「マグヌス校長……」


ソフィアが声をかける。

穏やかでありながら、芯の通った声だった。


「……酷い有様ですね。

数日、休養を取られては?」


学院長マグヌスは憔悴しきっていたが、

それでも礼を尽くし、頭を上げた。


「公爵夫人……お目にかかれて光栄です」

かすれた声で言う。

「……私の過ちを正しに来られたのですか?」


ソフィアは静かに首を横に振った。


「ご自分を責める必要はありません。

これはすべて、悪魔教団の仕業です」


「……それでも」

マグヌスは歯を食いしばる。

「守るべきでした。

若者たちが命を賭け、我々大人がただ見ているしかないなど……あまりにも理不尽だ」


ソフィアは眉をひそめた。


「止めようがなかったと聞いています。

巨大な魔獣が現れたとか……どのようなものだったのですか?」


マグヌスは目を閉じ、悪夢をなぞる。


「高さ六メートル、全長十三メートル。

濃緑色の爬虫類でした。

森から現れ、他の魔物を追っていた……」


一度、息を整える。


「城壁に近づいたため、あらゆる魔法を放ちました。

……ですが、何一つ効かなかった。

攻撃したこと自体が、誤りだったのでしょう。

奴は脅威を感じ――口から光線を放った。

一撃で、城壁は消えました」


沈痛な声。


「多くの戦士と魔導士が、一瞬で……。

幸いにも、周囲の魔物を喰らい尽くした後、奴は去りました。

城壁を失った学院には、逃げ場を失った魔物たちが流れ込んできたのです」


ソフィアは唾を飲み込んだ。


「……属性は?」


「無効でした」

マグヌスは即答する。

「魔導士と戦士の連携でも、歯が立たない。

絶対的な、破壊の力でした」


ルシアンは黙って聞いていた。

――そして、思い出していた。


ゲームの記憶。

あの存在は、ほぼ無敵だった。


光属性・オメガ級の魔力を持つ魔蜥蜴。

全属性耐性。

森の闇の魔物すら凌駕する破壊力。


唯一、闇属性の魔法を“特定の部位”に、“完璧なタイミング”で当てた場合のみ、

わずかなダメージが通る。


――それ以外は、死。


もし現実でも、同じ条件なら。

勝利は存在しない。


ただの、虐殺だ。


ブールランス家の部隊に紛れ込む、一人の少女。

髪を束ね、全身鎧をまとい、決して兜を外さない。

遠くから、ソフィアとルシアン、そしてマグヌスを見つめていた。


――叔父は、傷を負っている。

声をかけたい。

だが、今は無理だ。


正体が露見すれば、任務を続けられなくなる。

慎重さこそが、最大の武器だった。


探索は、軍事的な精度で進められた。

千人ずつ、十部隊。


目的は三つ。

魔物の暴走の原因究明。

悪魔教団の潜伏先の確認。

そして――すべての元凶である魔獣の捜索。


ソフィアはルシアンに近づき、真剣な表情で告げた。


「ルシアン。

常に、私のそばにいなさい」


有無を言わせぬ声音。


「単独行動は禁止よ。

これは、屋敷での模擬戦とは違う。

森の深部では、強大な魔物と、極限の危険が待っている。

……分かったわね?」


「はい、母上」


真剣な返事。

だが、その瞳には、かすかな高揚が宿っていた。


「必ず注意します。

あなたを心配させるつもりはありません」


ソフィアは、かすかに微笑んだ。

だが、その眼差しは決して緩まない。


「アルベルト」

彼女は若者を指さす。

「彼をよく見ていなさい。

悪さをさせないよう、頼むわ」


「承知しました、公爵夫人」


隊列は動き出す。

数日間、帰還の保証はない。


一歩、また一歩。

影は濃くなり、

森の静寂は、常に“何かが潜んでいる”ことを思い出させた。


ダグラス邸。

一通の手紙と、贈り物がケイレブに届けられた。


差出人は――イザベラ・アーメット。


それは、想いを告げる手紙だった。

人目を避けた場所で、二人きりで会いたいという内容。


ケイレブの喜びは、隠しきれなかった。

すぐに返事を書き、待っていた使者に託す。


首都の通りを歩く、レオポルドと甥のレオナルド。

古い城壁と塔を見上げるレオポルドの表情は、硬く、誇りに満ちていた。


「叔父上……心配しないでください」

レオナルドが、怒りを抑えながら言う。

「いつか必ず、あの無礼者に報いを。

家の後ろ盾があるからと、好き勝手して……」


レオポルドは彼を見る。

誇らしさと、戒めを込めて。


「お前も侮辱されたか」

「父は抗議しましたが……学院の活動だと」

「王族への無礼ではない、と」


レオポルドは眉をひそめた。


「寛容すぎる。

帝国なら、許されん」


低い声で続ける。


「覚えておけ。

お前の血には、皇帝の血が流れている。

イプシロン級の戦士――ルシアンのような者と対峙しても、決して怯むな」


レオナルドは目を見開いた。


「……イプシロン?

ルシアンが?」


「ああ。

公然の秘密だ。

名門は、切り札を隠すものだ」


「だから、あんなに強いのか……」


レオポルドは頷く。


「王族に、そんな秘密を隠すこと自体が滑稽だ」

吐き捨てるように言った。


「それはな、レオナルド……

“反逆”と呼ばれるべき行為だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ