「冠なき騎士たち」
午後、エミリーはルシアンに会いに向かっていた。
途中、影のように現れたアレハンドロとマヌエル。二人は明るく声をかけるが、その笑顔の奥には微妙な緊張が漂っていた。
「初勝利、おめでとう、エミリー」
アレハンドロはにっこりと笑うが、その目は鋭く光っていた。
「君を誇りに思うよ、妹よ」
マヌエルも微笑むが、どこか誇張された仕草が目立つ。
エミリーは少し驚きながらも、礼を言った。
「ありがとう。お二人は元気ですか?」
「元気だよ。…ところで、ここは男子寮だぞ。何してる?」
アレハンドロが軽く眉をひそめる。
「ルシアンのところに行って、治癒魔法を手伝おうと思って」
エミリーは落ち着いた口調で答える。
アレハンドロの表情が少し険しくなる。
「これ以上彼に近づく必要はない。俺たちが、その誓約を断ち切るから」
その声には、警告と挑戦の混ざった響きがあった。
エミリーは少し身を硬くした。
「誰かを危険に晒すようなことはやめてください」
「妹よ、俺たちは大丈夫だ。計画は順調さ。ほら、胸の盾を見ろ」
アレハンドロは胸元を指さし、誇らしげに立っている。
「…王の騎士団に?」
エミリーの目が大きく見開かれる。
「そうだ。アンドリュー王子の信頼を得て、家族の領地を取り戻すんだ」
アレハンドロの瞳に鋭い決意が宿る。
エミリーは少し寂しげに呟く。
「じゃあ、もう私たちの領地には戻らないの…?」
「時間があるときに訪ねるさ。約束する」
その声は確かな温度を帯びていた。
遠く、黒い狼と並んで歩くルシアンを見つけ、エミリーは駆け寄る。
ウルバ―の毛が午後の光で淡く輝き、その威圧感が静かに漂っていた。
「ルシアン、どこへ行くの?まだ休まなくちゃ」
心配そうに声をかける。
「カサンドラ先生の授業を手伝えって頼まれたんだ」
ルシアンはウルバ―を撫でながら、落ち着いた口調で答える。
「まずは少しでも体を回復させましょう」
エミリーは一歩前に出る。
「必要ないさ。それに君の友達、怒っているみたいだ」
ルシアンの口元に軽く微笑が浮かぶ。余裕と自信に満ちていた。
エミリーはためらいながらも、呼びかける。
「みんな、こちらに来て」
アレハンドロとマヌエルは不満そうに従う。
アレハンドロは腕を組み、冷たい視線をルシアンに向ける。
「礼儀作法なんて期待するな。ここはアカデミーだ」
マヌエルも挑発的に真似る。
「序列の基準は違うんだ。分かるよな?」
エミリーは目を見開き、二人に注意する。
「ちゃんと振る舞ってください!」
アレハンドロはルシアンを見つめ、挑戦的に言う。
「カラに二度勝ったそうだな。回復したら俺と戦え。夢見心地から覚めさせてやる」
ルシアンは冷静に微笑む。
「もちろん、いつでも。現実を見せてあげる。すまない、でもやることがある。良い一日を…」
そして二人を遠ざけるように、静かに去っていく。
エミリーはすぐに追いかけ、一歩踏み出す。
「待って、ルシアン。私も一緒に行くわ」
アレハンドロの目に苛立ちが走る。
妹の視線が以前よりルシアンに向かっているのを、抑えきれない嫉妬として感じたのだ。
二人は獣使いの教室に入る。
そこにはカサンドラ・ロイド先生が微笑みを浮かべ、興味深そうにルシアンとウルバ―を見つめていた。
「ルシアンさん、エミリーさん、ようこそ!
今日は王国最高の獣使い、ソフィア公爵夫人の制御力を生徒たちに示すため、協力してほしいのです」
カサンドラ先生の声には喜びと期待が満ちていた。
ルシアンは落ち着いた表情で答える。
「準備はできています、カサンドラ先生」
ウルバ―が低く唸り、教室内の空気がぴんと張り詰める。
エミリーは少し息を整え、ルシアンの横に立った。
二人の間に流れる静かな緊張。それはまるで、これから何が起こるかを知っているかのような予感に満ちていた。




