「政治的計画と婚約」
アンドリューが自分の教室に戻ると、マヌエル・カーターとアレハンドロ・ジョーンズが待っていた。
「ご機嫌よう、殿下」
マヌエルが礼儀正しく頭を下げる。
アンドリューは、学院内で“二番目に強い”と評されるアレハンドロに視線を向け、静かに問いかけた。
「私の提案について、考えは固まったか?」
「はい、殿下」
アレハンドロは迷いなく答えた。
「お受けします。あなたの王国騎士となることを望みます。ただし、一つだけお願いがあります」
アンドリューはわずかに眉をひそめた。
「……いいだろう。場所を変えよう」
人目を避けた後、アンドリューが尋ねる。
「内容は?」
アレハンドロは即答した。
「可能であれば、ダグラス家を滅ぼすための部隊を編成したい。彼らは王国に害しかもたらしていません」
その言葉に、アンドリューは足を止め、冷たい視線で振り返った。
「聞け。今それは不可能だ」
彼の声は低く、鋭い。
「帝国はすでにシルヴェリア王国を完全に掌握している。次に狙われるのは我々だ。軽率な行動は、すべてを危険に晒す」
「……理解しました、殿下」
アレハンドロは深く頭を下げた。
「無礼をお許しください。その代わり、もう一つお願いがあります」
「続けろ」
「エミリー・カーターとルシアン・ダグラスの婚約を破棄していただきたい。あれはダグラス家による強制的な縁談で、我が家は逆らえませんでした」
アンドリューは小さく息を吐いた。
「父上に相談してみよう。ただし、約束はできない」
「ありがとうございます、殿下」
アレハンドロは安堵の表情を浮かべた。
「それでも、私はあなたに仕える意思に変わりはありません」
一方、学院の別の場所では、エリザベスがロレンツォ・デニスに付きまとわれていた。
「エリザベス王女、どうか我が家の申し出をお受けください。必ず幸せにいたします!」
「興味ありません」
エリザベスは苛立ちを隠さず言い放つ。
「もう四回目です。これ以上しつこいなら、相応の報いがありますよ」
「お願いです、愛しの王女……!」
ロレンツォは縋るように言った。
(高慢な女め……帝国がこの国を滅ぼした時、泣いて俺に縋るがいい。その時は――)
「あなたは品位に欠けますし、家柄も不足です」
エリザベスは冷然と告げた。
「今すぐ消えなさい。さもなくば、吹き飛ばします」
ロレンツォが去った後、エリザベスは部屋に入り、側近に命じて完全な遮音を施させた。
そこには、黄金の瞳を持つ少年が立っていた。
「……なぜ呼んだ、王女」
ルシアンが不機嫌そうに言う。
「二人きりが嫌?」
エリザベスは悪戯っぽく微笑む。
(ああ、もう……耐性がなくなってきた)
「要点だけ話せ。見つかったら面倒だ」
「つれないわね。楽しいのに」
「楽しくない」
「本当に堅物」
彼女は肩をすくめた。
「でも用件よ。父があなたに感謝しているの。兄を救ってくれたから。お礼を渡してこいって」
「それで? その“贈り物”はどこだ?」
エリザベスは耳元で囁いた。
「ここにいるでしょう? 私じゃ不満?」
「……いい加減にしろ。本題は?」
「照れてる顔、可愛い」
そう言って、小さな箱を差し出した。
ルシアンは警戒しながら開ける。
「……婚約指輪か? ダグラスとエルカーンの血は交われない」
エリザベスは目を逸らさない。
「それ、変えられるかもしれないわ。一緒なら」
「……くそ。で、この指輪は何だ」
「神話級アーティファクトよ」
彼女は勝ち誇ったように笑う。
「あなたの闇魔法を強化する。マナ消費を抑え、威力を増幅する。学院では使えないけど、外なら自由」
立ち去ろうとするルシアンを、エリザベスは離さなかった。
そこへ――
「見つけたぞ、ルシアン・ダグラス!」
アンドリューが怒鳴る。
「妹に何をしている!」
「そっちが俺を襲ってるんだが?」
ルシアンは皮肉に笑う。
「だからお前は無能王子なんだ」
「言い訳するな! これ以上なら結婚させるぞ!」
エリザベスはルシアンの首に腕を回した。
「ほら、責任取らなきゃ」
「もう無理だ……ウンバー、脱出!」
ルシアンは即座に乗騎に跨り、逃走した。
残された二人。
「……遊ぶにしても、加減しろ」
アンドリューがため息をつく。
「遊び?」
エリザベスは不敵に笑う。
「誰が?」
「本気なのか? ダグラスとエルカーンは結ばれない」
「ルシアンは後継者じゃないわ」
「カレブが障害だ。公爵夫人は絶対に認めない」
「なら、私はエルカーン姓を捨てる」
エリザベスは即答した。
「未来のダグラス公爵夫人になる」
アンドリューは言葉を失った。
「……なら一つ頼みがある。アレハンドロ・ジョーンズを知っているか?」
「裏切り者一族の生き残り?」
「ああ。王家騎士になりたがっている。ついでに、ルシアンとエミリーの婚約破棄も求めてきた」
「気に入ったわ」
エリザベスは微笑む。
「でも簡単じゃない」
「母上に頼んでくれ。ソフィア公爵夫人と話してもらう」
「さすが王国の愛され坊や」
「ちなみに――」
アンドリューは淡々と続けた。
「最初はダグラス家殲滅を提案してきた」
エリザベスの瞳が冷たく光る。
「身の程知らず。消した方がいい」
「いや、使える」
アンドリューは言う。
「すでに公爵家の継承者を三人超えている」
「二人よ」
エリザベスは誇らしげに言った。
「ルシアンが正してくれる。彼の強さ、見た?」
「……見た」
アンドリューは苦笑する。
「正直、今戦えば負けるかもしれない。卒業までは挑まないでほしい。せめて首席で終わりたい」




