「最初のランク戦」
ついに彼らは闘技場へと辿り着いた。
そこは四つの広大なプラットフォームに分かれており、三年生たちが激しい訓練を行っている最中だった。ルシアンは、各プラットフォームがそれぞれ異なるクラスに割り当てられていることに気づく。
カーラはその様子を見て、説明を始めた。
「学院では、クラスは“学年”と“実力ランク”で呼ばれます。数字は学年――一年、三年を示し、アルファベットのAはその学年で最も強い者たちを意味します」
彼女は続ける。
「つまり、3Aは三年生のエリート集団。1Bは、まだ成長途中の一年生クラス、というわけです」
ルシアンは小さく頷いた。
これからの学院生活、その大半を左右する序列を、ようやく実感し始めていた。
「このプラットフォームが、あなたたち1Aの専用エリアです」
カーラは指し示す。
「日々の訓練も、ランク戦も、ここで行われます。他クラスとの合同訓練は、担当教官を通して申請してください」
その時だった。
最初から鋭い視線でルシアンを観察していたカーラ・ボーランスが、迷いのない足取りで1Aの前へと歩み出た。
「ようこそ、ファルドモルド学院へ」
嘲るような笑み。しかし、その瞳は一切笑っていない。
「先生の言う通り、困ったら私に聞きなさい。……それとも、誰か訓練したい?」
カスパー・ボーランスが眉をひそめ、一歩前に出る。
「カーラ、初日だ。いきなり誰かを壊す必要はないだろ」
「黙って、カスパー」
冷たい一言。
そして、彼女はルシアンをまっすぐ見据えた。
「ねえ、ルシアン。やってみる?」
「……え、僕?」
突然の指名に、ルシアンは言葉を失う。
――なんで僕が? 何もしてないはずなのに。
カーラは腕を組み、挑発的に言い放つ。
「ダグラス家に臆病者がいるなんて知らなかったわ。じゃあ――ランク戦で、私が相手してあげる」
喉が鳴った。
“ランク戦”という言葉が、即座に危険を意味していると本能が告げる。
「……ランク戦って、何ですか?」
時間を稼ぐように問い返すと、カーラ先生が落ち着いた声で答えた。
「全学年共通の評価戦よ。学年に関係なく、実力を測るための制度。技量、戦術、持久力――すべてが試される。単なる勝敗じゃない、“本物”を見極めるための戦い」
穏やかな微笑みを浮かべ、彼女は付け加える。
「本来は上級生向けだけど、一年生も参加可能。学院最強十五人に名を連ねるのは名誉よ。全力でやりなさい、ルシアン」
――どうしてこうなった。
額を押さえつつも、ルシアンは逃げないと決めた。
「……分かりました。ルールを教えてください」
そこへ、背の高い屈強な男が歩み出る。
教官エンゾ・ケスラーだった。
「魔道具の使用は禁止。能力はすべて自前だ。
制服には第五階位の防御術式がある。追加防御はなし。
殺しは禁止。骨折と裂傷まで。
武器は学院支給、刃なし、強化なし。
――そしてルシアン、魔獣は不参加だ」
カーラが楽しそうに笑う。
「ペットに頼れなくて泣かないでね?」
「……アンバーなしでも、戦えます」
ルシアンは静かに言い返した。
観客席には生徒たちが詰めかけ、廊下やバルコニーまで人で溢れた。
アンドリューやアレハンドロも、その中にいる。
彼らはカーラとの過去の戦いを思い出し、息を呑んでいた。
最終安全確認の後、二人はプラットフォーム中央に立つ。
「――始め!」
エンゾの号令と同時に、カーラが動いた。
速い。
鋭い一撃が、一直線にルシアンの頭部を狙う。
紙一重でかわす。
――アルバートの訓練がなければ、今ので終わっていた。
反撃に転じ、ルシアンは闇属性マナを展開。
槍状の魔力と光球が、連続して空を裂く。
だがカーラはすべてを捌いた。
魔法に頼らぬ、純粋な技量。
――距離を取らせるな。
あいつは、間合いを取った時が一番危険だ。
接近戦に持ち込み、剣と魔法を織り交ぜる。
カーラは気づく。
(……こいつ、初心者じゃない)
一方のルシアンも理解していた。
彼女は強いが、“読める”。
激突。
衝撃波のような一撃が広がる。
距離を取ったカーラが、最大火力の構えに入った瞬間――。
「今だ!」
閃光球が爆ぜ、視界を奪う。
次の瞬間、ルシアンは踏み込み、アルバート直伝の迎撃技を放つ。
剣を合わせ、角度をずらし――砕く。
ガキン、という音とともに、カーラの武器が折れた。
柄頭で一撃。
カーラはそのまま崩れ落ち、気を失う。
――静寂。
「勝者、ルシアン!」
エンゾが高らかに宣言した。
「ランク戦、終了!」
観戦していたケイレブは、言葉を失っていた。
自分が完敗し、骨を折られた相手を、弟が初戦で倒した――その現実に。
ジャン・ザ・モンドリングは即座に理解する。
あの動き、あの構え――すべて、アルバート仕込みだと。
三階バルコニーでは、エリザベスが微笑んでいた。
行動こそが、彼の価値を証明していた。
マグナス・ボーランスは、倒れた姪を見つめながら思う。
――この敗北は、彼女を強くする。
プラットフォームを降りたルシアンは、右手の震えを感じていた。
直撃していれば、終わっていた。
「大丈夫……?」
エミリーがそっと声をかける。
「ギリギリだった」
ルシアンは深く息を吐く。
「一瞬でも遅れてたら、負けてた」
「カーラって、訓練相手の骨を折るって有名だから……」
「……もう、できれば二度と戦いたくない」
苦笑するルシアンを見て、エミリーは小さく笑った。
「なんで、あんなに嫌われてるの?」
問いに、エミリーは少し考えて答える。
「狩猟大会。魔獣を使って勝ったでしょ。ボーランス家は何年も狙ってたの。期待を壊されたのよ」
理解した。
誇り、嫉妬、競争心――それが、憎しみに変わっただけだ。
やがて一行は、学院のランキング壁画の前に立つ。
「ここに名を刻むことは、最高の名誉です」
金文字の中に、カーラの名――第三位。
そして、その位置に並ぶ、新たな名。
ルシアン・ダグラス。
学院第三位の戦士。
「……全部の挑戦、受けなきゃいけないんですか?」
重みを感じて問う。
「ええ」
カーラ先生は頷いた。
「それが、頂点に立つ者の責務よ」
ルシアンは静かに息を吸った。
この一勝が、学院だけでなく、
家族、そして王国の力関係すら変えていく――
そのことを、彼はまだ完全には理解していなかった。




