『人間が狩られる理由』
洞窟は、重たい沈黙を呼吸していた。
アレンが語るあいだ、空気そのものが沈んでいる。
声は震えていない。
だが、手は――わずかに震えていた。
まるで、一つ一つの言葉が重すぎるかのように。
「……私たちは、最初から獲物だったわけじゃない」
その一言に――
エリザベスが顔を上げた。
無意識の記憶を刺激されたかのように。
エミリーは腕を抱く。
洞窟の反響が、静かな足音すら脆く感じさせた。
「三百年以上前……」
アレンは続ける。
「人間は少なかった。でも……まとまっていた」
小さな都市。
秩序ある魔法。
共に築き、生き延びるための手。
「亜人たちが部族ごとに散らばっていた頃……」
「私たちは、計画し、築き、種として耐えていた」
カーラが興味深そうに首を傾ける。
デイアナは弓から手を離した。
そして――
「でも……サバンナが吠えた」
アレンの手が強く握られる。
今もなお、その震えを感じているかのように。
大陸の中心から、マナの津波が噴き上がった。
原初の咆哮。
大地を裂き、すべてを混沌に変える力。
エミリーは一歩、無意識に後ずさる。
その光景に押されるように。
「そのマナは……すべてを変えた」
「……私たち以外を」
草食は怪力を得た。
肉食は速度と感覚を得た。
そして一部は――
二足で立ち、言葉を持ち、理性を得た。
「それが……亜人の始まり」
ダークエルフは血を歪められ、
魔法そのものが捻じ曲げられた。
イザベラが不快そうに唇を歪める。
アデラは静かに聞いている。
すべてを受け止めるように。
「人間は……変わらなかった」
疲れた息とともに。
「小さくて、弱くて……」
「この世界で生き残るための変化を、何一つ持たなかった」
エミリーが拳を握る。
自分自身を思い出すように。
「最後の都市は……三日で落ちた」
――カール・メレス。
カーラが小さく息を吐く。
「新しい種族は、数も速さも上だった」
「人間は……領土を奪われ続けた」
そして――
「人間は、種族じゃなくなった」
アレンの声が低く沈む。
「資源になった」
「便利な獲物になった」
「価値ある肉になった」
誰も口を挟まない。
だが、それで終わりではなかった。
「……それだけじゃない」
アレンは目を伏せる。
「私たちには……“何か”がある」
説明できないもの。
だが、確かに存在する価値。
「草食は、食べれば“澄む”と言った」
「肉食は、栄養価の高い獲物として見た」
「ダークエルフは、儀式の供物にした」
そして――
「人間同士で売る者もいた」
「一日生きるために」
エリザベスが目を細める。
イザベラが舌打ちする。
デイアナは目を伏せるが――
弓に触れる。
もう二度と許さない、というように。
「やがて……」
アレンは続ける。
「人間は、領土だけじゃなく……記憶も失った」
洞窟で生まれる世代。
移動を続ける群れ。
止まれない生活。
「言葉も、文字も、創る力も……」
すべて、忘れていった。
「“知らないこと”が……生き方になった」
アデラが息を呑む。
エミリーは目を逸らした。
取り戻せない過去の重さに。
そして――
アレンは顔を上げた。
その目に、初めて硬さが宿る。
「亜人たちは、嘘を作った」
声が鋭くなる。
「“人間が再び集まれば、マナがまた滅ぼす”」
沈黙。
「都合のいい嘘」
「私たちを分断し、怯えさせ、従わせるための」
カーラの目がわずかに見開かれる。
イザベラが苦く息を吐く。
エリザベスが拳を握る。
そして――
アレンは言い切った。
「だから、私たちは狩られる」
一瞬の静寂。
「弱いからじゃない」
ゆっくりと。
「もし、もう一度まとまったら――」
視線が鋭くなる。
「また“脅威”になるから」
沈黙が落ちた。
重く。
逃げ場のない重さで。
エミリーが唾を飲み込む。
イザベラが唇を引き結ぶ。
デイアナは弓を強く握る。
エリザベスは考え込むように目を伏せる。
カーラは動かない。
ただ、受け止めている。
そして――
ルシアン。
彼だけは。
微動だにしなかった。
その金の瞳が、闇の中で静かに光る。
この場所にも、この時代にも属さない重さを帯びて。
やがて――
口を開いた。
「恐れて生きるくらいなら――」
低く。
確かに響く声。
「死んだ方がましだ」
一拍。
「お前たちは……」
わずかに間を置く。
「長く、それを続けすぎた」
誰も――
反論できなかった。




