『夜の真なる顕現』
影は――伸びなかった。
立ち上がった。
まるで、大地が思い出したかのように。
それが誰のものかを。
空気中の塵が止まる。
風が死ぬ。
音が沈む。
呼吸だけが、やけに大きく響いた。
谷全体に届くほどに。
英雄たちは祝福を呼び起こそうとする。
光が――揺れた。
墓場の蝋燭のように。
そして。
闇の奥から、声が落ちる。
低く。
抗えず。
「……早く終わらせろ、と言ったはずだ」
ダインスレイヴが在る。
光ではない。
――欠落。
ルシアンが、クレーターの外へ歩み出る。
衣は裂け、
皮膚には黒い線。
だが、それは閉じていく。
癒えではない。
拒絶。
その瞳。
――生きた蝕。
夜そのものが、彼の呼吸に従っていた。
エルドリックが立ち上がろうとする。
剣の光が、消える。
祈りも、届かない。
「……お前は……何だ……」
「……疲れているだけだ」
その声は、古い影を引きずっていた。
ブラノールが先に動く。
咆哮。
雷。
突撃。
ルシアンは、手を上げた。
それだけ。
雷が従う。
軌道を変え、
そのまま――
心臓を貫いた。
英雄の身体が宙に止まる。
一瞬、夜を照らし。
そして。
消えた。
メライナが最後の炎を放つ。
白い星。
盲目の光。
ルシアンは歩く。
炎が近づくほどに――
暗くなる。
まるで、炎が思い出すかのように。
闇の方が、先にあったことを。
剣が通る。
炎を裂き。
そのまま――
胸を貫いた。
地の双子が叫ぶ。
大地を隆起させ、すべてを埋める。
だが。
応えたのは、大地だった。
ルシアンに。
影が伸びる。
二本。
槍となり――
同時に、喉を貫く。
風の射手が最後の矢を放つ。
雨のように。
サンダーが現れる。
上から。
雷鳴の化身。
一撃。
すべてを焼き切る。
身体が崩れ落ちる。
煙を上げて。
水の巫女が逃げる。
エミリーが顔を上げる。
呪いが咲いた。
水が腐る。
空中で。
泥となり。
肉を喰う。
祈りごと、声を呑み込む。
召喚士が崩れ落ちる。
懇願。
ダヤナが笑う。
手を差し入れる。
胸へ。
心臓が、彼女の手の中で脈打つ。
引き抜く。
そして――戻す。
まだ動いている。
理解したまま。
恐怖が、その瞳に固定される。
エルドリックだけが残った。
膝をついたまま。
剣を地に突き立て。
光は、かすかな残滓。
「……後悔は……ない……」
ルシアンは見下ろす。
数秒。
何もしない。
ただ、見ていた。
信仰と。
不可避を。
秤にかけるように。
「……そうか」
エルドリックが剣を上げる。
最後の光。
美しく。
――無意味に。
ダインスレイヴが落ちる。
首が、落ちる。
静かに。
黒い草の上へ。
沈黙。
氷が軋む音。
アデラ。
死体が動く音。
ダヤナ。
荒い呼吸。
エミリー。
そして――
声にならない恐怖。
エリザベス。
ルシアンが、どこまで遠くへ行ったのかを。
理解してしまった者の沈黙。
サンダーが歩み寄る。
頭を預ける。
主ではない。
――同類へ。
夜が、鎮まる。
満たされた獣のように。
ルシアンは空を見上げる。
何もない。
恐怖も。
感情も。
ただ――領域。
「……まだ来る」
それは警戒ではない。
――諦観。
谷が息を止める。
影も。
岩も。
木も。
すべてが、彼へ傾く。
狩りは終わっていない。
世界は、刻まれた。
そして彼は、それを知っている。




