狩り(かり)
太陽は、真上から谷を焼いていた。
乾いた草は燃え、逃げ場はない。
隠れる木もない。
逃げる丘もない。
ただ――閉じていく輪。
見えなかったはずのそれは。
気づいた瞬間、すでに完成していた。
十の気配が、地平に現れる。
ルシアンは――視る前に、感じていた。
サンダーが唸る。
牙の間で電光が弾け、黒い毛並みを照らす。
その全身が、張り詰めていた。
「……囲まれてる」
カラが呟く。
目を細め、空と地を測る。
エミリーは杖を握る。
皮膚の下で、黒い痕が脈打つ。
生きた蛇のように。
エリザベスは、沈黙。
ただ観察する。
計算する。
まだ見せるべきではない力を――押し殺す。
アデラは白き虎の背で姿勢を整える。
吐息が草を凍らせる。
ダイアナが笑う。
鋭く、歪んだ笑み。
慈悲の欠片もない。
「やっと……新しい玩具ね」
最初の光が、降りた。
黄金の柱。
天から落ち、花のように開く。
そこから現れる。
銀髪の男。
光に包まれた鎧。
手にした剣は――夜明けそのもの。
「――エルドリック。光の英雄」
風が名を運ぶ。
大地に響く。
その隣。
炎が降りる。
優雅に。
だが、致命的に。
赤い瞳。
燃え続ける浄化の意思。
「メレイナ。炎の英雄」
雷鳴が圧縮される。
形を持つ。
巨躯。
雷で刻まれた筋肉。
振動する戦鎚。
「ブラノール。雷の英雄」
残る七人も、現れる。
風の弓兵。
嵐を宿す矢。
水の巫女。
刃のような水輪。
剣の化身。
一歩ごとに大地を裂く。
大地の双子。
岩を操る。
処刑の修道女。
触れれば震える呪い。
神聖なる召喚士。
鎖に繋がれた天獣。
円が、閉じる。
その外側に、さらに壁。
狂信者。司祭。
祈りが刃となり、空気を裂く。
「逃げる気はない」
ルシアンが言う。
静かに。
絶対的に。
その一言で。
全員の覚悟が定まる。
そして――
叫び。
「――悪魔に死を!!」
槍。剣。炎。
狂気に変わった信仰。
ルシアンが、一歩踏み出す。
ダインスレイヴが抜かれる。
空気が裂ける。
速さではない。
――必然。
首が飛ぶ。
理解する前に。
死が、先に来る。
血が降る。
内臓が地を覆う。
風景が、変わる。
「バカ!!」
ダイアナが叫ぶ。
「壊さないでよ!!」
「お前の餌じゃない」
ルシアンは動じない。
ダイアナが手を伸ばす。
死体が震える。
歪んだまま、立ち上がる。
未完成のまま。
それでも“動く”。
エルドリックが剣を掲げる。
天が応える。
純白の光が落ちる。
エリザベスが手を伸ばす。
幻影の壁。
だが――指が震える。
メレイナが炎を放つ。
圧縮された灼熱。
地が割れ、溶ける。
マグマが吼える。
アデラが動く。
白虎が咆哮。
冷気が走る。
炎は、凍る。
砕け散る。
ブラノールが落ちる。
雷の隕石。
だが――
サンダーが迎え撃つ。
衝突。
雷と雷。
牙と鎚。
世界が白く染まる。
弓兵が射る。
風が裂ける。
ルシアンは、動く。
静かに。
すべてを断つ。
矢も。
肉も。
同時に。
水が襲う。
刃の波。
エミリーが応える。
影の円。
魔法が、吸い込まれる。
剣士が迫る。
地を裂きながら。
ダイアナが笑う。
死者が壁となる。
大地が隆起する。
双子の力。
だが。
アデラが砕く。
氷と牙で。
修道女と召喚士。
呪いと獣。
すべてが襲う。
そして――
太陽が、沈む。
ルシアンの影が伸びる。
谷を覆う。
闇は欠如ではない。
従属。
夜は、彼のもの。
すべての攻撃が。
届く前に――消える。
砕ける。
否定される。
ダインスレイヴが振るわれるたび。
それは攻撃ではない。
審判。
エリザベスは耐える。
限界まで。
エミリーは解き放つ。
呪いを。
だが焼かれる。
神の刻印に。
ダイアナは笑う。
死体を操り続ける。
アデラは凍らせる。
すべてを。
サンダーは守る。
すべてを。
ルシアンは――進む。
一瞬。
それで十分だった。
英雄たちは、倒れた。
誰一人、生き残らない。
光も。
炎も。
雷も。
闇に抗えない。
大地すら、震えている。
終わったとき。
谷は、静かだった。
遠くで、村人の息だけが残る。
ルシアンは、地平を見る。
夜は、彼のもの。
影は、世界を覆う。
そして、この虐殺は。
告げていた。
――誰であろうと。
英雄でも。神でも。
彼に挑めば。
ただでは済まない。




