「影と復讐」
ケリスの消滅の後に訪れた静寂は、重く濃い帳のように広がっていた。ルシアンは横たわったまま、苦しげに呼吸を続けていた。彼の身体はいまだに、内に宿った神性のマナによって脈打っている。その存在のすべてが、想像すらしたことのない力で満たされていたが、同時に痛みと怨嗟にも満ちていた。
木が軋む音と、床を打つブーツの音が静寂を破る。扉が開き、最初に姿を現したのはエリザベスだった。彼女の表情には怒りと不安が入り混じっている。
「ルシアン!」
彼女は叫びながら駆け寄った。
「いったい何があったの!?」
瞳には涙が浮かんでいた。
「何があったのよ……!」
声が震える。
「……その姿、見なさいよ!」
ルシアンはまばたきをし、わずかに首を動かす。エリザベスの声が、抑え込まれた怒りとともに胸にぶつかる。
「……君をあそこへ行かせた」
掠れた、疲れ切った声だった。
「傷ついてほしくなかった」
エリザベスはさらに一歩踏み出し、彼の呼吸が感じられる距離まで近づいた。怒りと恐怖が入り混じり、声は震えていた。
「危険を背負い込むことが“守る”ことなの!?」
怒りが空気を満たす。
「見なさいよ! 傷だらけで……こんな状態で……それを守ったなんて言うつもり!?」
その叫びは部屋全体を震わせた。
ルシアンは重く息を吐く。言い返す言葉も、謝罪の言葉も無数にあった。だが、どれも足りない気がした。戦わずとも、エリザベスは強さと意志を放っている。その叱責は、槌のように彼を打った。
その背後に、光の英雄――エミリーが姿を現した。彼女の顔色は青白く、まるで幽霊のようだった。手はかすかに震えている。
ルシアンはすぐに異変に気づいた。かつて輝いていた光のオーラが、今は弱々しく瞬き、砕けかけている。光の女神は彼女から祝福を剥ぎ取り、その代わりに呪いを刻み込んでいた。氷の糸のような冷たい呪詛が、皮膚の下を這い、静かな飢えとともに血管を締め上げている。
「エミリー……どうしたんだ?」
心配と疲労が混じった声で、ルシアンは尋ねた。
彼女は視線を落とし、小さく震える。
「女神に……呪われました……」
かすかな声だった。
「あなたを……殺さなかったから……」
声が途切れ、彼女の瞳は彼を求めるように揺れた。
ルシアンは一瞬目を閉じ、怒りと罪悪感に拳を握り締めた。
――全部、俺のせいだ。
呪いの一筋一筋が、彼の失敗と、彼の存在が周囲に及ぼす影響を語りかけてくる。
ルシアンは再び目を閉じ、新たに得た理解を巡らせた。受け継いだ神性によって、呪いがはっきりと見える。歪んだ神の力――冷たい闇の糸が、エミリーの血管を進み、生命力を蝕んでいる。彼女の鼓動のたびに、死の脅威が波紋のように広がっていた。
ルシアンは深く息を吸い、手を伸ばした。彼のマナが彼女へ流れ込み、呪いの力と絡み合う。消し去ることはできない。だが、その進行を抑えることはできた。
「死なせない」
彼は静かに、だが確固として言った。
「俺にできることがある限りは」
呪いの糸が、彼の触れた瞬間に震えた。半神となった存在を認識したかのように。
エミリーがかすかに呻く。そして、永遠にも思えた時間の末、彼女の呼吸が安定した。脅威は消えていない。だが――今は抑え込まれていた。
ルシアンは目を閉じ、すべての英雄、すべての命の重さを感じ取る。
その時、扉が再び開いた。
カラが入ってきた。彼女の足取りは力強く、鉄槌のように床を鳴らす。恐怖はない。ただ抑えられた敬意だけがあった。彼女には力の神の祝福がいまだ宿っている。
ルシアンはその対比に気づいた。エミリーが枯れかけた花のように見える一方、カラは揺るぎなく立っている。筋肉もオーラも健在で、力が自信と挑戦を放っていた。
「何が起きた?」
腕を組み、カラは問いかける。
「限界まで追い詰められたみたいだな、ルシアン。だが……まだ立っているのを見て安心した」
その声は力強く、守るようで、どこか温かかった。
「すべての神が……不条理というわけでもない」
次に現れたのはアデラだった。戦いは彼女を疲弊させていたが、怒りは明らかだった。彼女は後方支援を統括し、部隊を動かし、全体の安全を守っていた。その間に、ルシアンは単独で死地へ飛び込んだのだ。
「くそっ!」
彼女は叫んだ。
「私は全部まとめていたのに! あんたは一人で奈落に飛び込んで……どうしてこんな姿になってるのよ!」
瞳は怒りと不安で揺れていた。
「どれだけ怖かったと思ってるの……戻ってこないんじゃないかって……!」
ルシアンは苦笑を浮かべようとしたが、アデラは許さなかった。その怒りは守護と非難が入り混じったもので、二人の関係の深さを物語っていた。
その瞬間、イザベラが飛び込んできた。彼女の表情には恐怖と安堵が同時に浮かんでいる。戦士ではない。最前線に立ったこともない。だが、ルシアンとの絆は深かった。
彼女は迷いなく駆け寄り、彼を強く抱きしめた。
「やめて……」
肩に顔を埋め、彼女は囁く。
「こんな心配、もうさせないで……」
声の震えが、必死に感情を押し殺していることを物語っていた。
ルシアンは静かに目を閉じる。混沌の中で触れたその温もりは、彼に残された人間性を繋ぎ止める糸だった。
そして――空気が変わった。
静かに、しかし確実に。部屋の端から、殺意にも似た気配が滑り込む。
ダヤナが姿を現した。吸血鬼だった。彼女の瞳は淡い飢えに輝き、ルシアンの新たな神性に歓喜するかのようだった。視線が彼に固定され、その瞬間、他のすべてが消えたかのようだった。
「興味深いわね……」
毒を含んだ絹のような声が囁く。
「何かを与えられたのね……もっと強い“何か”を」
彼女は舌で唇を湿らせ、危険な笑みを浮かべた。彼の血を味わう想像が、本能的な歓喜として脳裏を掠める。だが直後、彼の中に宿る力を悟った。
――数秒で潰される。
その理解は、期待と畏怖を同時に生んだ。
ルシアンは動かない。彼女から放たれる捕食者の好奇心と欲望を感じ取っていた。だが、今回は違う。
狩られる側は――彼ではなかった。
空気が震える。その場にいたすべての女性が、生まれたばかりの半神を見つめていた。敬意、恐怖、愛情、挑戦――さまざまな感情を抱きながら。
ルシアンは深く息を吸う。影が彼の周囲で揺れ、意思を持つかのように舞う。その力はもはや彼だけのものではない。ケリスの刻印。堕ちた神の遺産。神意すら断ち切り得る刃。
そして、ダヤナはそれを理解していた。
「面白くなりそうね……」
欲望と危険を滲ませながら、彼女は囁いた。
ルシアンはゆっくりと顔を上げる。黄金の瞳が超常の輝きを放つ。緊張した筋肉、蠢く影――すべてが語っていた。
戦いはまだ終わっていない。
狩りは、ようやく始まったばかりだ。
そして今回は――
ルールを決めるのは、彼だった。




