『神々の代償』
戦いの余韻はすでに消え去っていた。
だが、森にはまだ新しい血と焼けたマナの匂いが濃く残っていた。
十字軍――生き残ったわずかな者たちは、逃げていた。
撤退でも、再編でもない。
追い詰められた獣のように、ただ走っていた。
ある者の鎧には、ヴェリュリオンの黄金の輝きの残滓がこびりついている。
またある者は、神々の衝突から生まれた怪物に引き裂かれた、無残な死体を背負っていた。
彼らの目に宿るのは、恐怖ではない。
――見捨てられたという確信だった。
自分たちの神は、もうこちらを見ていない。
その人の流れに逆らうように、ルシアンは歩いていた。
引き裂かれた外套。
埃と他人の血にまみれた肌。
そして、あまりにも短い時間で、あまりにも多くの一線を越えてしまった者の、虚ろな瞳。
通りすがりの十字軍の一人が、彼に気づいた。
「ル、ルシアン……!」
言葉は震え、脚は言うことをきかなかった。
恐怖が、先に彼を裏切ったのだ。
ルシアンは振り返りもしなかった。
ただ、歩き続けた。
一歩ごとに、マナが空気の中で、死にかけの獣のように呻いた。
ダグラス領は、今まさに切り開かれた死体だった。
そしてその先――
引き抜かれた樹木の残骸と、湯気を立てる大地の向こうに、二つの影が待っていた。
エミリー。
カラ。
最初に駆け寄ってきたのは、エミリーだった。
「ルシアン!」
声は震えたが、必死に抑えようとしていた。
一瞬遅れて、カラが隣に立つ。
戦士としての冷たい視線で、彼を見据えた。
「怪我は?」
「いや……俺の血じゃない」
答えた声は、思っていたよりも柔らかかった。
「君は……無事か?」
エミリーは、すぐには答えなかった。
視線が、荒れ果てた光景をなぞる。
死体、砕けた鎧、粉々になった樹木。
「これ……神々がやったの?」
その声に、非難はなかった。
あったのは――裏切られた者の響き。
カラは歯を食いしばった。
怒りか、恐怖か、自分でもわからない感情を抑え込むように。
「ルシアン……あなたが追われているのは知ってる」
そして、吐き出すように続けた。
「でも、これは……次元が違う。
どうして?
何を企んでるの?
どうして、こんなやり方で、皆を罰するの?」
ルシアンは深く息を吸った。
もう、嘘をつく力は残っていなかった。
真実を飾る余裕も。
「神々は、不死じゃない」
ゆっくりと言葉を選ぶ。
「信仰が必要なんだ。祈りが……崇拝がなければ、存在できない。
マナ現象は――彼ら自身が引き起こしたものだ」
エミリーの目が、見開かれた。
世界が、音を立てて崩れるように。
「じゃあ……この人たちは……」
両手で口を覆う。
「ただの……資源、だったの?」
「そうだ」
短い一言が、底の見えない井戸に石を落としたように、重く響いた。
カラは苛立ちを爆発させ、岩を蹴った。
「ふざけるな……!
私たちは兵士よ、家畜じゃない!」
エミリーは一歩、ルシアンに近づいた。
彼の手を取る指は、震えていた。
「私たちは……あなたを助けに来たの」
囁くように言う。
「裁くためじゃない。
でも、これを見て……」
唇が、震えた。
「まだ、神々を信じる意味があるのか……わからなくなった」
赤い塵を含んだ風が、二人の周囲で小さな渦を巻いた。
世界そのものが、まだ痛みに身をよじっているかのように。
ルシアンは、沈黙した。
すべてを話したかった。
だが、それは啓示というより、狂気に聞こえるだろうと知っていた。
その時――
荒廃した森の奥から、引き裂くような叫び声が響いた。
エミリーは、ルシアンの手を強く握る。
カラは即座に剣を抜いた。
木々の間から姿を現したのは、
アレハンドロ、レオナルド、そしてシオマラだった。
アレハンドロが武器を掲げる。
その瞳には、憎しみと喪失が燃えていた。
「ルシアン!!
ようやく見つけたぞ!!」
炎の奔流が彼の手から噴き上がり、葉と枝を焼き尽くす。
ルシアンは即座に反応し、根や瓦礫を操って炎を逸らす。
爆発の光が、彼の顔に集中と警戒を映し出した。
だが、二撃目を放とうとした瞬間――
「アレハンドロ、やめて!!」
エミリーが叫び、彼に駆け寄った。
「こんなことをするのは、あなたじゃない!」
一瞬。
アレハンドロとルシアンの動きが止まる。
怒りに満ちたアレハンドロの瞳が、エミリーとぶつかる。
ルシアンも、彼女の介入に驚き、わずかな隙を見せた。
――それを、レオナルドは見逃さなかった。
第三王子は、葉陰を滑る刃のように側面へ回り込む。
雷撃がルシアンの背中を撃ち抜き、肩を焼いた。
喉を押し殺した叫びが漏れ、身体がよろめく。
その隙を突き、アレハンドロの炎が襲いかかる。
苦悶と集中が、ルシアンの表情に交錯する。
必死の回避。
だが、痛みは消えない。
「やめなさい、レオナルド!!」
カラが叫び、二人の間に割って入る。
全力で雷を受け止め、逸らす。
「彼に触れるな!!」
ルシアンは荒く息をし、肩から血を流しながら立っていた。
一瞬、迷いが彼を縛る。
身体中が悲鳴を上げていた。
――だが、止まれない。
マナを操り、地面から棘を生やす。
アレハンドロの足を絡め取り、地面へ引き倒す。
一閃。
正確で、容赦のない一撃。
エミリーの幼馴染だった男の怒りは、そこで終わった。
しかし、戦いはまだ終わらない。
レオナルドとシオマラは、カラとエミリーの叫びを無視し、前進する。
雷が火花と折れた幹を生み、
シオマラは水を鞭のように変え、致命的な精度で打ちつける。
傷つき、消耗したルシアンは悟っていた。
もう、後退はできない。
カラがレオナルドの雷撃を防ぎ、逸らす間、
ルシアンはシオマラに集中する。
計算された動きでマナを操り、水流を反転させる。
シオマラ自身の水が、彼女を包み込み、拘束する。
必死に抗う彼女の顔には、信じられないという思いと、覚悟が浮かんでいた。
だが、逃げ場はない。
最後の操作で、決着はついた。
シオマラは倒れ、濡れそぼち、力尽きた。
森は、その重さに息を潜めていた。
レオナルドは咆哮する。
もはや止められない狂気。
カラとエミリーが叫び、押し、懇願するが、進撃は止まらない。
その瞬間――
カラともみ合う一瞬の隙。
ルシアンは、残されたすべてのマナを解き放った。
背中から、心臓を貫く一撃。
正確で、冷酷な一太刀が、執念と怒りを断ち切った。
レオナルドは倒れ、最後の咆哮の余韻が森を震わせた。
ルシアンは膝をついた。
全身が震え、無数の小さな傷と火傷に覆われている。
呼吸一つ一つが重く、
鼓動は、代償を刻み続けていた。
カラとエミリーが駆け寄る。
恐怖と疲労に顔を歪めながら。
アレハンドロ、シオマラ、レオナルドの亡骸が、動かずに横たわる。
破壊された森。
折れた枝。
消えかけの炎。
水たまりに映る、歪んだ空。
そして――
闇が、ルシアンを連れ去った。
視界が滲み、
彼は根と瓦礫の中に倒れ込む。
完全な沈黙の中で。
森だけが、勝利の代償を知る、無言の証人としてそこにあった。




