聖戦、崩壊す
ぬかるんだ地面が、十字軍の足取りを容赦なく飲み込んでいた。
血、香、汗が混ざり合い、聖なる詠唱は鈍く掠れ、かつての栄光を誇った軍旗は、過去の幻のように揺れている。
震える手が十字架と祝福された剣を握り締めるが、公国の薄闇は松明の光を喰らい尽くし、男たちの信仰さえも削り取っていった。
「信仰を保て!」
司祭の叫びが混乱の中に響く。
「神々が我らを導いてくださる!」
その直後、魔物の咆哮が空気を引き裂いた。
闇は脈打つように揺れ、祝福を受けし英雄たちが、嵐を裂く雷のように姿を現す。
サー・エドランは斬り、回転し、見えぬ攻撃を弾き返す。倒した敵は影となって霧散した。
マナに輝く瞳を持つライラは、精密な光線を放ち、一瞬だけ周囲の惨状を照らし出す。
暗黒のオーラを纏ったデローラは魔物の群れに消え、喰われかけた兵を救うために再び現れる。
タマラは火と雷で前線を維持し、カラは戦略的に攻撃を遮断しながら、味方と敵の動きを冷静に見極めていた。
ケイタロウは瞬間移動を繰り返し、攻撃を逸らし、負傷者を爪と牙の届かぬ場所へと転送する。
マークはグリフォンに跨り上空から正確な攻撃を放ち、エレオノールはマナの槍で側面と退路を守った。
シェルビーは咆哮を上げ、狂信的な勢いで斬り続けるが、兵が倒れていく現実に苛立ちを隠せない。
エミリーは光の結界を紡ぎ続けるが、闇の奔流の前ではその輝きも次第に弱まり、疲労が一つ一つの光粒に刻まれていた。
一般の十字軍兵には、何が起きているのか理解できなかった。
黒き波が何度も何度も押し寄せる。
魔獣は盾を噛み砕き、槍をへし折り、兵を闇の中へ引きずり込む。
再編成の試みは混乱に終わり、軍旗は倒れ、命令は雑音に消え、恐怖は最も敬虔な者たちの心にまで染み込んでいった。
「そんな……!」
若い十字軍兵が叫ぶ。霊体に引きずられながら。
「聖人の書には……こんなこと、書いてない……!」
司祭たちは杖と聖杯を掲げ、列の間を走り回るが、祈りは圧倒的な闇の前に霧散する。
一人の司祭は言葉を発する前に周囲を見渡した。まるで、大気そのものに試されているかのように。
「退却せよ!」
弱り切ったアルノスが叫ぶ。顔は泥と汗にまみれ、神聖なマナはかろうじて脈打つのみ。
「これ以上、戦線を維持できん!」
退却は惨状だった。
馬は嘶き、滑り、隊列は崩れ、血に染まった軍旗が地に落ちる。
振り返る兵たちの目には、信じ難い光景が映っていた。
恐怖は肉体だけでなく、信仰そのものを貫いていた。
英雄たちはそれぞれ、並行する戦いを続けていた。
デローラは仲間を守りながら魔物の群れを殲滅し、
ライラとサー・エドランは安全な通路を切り開く。
タマラとカラは要所を制圧し、
ケイタロウは間一髪で命を救い、
エミリーは生存者を繋ぎ止める光を維持し続けた。
すべて完璧だった。
だが、それぞれが孤立した奇跡に過ぎなかった。
十字軍の心は、ゆっくりと折れていく。
十字軍のほぼ半数が死亡していた。
弱体化の魔法と見えぬ奇襲に挟まれ、
何千もの兵が武器と軍旗を捨て、秩序なく逃走する。
影はすべて見張りのようであり、
一本一本の木が脅威だった。
闇は、信仰だけで立ち向かえる敵ではなかった。
やがて、土埃と泥と叫びが静まったとき、
生存者たちは散り散りになり、疲弊し、血と恐怖にまみれていた。
司祭たちは祈りながら死者を数え、
現実の重みが鉄槌のように振り下ろされる。
――聖戦は、失敗した。
「……終わった……」
司祭の囁きは震えていた。
「この聖戦は……中止だ……」
その言葉は、生存者の間を暗い反響となって広がった。
彼らを襲った力は理解不能であり、
信仰だけでは決して打ち倒せないものだった。
英雄たちは脅威を食い止めた。
だが、宗教軍の士気は完全に砕けていた。
公国は、なおも無傷でそこに在り、
すべての影が見張りのように彼らを見つめている。
世界は、すでに変わってしまったのだ。
神聖で、揺るぎないと信じられていた十字軍は、
屈辱と敗北の中で終焉を迎えた。
――絶対的な闇の前では、信仰だけでは足りないという証拠とともに。




