公国撤退後の戦略会議
一行は、公国境界近くの小さな開けた場所に集結した。
泥は血の臭いを帯び、松明の煙は薄闇をかろうじて貫くだけだった。
英雄たちの誰もが敗北の痕を背負っていた。
欠けた鎧、深い裂傷、マナによる火傷、そして張りつめた眼差し。
誰も最初に口を開こうとはしなかった。
どんな言葉も、新たな衝突の火種になり得ることを、全員が理解していたからだ。
ルシアンとの戦闘で消耗したアルノスは、それでも背筋を伸ばして立っていた。
狂信的なオーラはまだ威圧感を放っていたが、その動きは遅く、重く、努力の跡が見て取れた。
彼の視線が英雄たちをなぞり、服従の兆しを探す。
「聞け」
声は力強いが、ところどころ息が切れている。
「今日のような打撃を、二度と受けるわけにはいかない。
同じやり方で再び攻めれば、すべてが終わる」
沈黙が落ちた。
英雄たちは互いを見つめ、
自尊心、傷、恐怖を秤にかけるように評価していた。
エミリーは倒木に体を預け、荒い呼吸を整えていた。
手は震え、防護の刻印が浮かび上がっている。
彼女は声を張り上げなかった。
慎重に、言葉を選んで話す。
「……私たちは、一つの塊として動き続けるべきじゃない。
それぞれが自分の従者を率いていて、それが今日の弱点になった。
このまま突っ込めば、失うものの方が大きくなる」
カラは眉をひそめ、その意見を咀嚼する。
賛同も反論もせず、低い声で呟いた。
「今日、私たちを殺しかけたのは戦略そのもの。
でも……本当についていくべき相手は誰?
皆、自分が道を示したがっている」
アレハンドロとレオナルドは緊張した視線を交わした。
二人とも、主導権を握りたいと考えている。
沈黙を破ったのはアレハンドロだった。
「次に攻めるなら、誰かが先頭に立つべきだ。
俺がやれる。この土地での経験もあるし……
視野を持った指揮官がいれば、連携は改善できる」
レオナルドが即座に反発する。
「俺を侮るな。
戦力再編も、動線の最適化もできる。
必要なのは指導者だが、誰でもいいわけじゃない」
タマラが腕を組み、残留する炎の光を瞳に宿した。
「これはエゴの遊びじゃない。
今日のミス一つ一つが命を奪った。
次に攻めるなら、役割を明確にして、
主役争いはやめるべきよ」
新たな傷を負ったノルマが、かすかにマナを震わせる剣を支えながら言った。
「それでも……アルノスを信頼していない者もいる。
皆が個別の指導者として動き続けるなら、
どうやって連携するの?」
足を引きずるダレルが、警戒を解かずに続ける。
「エゴや曖昧な忠誠を議論している暇はない。
ルシアンとダグラスは迷わない。
生き残りたいなら、アルノスを導き手として受け入れるしかない……
たとえ納得できなくても」
矢傷を負ったままグリフォンに跨るマークが、苦しげに頷いた。
「すべての攻撃は同期されるべきだ。
次の奇襲は、精度を欠けば壊滅する」
シェルビーが剣を岩に叩きつける。
「立ち止まっていられるか!
ルシアンにやられたからって、終わりじゃない!
力を集中すれば、必ず倒せる! 今すぐ攻めるべきだ!」
エミリーは深く息を吸い、疑念を招かぬよう慎重に言葉を紡いだ。
「……一度、立て直すべきだと思う。
回復し、計画を練ってから動くべき。
衝動的に進めば、生き残れない」
彼女は周囲を見渡す。
「止めようと言っているわけじゃない。
ただ……慎重であるべきだと言っているの」
重苦しい沈黙が広がった。
否定すれば臆病者に見える。
だが、その提案は確実に疑念を植え付けた。
アルノスは大きく息を吐き、両手を広げて場を制した。
「全員、聞け。
この十字軍には指導者がいる。それは私だ。
支配のためではない。
今日の過ちを繰り返さないためだ」
彼は次々と指示を出す。
「エミリー、防護魔法の中核を担え。
タマラ、攻勢を制御しろ。
ノルマとダレル、防御と精密攻撃の調整を。
マークとエレノア、空と側面を。
シェルビー、命令があるまで火力は集中させるな」
空気は張りつめたままだった。
誰も完全には信じていない。
多くがアルノスの権威に反発している。
だが、全員が理解していた。
――統一なくして、十字軍に未来はない。
「次の戦いまで、生き延びねばならない」
アルノスは続ける。
「回復し、傷を評価し、敗北から学ぶ。
闇は待たない。
だが、我々も立ち止まれない」
英雄たちは慎重に頷いた。
それは同意というより、反射に近い動作だった。
彼らの目が語っていた。
鎖のように重い疲労、
喉に絡みつく恐怖、
必死に抑え込まれた怒り。
そして、心のどこかに残る、
決して消えない小さな決意の火。
エミリーは静かな安堵を胸の奥に隠した。
迷いを見せれば、それは異端と見なされかねない。
アレハンドロとレオナルドは、
脆い統一を壊さぬ範囲で、どこまで主導権を握れるかを計算する。
カラは心を引き裂かれていた。
神の命令に従うべきか、
それとも自らの直感を信じるべきか。
誰も口にしなかった。
だが、呼吸の一つ一つが思い出させていた。
何を賭けたのか。
そして、まだ何が賭けられているのかを。
戦争は、まだ始まったばかりだった。
次の戦いは、十字軍の運命だけでなく――
誰が生き残り、語り部となるのかを決めることになる。




