表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

224/259

選ぶことを許されなかった男

公爵領の夜は、澄み切っていて、凍るほど冷たかった。

風が音もなく草原を揺らし、まるで領地そのものが息を殺しているかのようだった。


ルシアンは一人だった。

城の展望台に立ち、あまりにも広すぎる空を見上げていた。

逃げ場のない自分には、不釣り合いなほどの広さだった。


戦略は考えていない。

予言のことも考えていない。


――ただ、理由を知りたかった。


闇の閃光が、その思考を断ち切った。

音もなく、夜に裂け目が走るように、ケリスが現れる。

その存在は肉体というより、影そのものだった。


「落ち着かないようだな」

世界の静寂に不満そうな、穏やかな声で神は言った。


ルシアンは空から視線を外さない。


「……何も変わらなかった」

声は空虚で、異様なほど平坦だった。

まるで悲劇を、雑談のように語っているかのように。

「どれだけ足掻いても……俺は、ここで死ぬ運命なんだ」


ケリスは否定しなかった。

ただ近づき、手袋越しの手を冷たい手すりに置く。


「戻ることはできない」

静かに告げる。

「お前を連れて行くことは、最初から不可能だった。かつて一度だけ、神々の失われた遺物を使って成し遂げたが……二度はない」


簡潔な言葉。

論理的な事実。


だがルシアンにとって、それは肺から空気を奪う宣告だった。

喉が焼けつく。それでも、言葉を絞り出す。


「……じゃあ」

「俺を救ったわけでもない」

「ただ……引き裂いただけか」


沈黙。


その沈黙は、どんな答えよりも残酷だった。


ルシアンは歯を食いしばる。

叫ばない。泣かない。

ただ、顎に硬い線として憎しみを刻む。


「……俺を、死なせるために連れてきたんだな」


ケリスは謝らない。

罪悪感も見せない。

それは、冬が訪れるのと同じくらい必然だった。


「許さなければ、死なない」

悪魔は言う。

「お前はもう、弱くない」


ルシアンは笑った。

力のない、乾いた笑い。

溺れる者の喉から漏れるような音だった。


「数が違う……」

「何百、何千だ。祝福された英雄、神殿、王たち」

「戦えば、俺の民が一緒に死ぬ」

「逃げれば……俺のせいで死ぬ」

「救えない……誰も」

「殺さずに、死ぬこともできない」


ケリスは耳を傾ける。

子供が初めて火に触れ、熱を知るのを見守るように。


「数は関係ない」

囁くように言った。

「真の力は、それらを喰らう」


そして――告げた。

助言ではない。

救いでもない。


別の形をした、宣告だった。


「公爵領全体に魔法をかけられる」

「数年にわたる夜を落とす」

「敵は信仰を失い、道を失い、力を失う」

「そしてお前は――」

「その闇と共に、狩ることができる」


ルシアンは、ようやく振り返った。


怒りではない。

それよりも、もっと深いもの。


――恐怖。


神殿への恐怖ではない。

運命への恐怖でもない。


選ばなければならないことへの恐怖。


「それは……」

掠れた声で呟く。

「それは、すべてを滅ぼす」

「作物も、土地も……俺の、民も」


ケリスは首を傾げた。

本当に理解できない、という仕草で。


「だが」

「神々は、すでに彼らを滅ぼしているのではないか?」


ルシアンは答えられなかった。


――真実だったからだ。

そして、耐え難いほどに不公平だったからだ。


自分の手を見る。

望んだことのない戦争で乾いた血。


空を見る。

名前すら知らぬまま、自分を殺そうとする世界。


この地に来てから、初めて――

怒りを感じなかった。


感じたのは、疲労。

虚無。

そして、理不尽な願い。


臆病だからではない。

ただ――

一度も、選ばせてもらえなかったから。


ケリスが再び口を開く。

絹に包まれた刃のような、優しい声で。


「選ばねばならない、ルシアン」

「それだけは、決して避けられない」


ルシアンは目を閉じた。

そうすれば、世界から逃げられる気がして。


そして、恐ろしい感情に気づく。


英雄になりたくない。

悪魔になりたくない。

世界が押しつけた、何者にもなりたくない。


――ただ、一度でいい。

人生が、自分のものであってほしかった。


夜明け。

ダグラス公爵領の中央広場は、即位の日と同じほど人で溢れていた。

だが、祝祭はない。

聖旗も、神官の姿もない。


あるのは――急ぎ集められた民だけ。


即席の演壇の上から、ルシアンは顔を見渡す。

耕作で硬くなった手。

助けを乞わないことを学んだ目。

古い誓約の痕を残す戦士たち。


疲れてはいる。

だが、折れてはいない。


深く息を吸う。

真実を飾るつもりはなかった。


「世界中が――」

口を開く。

「神々からの命令を受けた」

「俺は、神の敵とされた」

「……俺を殺しに来る」


言葉は石のように落ちた。


誰も騒がない。

誰も叫ばない。


ただ、沈黙。

鍛えられる前の鋼のような、重い沈黙。


「よく聞いてほしい」

ルシアンは続ける。

「戦えとは言わない」

「巻き込まない」

「盾にも使わない」

「今この瞬間から、去りたい者は自由だ」

「生きることを選んだ者に、罪は背負わせない」


冷たい風が吹き抜ける。

壁を覆う蔦が揺れた。

まるで、それすら聞いているかのように。


「――すべての責任から、解放する」


そして。


沈黙は、死んだ。


抗議でも、涙でもない。


一つの声だった。

低く、割れ、年老いた声。


「――嘘だ」


ルシアンの心臓が跳ねる。


老兵が群衆を割って進み出る。

槍に体重を預けながら。

擦り切れた軍装。

だが胸には、誇らしく縫い付けられたダグラスの狼。


彼は立ち止まり、ルシアンを見据えた。

山よりも高く見えた。


「ダグラスは、民を解放しない……!」

燃えるような目で叫ぶ。

「共に戦うんだ!」


轟音が、即座に広場を揺らした。


何千もの拳。

何千もの声。


「領主と共に生きる!」

「領主と共に死ぬ!」


宗教的狂信ではない。

それは――アイデンティティ。


マナの嵐でも消えなかった、公爵領の教義。


公爵なき公爵領は存在しない。

民なき公爵も存在しない。


難民が加わる。

子供たちが地面を踏み鳴らす。

貴族たちが、儀式なしに誓いを唱える。


その瞬間、ルシアンは痛烈な皮肉を感じた。


救おうとしているのに――

すでに、彼らは自分のために命を差し出している。


アデラが、虎を伴って群衆の中から現れる。

質素な服装だった。

だが、その声は谷を支配した。


「公爵の言葉を聞いて!」

「彼はこの運命を望んでいない!」

「あなたたちに、生きてほしいの!」


民は、一つの意志として応えた。


「彼が死ぬなら、我らも死ぬ!」


アデラは目を閉じた。

自分を支えてきた愛に、打ち負かされて。


ルシアンは視線を落とす。

靴の下の砂が、鼓動に合わせて震えている気がした。


――救えない。

――だが、捨てることもできない。


泣かなかった。

叫ばなかった。


ただ、受け入れた。


そして声を上げる。

逃げる若者としてではなく――

導く者として。


「ならば、準備しろ!」

「神々が、俺たちから“在り方”を奪いに来るなら――」

「俺たちが、何を選んだかを教えてやる!」


城壁の蔦が、生きた筋肉のように張り詰める。

兵士たちが武器を地面に打ちつける。


何千もの魂が、叫んだ。


「ダグラスは、跪かない!」


その時、ルシアンは初めて理解した。


運命は、鎖ではない。

――武器なのだ。


そして、ただ一つ誓う。


神々が戦争を望むなら、応じよう。


だがそれは、悪魔との戦争ではない。


公爵領ダグラス全体との戦争だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
"読んでいただきありがとうございます!コロンビア人ですが、日本のアニメや小説が大好きで頑張って書いています。翻訳ツールを使っての投稿ですが、楽しんでいただければ幸いです。"
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ