魔王女王の覚醒
ステンドグラスから差し込む光が、大理石の床に落ち、
生きているかのようなモザイクを描いていた。
色彩は滑り、脈打ち――
まるで、この部屋そのものが彼女と共に呼吸しているかのように。
エリザベスは、静かに目を開いた。
その眼差しに宿る輝きは、逆さまの黎明。
美しく、避けられず……そして、危険だった。
私室を満たす沈黙は、息苦しいほど重い。
侍女はいない。
神官もいない。
恐怖を敬虔さで覆い隠した、信徒たちの視線もない。
いるのは、彼女一人。
そして――
その肌の奥で、息づく“何か”の反響だけ。
エリザベスは、ゆっくりと身を起こす。
かつては柔らかく金色だった髪は、
今や光を吸い込むかのように深みを帯びていた。
胸の奥で鼓動する心臓は、古い。
あまりにも古すぎて――人のものではない。
それは、残響。
記憶だった。
幾千の命。
幾千の死。
聖剣が胸を貫き、
光の槍が王国を灰へと還し、
人間たちの祈りが、彼女の滅びを乞う。
――いつも、目覚める。
――いつも、国を喰らう。
――いつも、神の名の下に殺される。
完璧な循環。
都合のいい、怪物。
ベッドの縁に置いた指が、わずかに震えた。
刻印はない。
神の紋章もない。
儀式は、失敗していた。
――初めて。
何も、彼女を縛っていない。
命令なき空白の中で、
別の脈動が、彼女を貫いた。
神性ではない。
憎悪でもない。
温かく、予期せず、疑いようのないもの。
――ルシアン。
エリザベスは、彼を思い出す。
胸が、彼のために脈打った。
恋人。
盟友。
救い手。
過去のどの生にも、彼はいなかった。
それなのに――
今は、すべてが繋がっているように思えた。
この心臓は、魔王を選んだことなどなかった。
一度も。
この心臓は、彼女のものではなかった。
――今日までは。
(これが……愛?
それとも、運命?)
分からない。
だが、一つだけ確かなことがあった。
彼女は――
初めて、自由だった。
その瞬間、
エリザベスの唇に笑みが浮かぶ。
繊細で――
恐ろしく。
「……これが、自由というものなのね」
初めて、魔王女王は世界を滅ぼしたいとは思わなかった。
この世界で――
生きたいと思った。
許しなど要らない。
神々など、不要だ。
もし、世界が再び彼女を殺そうとするなら――
その瞳が、
照らすのではなく、焼き尽くす黎明のように輝いた。
「――ならば、恐れることを学ぶのは……世界の方よ」




